ジェフ・テイト(Queensrÿche)の歌い方|高音の名手が、低い声で歌うとき

ジェフ・テイトにとって、低い音で歌うことは、高音から解放されて楽をすることではありません。
2020年にQueensrÿcheの『Rage for Order』と『Empire』を全曲演奏していたとき、本人は『Empire』のほうが歌うのが難しいと話していました。
理由として挙げたのは、音域が低いことでした。

初期の「Queen of the Reich」でテイトを知った人には、少し意外な話かもしれません。
1983年のEPに収められたこの曲は、彼の高音を印象づけた曲の一つです。
けれど、その声の持ち主には、悪夢で目覚めた子どもをなだめる歌もあります。
低い声を使うとき、テイトは何を歌い、聴き手に何を伝えようとしているのでしょうか。

低い音なら簡単、とは本人も思っていない

『Rage for Order』は1986年、『Empire』は1990年のアルバムです。
テイトは2020年のツアーで両作を歌いながら、『Rage for Order』のほうが自分には歌いやすいと説明しています。
高い音まで届く歌手だからといって、そこから下の音をすべて同じように楽に扱えるわけではないのです。

この発言は、曲の難しさを最高音だけで考えてしまうと見落とす話です。
聴く側は、声がぐっと高くなる瞬間に驚きます。
一方、歌う本人は、一曲の大部分で使う音の高さにも向き合わなければなりません。
派手な見せ場より、その前後を歌い続けるほうが難しい場合もあります。

ただし、テイトがここで比べているのは二つのアルバムを通して歌う負担です。
『Empire』の曲を全部ひとくくりにして、どの低音にも苦労していたと読む必要はありません。
むしろ知っておきたいのは、落ち着いて聴こえる歌にも、歌手にとっては別の難しさがあることです。

ステージで歌うジェフ・テイト
ステージで歌うジェフ・テイト。写真:Shadowgate / CC BY 2.0

「Silent Lucidity」で歌っているのは、子どもを安心させる親

『Empire』の「Silent Lucidity」は、その落ち着いた歌の魅力を考えたい曲です。
クリス・デガーモが書いたこの曲について、テイトは、夜中に悪夢で目を覚ました子どもを親がなだめる話だと説明しています。
怖がっている子をもう一度寝かせ、夢とは何かを伝えようとする場面です。

夢の中で「これは夢だ」と自覚する明晰夢を扱う曲、と聞くと、少し難しい話に思えるかもしれません。
でも、歌の中で起きていることは身近です。
目の前の子どもが怖がっている。親は、もう大丈夫だと思ってもらいたい。
そう考えると、この曲で声に求められる役割も分かりやすくなります。

ここでの聴きどころを、どこまで高く歌うかだけに絞ると、親が子どもへ語りかける場面を見落としてしまいます。
言葉を届けたい相手が一人いる歌として聴くと、テイトの声が、その相手を安心させる声としてどう働くかが気になってきます。
1990年のスタジオ録音には、初期の高音を知ったあとだからこそ意外に感じる、もう一つの歌手像があります。

歌とギターだけだった曲を、完成へ持っていく

「Silent Lucidity」は、初めから現在の形ができていた曲ではありません。
テイトによれば、当初あったのはアコースティックギターと歌だけでした。
ほかの楽器を加えていったのは、アルバム制作が終わろうとする最後の週です。

プロデューサーのピーター・コリンズは、まだ曲のアイデアが十分に形になっていないと考え、収録を見送る方向でした。
テイトとデガーモは、それに奮起して仕上げに取り組みます。
後に代表曲となる歌も、そのままではアルバムから外れるかもしれなかったのです。

テイトは、自分がこの曲を書いたわけではないと明言しています。
同時に、旋律への提案、自分の歌い方、音の仕上げを通して、完成形を作ることに関わったとも話しています。
曲を受け取った歌手が、書かれた音をただ再現するだけではないことが、この話から分かります。

歌詞に親子の場面があっても、それだけで聴き手が安心する歌になるとは限りません。
実際に声にする人が、その言葉をどう届けるかが残っています。
「Silent Lucidity」のテイトを聴くときは、低い声が出ているというだけでなく、その声でどんな人物を感じさせるかまで耳を向けたくなります。

公演で歌うジェフ・テイト
公演で歌うジェフ・テイト。写真:Klaus Hellmerich / CC BY-SA 4.0

高音の迫力とは違う、声の説得力

テイトが好きな歌手として挙げているのは、ハードロックの歌手ばかりではありません。
シャーデーやエリカ・バドゥの歌にも引かれ、感情の伝え方から刺激を受けると話しています。
高音の限界を競う歌だけを手本にしてきた人ではないのです。

その関心を知ると、「Silent Lucidity」は、高い曲の合間に用意された休憩のようには思えなくなります。
親が子どもに話しかけるという場面を、聴き手が信じられる歌にする。
そこで求められる声の説得力は、「Queen of the Reich」で高音に驚かされるときとは違います。

さらにテイトは、長年「Silent Lucidity」を歌ううちに、言葉の置き方や旋律の歌い回しを変えていました。
本人も再録音の際に気づいたその変化は、ジェフ・テイトの歌声の変遷でたどっています。

テイトの低い声に注目すると、歌う難しさと、聴き手に伝わる穏やかさが別のものだと分かります。
本人には扱いにくい音域があっても、歌の中の親は子どもを安心させなければならない。
高音で聴き手を驚かせた歌手が、今度は怖がる相手を落ち着かせる。その役割の違いが、彼の歌を聴く楽しさを広げてくれます。

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