2025年、森口博子は「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」の新録を前に、ボイストレーナーから最後の一音を原曲の譜面どおりに歌うよう指摘された。ライブで気持ちが高まるうち、いつの間にか一音だけ上がってから下がる癖がついていたのだ。戻してステージで歌うと、原曲の形に気づいたファンから感想が届いたという。
40年前の歌い方を守るために、声を固定してきた人の話ではない。同じ曲を大人の解釈で録り直し、昔の自分の声と一緒に歌い、オーケストラでは響かせ方も変えてきた。何を残し、どこを歌い直したのか。1985年のデビュー曲からたどると、最後の一音を戻した意味も変わって見えてくる。
1985年、「水の星」が地球だと教わった17歳
森口が「水の星へ愛をこめて」でデビューしたのは1985年。『機動戦士Ζガンダム』の後期オープニングテーマを歌う当時、彼女は17歳だった。曲名の「水の星」が地球のことだと、録音現場のディレクターとの会話で改めて教わったという。
歌詞の哲学的な世界を十分に理解して歌えたわけではない。ディレクターが伝えたのは、うまく見せようとしなくてよいから、言葉を丁寧に、とくに語尾を大事に歌うこと。森口はこの助言を後年も歌の基本として覚えている。理解できていなかった歌詞を、力まかせに分かったふりで表現しようとはしなかった。
その人は、彼女が大人になっても歌える曲だとも話した。森口は後に、そのディレクターが若くして亡くなり、歌い続けてきた今を直接報告できないことを惜しんでいる。17歳の自分には想像できなかった未来が、教わった歌の中で実現した。
1991年の「ETERNAL WIND」と、歌が「伝わらない」と言われたその後
デビュー後の森口は、所属事務所から才能がないとして故郷へ戻す話を聞かされ、それでも歌手を続けたいと頼んでバラエティーの仕事にも取り組んだ。そんな時期に出会った1991年の『機動戦士ガンダムF91』主題歌「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」は、彼女を初のオリコン週間トップ10や紅白歌合戦、全国ツアーへ導いた。
2019年の取材で当時を振り返った森口によれば、この曲を歌った頃には、1985年より平和という言葉が身近な問題になっていた。湾岸戦争の報道を見て、戦争は教科書の中だけの出来事ではないと知ったためだ。歌える場所を得た喜びと、歌う言葉への実感が重なった。
ただ、歌への思いが深まったことと、それを聴き手に伝えられることは同じではなかった。忙しい仕事の中でも歌える喜びが勝っていた彼女に、あるプロデューサーは「歌が伝わらない」と指摘した。メロディーを歌うことが好きな森口は、歌詞をどう届けるかを考え直した。
森口がその課題と向き合ったのは、本人によれば1990年代後半。ピアノやギター一本のアコースティックライブでは、一つひとつの言葉で何を大切にしたいのかを以前より強く意識した。伴奏が少ないから自動的に気持ちが伝わるわけではない。歌えることの喜びに加えて、どの言葉に、どういう気持ちを乗せるかを自分で選ぶようになったのである。
後にスタッフから「やっと歌が伝わるようになってきた」と言われ、森口は成長を感じたという。1991年の大きな成功と、そこから数年をかけて歌詞の届け方を学んだ経験は、同じ出来事ではない。この区別が、後年のセルフカバーを理解する鍵になる。
2019年の再録では、覚えている歌い癖と新しい解釈がぶつかった
『GUNDAM SONG COVERS』で森口は、デビュー曲「水の星へ愛をこめて」を寺井尚子のヴァイオリンとともに録り直した。2019年の録音は原曲から34年後。アレンジも録音時の相手も違うため、二つの音源の印象差をすべて声の年齢による変化とは言えない。それでも森口本人は、歌い方を変えると決めた箇所を明らかにしている。
祈りに触れるフレーズを、17歳の原曲では弾むように歌っていた。再録ではその言葉を、いまの解釈でもっと大切に歌おうと決めた。一方で、長年歌ってきたためか、録音中には昔の歌い回しが自然に出てしまう箇所もあったという。大人になったから自動的に違う歌になるのではない。身体に残る原曲の歌い方と、意味を知ったうえで選び直す言葉とが一曲の中にあった。
デビューから30年を経て作詞家の売野雅勇に会い、森口は歌詞に込められた天地創造や、困難の中でも絶望しないという思いを聞いた。17歳で教わった「水の星は地球」という一言に、時間をかけて新しい背景が加わった。2019年の変更は、ただ声を落ち着かせたというより、歌う言葉の意味を更新する試みだった。
2020年、昔の自分の声を消さずに一緒に歌った
翌年の『GUNDAM SONG COVERS 2』には、単なるセルフカバーよりも奇妙で面白い一曲が入った。「君を見つめて -The time I’m seeing you-」の2020年版は、1991年に収録していた森口の声の一部と、50代になって新たに録った声を組み合わせている。最初に用意された1991年版は『機動戦士ガンダムF91』のイメージソングであり、2020年に全部を歌い直した音源ではない。
同じ歌い手の、約30年離れた二つの録音が一曲に共存する。古い声を取り除き、現在の歌で置き換える選択もできたはずだが、制作側はそうしなかった。森口自身も、昔の曲を好きな人が覚えている旋律をむやみに崩したくないと語っている。現在の声を使うことと、過去の声の価値を残すことは、ここでは矛盾しない。
森口博子の変化を「昔より声が太い」「今のほうがうまい」と一言で済ませると、この曲が仕掛けた問いを見落としてしまう。1991年の歌声は消すべき未完成品ではなく、2020年の彼女が共演できる相手でもあった。

