森口博子は、昔の曲を歌う時、ファンが覚えている歌い方を大切にしています。
それでも、発表当時とまったく同じ声の使い方を続けているわけではありません。
かつて地声で歌ったサビを、最初は裏声で歌う。
若い頃には弾むように歌った言葉を、大人になってから丁寧に歌い直す。
メロディーになじみがある人ほど、そうした変化に耳を向ける楽しみがあります。
さらに2020年には、1991年に録った自分の歌声と、新しく録った歌声を一曲の中で重ねました。
昔の自分を消して、新しい自分に置き換えるだけが、歌い直す方法ではなかったのです。
17歳の「水の星へ愛をこめて」から、同じ曲と言葉をどう歌うようになったのかをたどってみましょう。
1985年――語尾を大切に、と教わったデビュー曲
森口は1985年、「水の星へ愛をこめて」でデビューしました。
『機動戦士Ζガンダム』の後期オープニングテーマで、当時17歳。
本人は、ひたむきに録音へ向き合う一方、哲学的な歌詞を十分に理解しきれてはいなかったと振り返っています。
その現場で伝えられたのは、上手に聴かせようとするより、丁寧に、特に語尾を大切に歌うことでした。
歌い終わりの言葉をどう扱うかまで含めて、一つのフレーズになる。
森口は、この助言を後年も歌の基本として覚えていました。
「水の星へ愛をこめて」は、若い歌手がデビューを飾るためだけの曲ではありませんでした。
ディレクターは、大人になっても歌える曲だと伝えていたそうです。
当時の森口には、何十年も歌い続ける未来までは想像できませんでしたが、その言葉は後の活動と重なっていきます。
1985年発表のオリジナル録音には、その長い付き合いが始まった時の声が残っています。
1990年代後半――歌う喜びから、言葉を伝えることへ
1991年の「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」は、森口を初めての紅白歌合戦や全国ツアーへ導きました。
バラエティーの仕事で忙しい中でも、本人には歌えることの喜びが大きかったといいます。
ところが、その後、プロデューサーから歌が伝わってこないと指摘されました。
歌うことが好きで、メロディーを歌えることもうれしい。
その気持ちが先に立ち、聴く人へ何を伝えるかを、改めて考える必要があったのでした。
森口がその課題に向き合ったのは、1990年代後半のことです。
ピアノやギター一本で歌うアコースティックライブでは、言葉に込める気持ちを以前より意識するようになりました。
伴奏が少ないから自動的に感動的になる、という話ではありません。
歌の中のどの言葉を大切にするか、そこでどんな気持ちを伝えるかを、自分で確かめながら歌ったのです。
やがてスタッフから、歌が伝わるようになったと言われ、成長を感じたと話しています。
2019年――同じ「水の星」を、同じ気持ちでは歌わない
『GUNDAM SONG COVERS』では、デビュー曲を寺井尚子のヴァイオリンとともに録り直しました。
1985年版から34年後の歌唱です。
伴奏はジャズの趣を持つ新しい形になり、歌詞への理解も、17歳の頃とは変わっていました。
森口が自分で挙げた変更点は、「永遠い祈りなのね」というフレーズです。
若い頃は弾むように歌っていた部分を、今回はもっと大切に歌おうと、録音前から決めていました。
何となく声が落ち着いたのではなく、言葉の意味を考えて、以前の歌い方を選び直したのでした。
一方で、歌っているうちに昔の歌い方が出てくるフレーズもあったそうです。
長年歌った曲だからこそ、体に残っている歌い方がある。
そこへ今の自分の解釈を加えたのが、このセルフカバーでした。
二つの録音は伴奏も違うので、印象の違いをすべて声だけで説明することはできません。
ただ、本人が変えようとした箇所を知って聴くと、声の若さや厚みを比べるだけでは気づきにくい、言葉への向き合い方が分かります。
2020年――20代の自分と、50代の自分を重ねる
翌年の『GUNDAM SONG COVERS 2』には、さらに直接的に昔の声と出会う曲があります。
「君を見つめて -The time I’m seeing you-」です。
1991年の録音と2020年の録音を、終盤の落ちサビで重ねています。
静かになる場面で、20代と50代の森口が一緒に歌う形になったのです。
2020年版には本田雅人のサックスが加わり、1991年版のギターが印象的な音作りとは違う、大人びた伴奏になりました。
そこへ今の声だけを入れても、歌い直した作品としては成立します。
けれど、過去の録音も使ったことで、若い頃の声そのものを聴ける場面が残りました。
森口は最初、この案を楽しみにして録音へ入ったものの、実際に二つの声が重なった音を聴くと、感極まったと話しています。
それだけ長く歌い続け、ファンやスタッフと一緒に年月を重ねてきたことを、録音した声から実感したのでした。
この曲はもともと「ETERNAL WIND」のカップリングでした。
2020年の選曲投票では上位に入り、再び取り上げられることになります。
大きなヒット曲の陰にあった歌を、聴き続けていた人がいた。
その人たちに届ける新録で昔の声も使ったことが、このセルフカバーを特別なものにしています。

「ETERNAL WIND」も、サビの声の出し方を変えた
同じメロディーを守りながら表現を変える方法は、代表曲の中にもあります。
森口は2021年、「ETERNAL WIND」のサビの歌い方を、発表当時と変えていると説明しました。
本人が挙げたのは、サビの「光る風の中」という箇所です。
1991年には繰り返しのサビも地声で歌っていましたが、後年は、1回目を裏声にし、2回目で地声へ戻すようになったそうです。
本人が考えたのは、一曲を通した展開でした。
最初は伴奏が薄く、繊細な場面なので、声も柔らかくする。
その後に張りのある地声へ戻れば、同じ旋律を繰り返す中でも、最初と後半の気持ちの高まりを歌い分けられます。
これは、歌の節回しを大きく変えて別の曲のようにすることとは違います。
聴き慣れた歌の形を保ち、その中で使う声を選び直したのです。
高音が出なくなったから裏声にした、という説明でもありません。
森口自身が語ったのは、曲の展開に合う表現としての選択でした。
こうした強い声と柔らかい声の使い分けは、後年のカバーでもさらに広がっています。
「想い出がいっぱい」や、広瀬香美とのバラードでの選択は、森口博子の歌い方で詳しく扱っています。
歌い続けることで、昔の曲にも新しい選択が生まれる
2025年、森口は35周年の頃を振り返り、当時はそこが自分の頂点かもしれないと思っていたと話しました。
しかし、その後も録音やライブを重ねる中で、表現はさらに広がったと感じていました。
40周年の新曲でも、声の勢いを前に出す曲ばかりではなく、言葉を伝えるために強く歌う場面を絞ったバラードが生まれています。
2026年の40周年ツアーでは、バンド、歌とピアノ、オーケストラという異なる編成に挑戦しました。
8月のオーケストラ公演でも、「水の星へ愛をこめて」と「ETERNAL WIND」は歌われています。
新しい曲へ進む一方で、デビュー曲や代表曲も、現在の活動の中にあるのです。

森口博子の歌声の変遷をたどると、昔の声が今の声より良いか、という比べ方だけでは足りなくなります。
デビュー時に教わった丁寧さを守りながら、歌う喜びだけでなく、言葉を届けることへ意識を向けてきた。
その結果が、祈りのフレーズを歌い直すことや、サビの地声と裏声を選び分けることに表れています。
そして「君を見つめて」では、若い声を直す対象として扱わず、今の歌に重ねました。
過去の録音を残したまま、現在の自分で続きを歌う。
同じ曲を長く歌ってきた森口だからこそ聴かせられる、二つの時代の声です。






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