ブルース・ディッキンソンが2024年に発表した「Shadow of the Gods」は、もともと3人の歌手で歌うことを考えて作られた曲でした。
その企画は実現せず、彼が一人で歌うことになります。
ただ人数が減っただけなら、3人に分けていた歌詞を一人で歌えば済みます。
けれども、この曲は、それぞれの声の違いを曲の展開に使うために書かれていました。
一人で完成させるには、その変化まで自分の声で作らなければならない。
この事情を知ると、ディッキンソンの歌い方を「よく伸びる高音」の一言で済ませられなくなります。
歌手が替わるはずだった場所で、自分の歌を変える
ディッキンソンと制作パートナーのロイ・Zが考えていたのは、有名な歌手を集めて順番に歌わせるだけの企画ではありませんでした。
異なる声を、一曲の中で意味のある形で使いたい。
そのため、ロブ・ハルフォードやジェフ・テイトが歌うことを想定した部分を作り、デモではディッキンソン自身が相手の歌い方をまねて、分担を示していたといいます。
「Shadow of the Gods」の後半で重いギターが入る部分には、ハルフォードが歌う予定だった箇所の名残があります。
本人が、Judas Priestを思わせるという反応に対して、その部分を誰が歌うはずだったかを説明しているのです。
ただし、完成した曲でディッキンソンがやりたかったのは、ものまねの再現ではありません。
企画がなくなったあと、自分の歌い方に合う形で、すべての部分を歌うことにしました。
他の歌手を想定していた変化を、自分の表現として引き受けたわけです。
「この先で、別の歌手が登場する予定だった」と思って曲を追ってみると、声の変化を聴く目的がはっきりします。
音の高さだけでなく、穏やかな部分から重い部分へ進むとき、歌の表情をどう変えているのか。
声が一つでも、曲の中の役割まで一つにする必要はないのです。
歌っているとき、頭の中には映像がある
ディッキンソンは、曲を歌うとき、頭の中に小さな映画があるように感じると話しています。
それは自作曲に限らず、Iron Maidenで他の人が書いた歌詞を歌うときも同じです。
はっきりした場面が見えることもあれば、形や漠然としたイメージだけのこともあるといいます。
その感覚は、彼の芝居がかった歌やステージ上の姿ともつながります。
オペラを思わせる歌とショーマンとしての振る舞いについて、本人が大きな影響を認めているのは、炎の頭飾りで知られるアーサー・ブラウンです。
強い声を出すことと、観客の前で人物や場面を表すことが、別々の仕事ではなかったのでしょう。
もっとも、思い浮かべた通りに自由な間で歌える曲ばかりではありません。
Iron Maidenでは、スティーヴ・ハリスの書く言葉が、ベースやドラムの動きに沿っているため、歌うのに苦労したとも話しています。
バンドのリズムに言葉を収めながら、その言葉が表す場面も伝える。
あの大きな声には、そうした細かい仕事も含まれています。

「Rain on the Graves」では、歌う声を話し言葉へ近づける
2024年の『The Mandrake Project』に入る「Rain on the Graves」は、ディッキンソンが詩人ウィリアム・ワーズワースの墓を訪れた経験から生まれました。
雨の降る墓地で考えを巡らせたことが、やがて死や悪魔との取引を扱う歌へ育っていきます。
曲では、言葉を語るように進める部分と、旋律をはっきり歌う部分が組み合わされています。
MVでも、ディッキンソンは悪魔と取引する説教師を演じています。
ただ怖い顔で大声を出すのではなく、何やら事情のある人物が語り出す、という歌の性格が見えてきます。
語る部分では、次にどんな言葉が出てくるかを追う。
旋律が前に出る部分では、歌としての大きな流れを受け取る。
その二つを行き来することで、聴き手の注意の向く先も変わります。
高い音を長く伸ばす歌手という印象だけで聴き始めると、話すような声は、サビまでの準備に感じられるかもしれません。
でも、この曲では、語る声そのものが人物を作っています。
どんな調子で言葉を口にするかも、ディッキンソンの歌い方の大事な部分なのです。

声の種類を増やすのは、曲の中で役割を変えるため
「Shadow of the Gods」では、他の歌手を想定していた部分まで、自分の声で表す。
「Rain on the Graves」では、語りに近い声と旋律を歌う声を使う。
どちらにも、曲が進んだとき、歌まで同じ表情のままにしておかないという面白さがあります。
ディッキンソンの高音は、その変化の中にあると、いっそう意味を持ちます。
前の場面とどう違うのか、言葉を語っていた人物が、ここではなぜ旋律を大きく歌うのか。
曲の中の役割を追うと、声の迫力に驚くだけだったところから、歌の組み立てを楽しむところまで聴き方が広がります。
一人で3人分の歌を引き受けた「Shadow of the Gods」も、音域の広さだけを証明する曲ではありません。
他の歌手のために作った変化を、自分の表現へ変えることができる。
その柔軟さまで含めて、あの声の強さなのだと思います。
本人も、若い頃は高音の高さや長さを競う意識が強かったと振り返っています。
そこから歌の表情を大切にするまでの歩みは、ブルース・ディッキンソンの歌声の変遷でたどっています。
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