2021年、「蒼い生命」では声の響きも制作段階から選んだ
2021年のアルバム『蒼い生命』は、オリジナルアルバムとして24年ぶりの作品だった。表題曲には、人に会えない時期に、離れていてもつながっていたいという森口自身の思いが入っている。デビュー曲に出てくる「蒼」の字を、同曲を考えるうえでの裏テーマにもしたという。
変わったのは歌詞を受け取る姿勢だけではない。森口は表題曲のミックスで、高い成分を加工で過度に強めるより、生身の声の響きを大切にしたいと制作陣へ伝えた。声の聞こえ方は歌唱だけでなく録音後の音作りにも左右される。どんな声で歌うかに加え、録った声をどんな響きで聴き手へ届けるかにも、彼女は自分の意見を出していた。
この曲では一番と二番のBメロも、歌詞の強さに応じて裏声と地声を使い分けた。どんな歌でも同じ力で押し通すのではない。同じ位置の旋律を、言葉の内容に合わせて選び直す。曲の途中で声をどう切り替えるかは、森口博子の歌い方の記事で別の楽曲を通して詳しく扱っている。
2025年、原曲へ戻す一音と、新しく広げる響き
デビュー40周年の『GUNDAM SONG COVERS -ORCHESTRA-』では、森口は再び「水の星へ愛をこめて」を録音した。2019年のヴァイオリンとの再録とも、1985年の原曲とも編成が異なる。ここで本人が意識したのは、原曲で勢いよく鳴らしていた箇所を、もっとふくよかに響かせることだった。呼びかける言葉も、いつもよりまろやかに歌ったと説明している。
「原曲を大切にする」は、どこも変えないという意味ではない。歌詞の世界を知った現在の声で、編成に合わせた表現を選ぶ。しかし「ETERNAL WIND」の最後の一音では反対の選択をした。ライブでついた一音の上げ下げを、トレーナーの指摘をきっかけに元の譜面へ戻したのである。そして、戻したことに気づいたファンがいた。
オーケストラとの録音では、滑らかに音をつなぐ歌い方を心がけたとも話す。最後のミックスで声ばかりが前に出たと感じたときには、弦やピアノのバランスを調整し、歌と演奏が一緒に物語を作る形にした。声をどう出すか、元の旋律をどこまで守るか、演奏と声をどう並べるか。三つとも別の選択だが、昔から歌い継がれた曲を、いま聴く人へ届けるという点でつながっている。
2026年8月には、40周年を祝うオーケストラ公演にも立った。1985年にディレクターが話した「大人になっても歌える曲」は、そこでただ昔の声を再現する曲になったのではない。

原曲の一音を守る一方、いまの自分の声に合う表現も選ぶ。森口博子の歌声の変遷は、古い歌い方を捨てる歩みではなく、曲ごとに何を残すかを考え続ける歩みとして続いている。







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