岸谷香の歌い方|力強い声を、言葉とリズムで届ける仕組み

2024年の取材に応じる岸谷香(写真:吉田圭子) シンガー
2024年の取材に応じる岸谷香(写真:吉田圭子)

岸谷香の歌には、演奏する側まで一緒に走り出したくなる力があります。
藤巻亮太は、共演のリハーサルで岸谷が歌い始めたとき、周囲を引っ張る力を感じたと話しています。
本人にとってはサウンドチェックのつもりでも、ギターが入り、ほかの楽器が加わり、そのまま一曲が進んだ。
声がバンドの動きを生む、印象的なエピソードです。

声を出すタイミングと、伸ばす長さで歌を動かす

岸谷の歌い方を考えるうえで、手がかりになるのがリズムの捉え方です。
本人は、ゆったり歌うよう求められたとき、テンポが決まっているのにどうすればよいのか、初めは分からなかったと振り返っています。
そこで学んだのは、一音の歌い出しを素早くし、その音を十分に伸ばすという考え方でした。

曲の速さが同じでも、声が音を占める時間は変えられる。
その違いを知り、短く切る音や伸ばす音も理屈として理解していったといいます。
大きく声を出すだけでは説明できない、歌の広がりを作る工夫です。
力強い声をどの位置で出し、どこまで残すかが、フレーズの表情に関わっています。

「STAY BLUE」について、岸谷は、美しいコード進行やメロディーをハードな演奏と組み合わせることを、自分らしさの一つとして考えていました。
青空と海の映像をきっかけに曲が形になったという制作の背景もあります。
声の明るさが活きるのは、旋律の親しみやすさと演奏の勢いが一緒に進むからだと捉えられます。

2023年の感謝祭でも、この曲の歌声は会場全体へ抜けるような響きとして評されています。
バンドの音が強く鳴る中で、歌の輪郭が前へ届く。
その開放感が、岸谷の声に励まされる感覚へつながるのでしょう。

「Beautiful」は、広い音域を曲の変化に使う

「Beautiful」で本人が語った約二オクターブという幅は、歌手として出せる全音域の申告ではなく、この曲でフェイクも含めて使った範囲の説明です。
一定のリズムやコードに対して、メロディーを大きく動かす。
高い音は、繰り返す伴奏の上で歌の景色を変える役目を持っています。

この曲には、Unlock the girlsによるバンド版もあります。
ダンスのトラックで生まれた歌を、演奏する仲間ともう一度組み立てる形です。
同じ曲の二つの版を比べるときは、高音だけを取り出すより、声の周囲で何が鳴り、旋律がどのように前へ出るかに耳を向けると、曲の作りが分かりやすくなります。

「Beautiful」やバンド活動について語った岸谷香(2024年、写真:吉田圭子)
「Beautiful」やバンド活動について語った岸谷香(2024年、写真:吉田圭子)。
画像出典:画像掲載元

「M」では、歌の近さから大きな感情へ進む

「M」は、編成によって声の見え方が変わる例です。
2025年の中津川での演奏は、岸谷のピアノ弾き語りから始まり、途中でバンドが加わりました。
歌とピアノが中心にある時間から、楽器の厚みが増す時間へ進む。
歌の強さを感じる場面も、その流れの中で作られています。

2017年の『Dialogue〜涙の理由〜』につながったのは、歌、ピアノ、チェロで演奏したときの手応えでした。
岸谷自身が、その「M」が良かったため、この編成を作品にしたいと思ったと話しています。
少ない音で曲を成立させた経験が、録音の形まで変えたのです。

チェロとの企画では「パパ」も歌い直し、つるの剛士へ提供した「Love Letter」も収録しています。
誰かに渡した歌を自分で歌うことと、以前の持ち歌を違う楽器で歌うことが、同じ作品に並びました。
声だけを取り替えるのではなく、伴奏との関係から歌を選び直す姿が見えてきます。

2026年7月の「BOY」では、ピアノを弾きながら内側へ気持ちを向けるような歌があり、その声へコーラスが重なりました。
続く「M」でも、ピアノと歌にベース、さらにほかの楽器が加わる流れが取られています。
静かな曲でも感情の熱は残り、演奏の広がりとともに受け止める深さが変わる。
岸谷のバラードには、そのような声と編成の関係があります。

コーラスは、力強い主旋律を支えるもう一つの声

Unlock the girlsでは、声もバンドの和音を作ります。
ドラマーのYuumiは、四人の楽器だけで曲を組み立て、和音が足りないときにコーラスが必要になったと説明しています。
楽器の音を増やす代わりに、歌えるメンバーの声を重ねてきたのです。

HALNAが高い音、Yukoが低い音を担い、Yuumiは岸谷の主旋律に近い上下のラインを歌うことが多いという分担もあります。
それぞれの声の得意な高さを配置して、広がりを作っています。

2026年の感謝祭では、吉岡聖恵を迎えた「ありがとう」で、伴奏のないコーラスを使う場面も生まれました。
楽器を鳴らさなくても、声の重なりで曲を支えられる。
強いリードボーカルを持つバンドが、共演する歌手のためには声で伴奏を作るところに、歌の役割の広さが表れています。

「岸谷香 感謝祭2026」のUnlock the girls(写真:MASAHITO KAWAI)
「岸谷香 感謝祭2026」のUnlock the girls(写真:MASAHITO KAWAI)。
画像出典:画像掲載元

演奏を任せることで、声を前へ出す場面もある

岸谷は、ギターを弾きながら歌う一方、マイク一本で歌う場面も選んでいます。
Yuumiは、演奏を三人へ任せてもらえることに自信を感じ、岸谷のシャウトを後ろから押したいと話しています。
楽器の音数を増やして厚くするばかりでなく、一つひとつの音を絞るからこそ、前に立つ声の存在感も増す。
バンドの強さが、歌い手の自由を支える関係です。

2023年には、メンバー全員でボイストレーニングを受けに行ったことも明かされています。
主旋律の人だけが歌を担うのではなく、楽器を演奏する仲間も一緒に声を磨く。
岸谷の歌い方は、一人の声の出し方と、周りの声がどう重なるかの両方から考えると、より立体的に見えてきます。

言葉を近づける歌も、ロックの中に置いている

「ボディガード」の制作では、亀田誠治が旋律と言葉をきちんと伝えることを重視しました。
岸谷も、バンドの良さを示したい気持ちと、歌を届けることのバランスを考え直しています。
力強いサウンドの中で温かさが伝わる歌は、こうした制作のやり取りとも結びついています。

同じEPの「marble」は、一青窈の詞で愛へ寄り添う曲です。
骨太なギターを軸にした「And the life goes on」もあり、一枚の中で声が担う感情は変わります。
明るく力強い歌手という印象を持って聴き始めても、作品の中には、相手のそばへ寄るような歌の置き方があるのです。

弾き語りでは、思いの重いテーマをさらりと届けたり、しっとりと歌ったりできることを、本人も魅力として挙げています。
聴きに来る人の中には、明るい気分になりたい人だけでなく、泣きたい人もいる。
そう考えるからこそ、公演に静かな時間を作る意味も変わります。
岸谷の歌の強さは、聴き手が受け取りたい感情へ向けて調整されているのです。

その調整を支えるのは、歌う場での準備です。
2017年、家庭と音楽の切り替えに不安を感じるときには、練習した実感が本番への自信になると話していました。
勢いのある歌の背後には、確かめる時間があります。

プリンセス プリンセス時代からの歩みは、岸谷香の歌唱変遷をご覧ください。

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