オジー・オズボーンの歌い方|高い声、息の間、重ね録りで作る独特の存在感

オジー・オズボーン(Martyn Goodacre/Getty Images) オジー・オズボーン
オジー・オズボーン(Martyn Goodacre/Getty Images)

オジー・オズボーンの歌を、大声で押すメタルの歌唱としてだけ説明すると、バラードや、楽器の間に入る声の役割が見えなくなります。
高い音域を使う歌にも、旋律を語りかけるように届ける歌にも、曲に合わせた選択があります。

本人も、自分に特有の歌い方を一つの技法では説明していません。
音域、息をする間、声の重ね方を、本人や制作陣の説明と具体的な曲から考えてみます。

高い声は、強く出すことだけで成立しない

2007年、オジーは声の不調について話す中で、叫ぶように歌うことの多さに触れました。
本人が語る高音には、迫力を生む面と、その状態を本番で維持する難しさが一緒にあります。
声の強さを、喉へ加える力の量だけで説明することはできません。

2007年のVH1 Rock Honors。左がオジー、右がザック・ワイルド(Jamie McCarthy/WireImage)
2007年のVH1 Rock Honors。左がオジー、右がザック・ワイルド(Jamie McCarthy/WireImage)。
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鍵になるのが、一回の高音よりも、その前後まで歌えるキーです。
オジーはランディ・ローズについて、録音では歌えても舞台では難しい旋律を押しつけず、自分の声に合うキーを探してくれたと振り返っています。
歌手が伴奏へ無理に合わせるだけでなく、伴奏側も声に合わせて動く。
高く響かせることと、一曲を通して使えることを両立させるための選択です。

「Goodbye to Romance」で別のキーを試した話も、その具体例です。
柔らかな曲でも、声に合う高さを探すことが表情の土台になります。

息をする間まで含めて、フレーズを作る

『Scream』の制作時には、ライブで歌えることを求め、息を入れる間の少なさにも触れています。
一行ずつ止めて録るのと、一曲を続けて歌うのは違う。
特定の呼吸法の話ではなく、高さとフレーズの長さを含めて、実演できる形にする判断です。

楽器の音が空いたところへ、声を入れる

『Ordinary Man』を制作したアンドリュー・ワットは、「Straight to Hell」を作る際、「War Pigs」のように、リフを鳴らしてから歌の入る場所を空ける構成を考えたと話しています。
楽器と歌が同時に押し寄せる場面ばかりではなく、声を待つ隙間がある。
その空いた場所へ旋律が入ることで、歌の始まりが曲の出来事になります。
これは1970年のサバスの発想を、2020年のソロ曲へつなげた具体例です。

ザック・ワイルドも「No More Tears」の制作について、歌とギターが受け答えする形を「War Pigs」と結びつけて説明しています。
声を出し続けるのではなく、楽器に受け渡す間もフレーズの一部になる。
どれだけ強く歌うかと同じように、どこで歌い始めるかが、オジーの声を印象づけているのです。

起伏を抑えた声にも、不穏さが宿る

「Electric Funeral」では、単調な調子の反復が、独特の不気味さを生むと捉えられます。
声を大きく上下させて盛り上げる方法とは違い、同じ言葉を唱えるような歌も、曲の暗さを担っています。
高く張り上げる声だけでは説明できない表現です。
高低や抑揚を増やすことだけが表現の豊かさではなく、起伏を絞ることで生まれる緊張もあります。

二重に聞こえる声は、録音の作り方も分けて考える

録音技師マックス・ノーマンは、別々に歌って重ねたと説明しています。
ダブルトラッキングという録音方法であり、喉から二つの声を同時に出す技法ではありません。

元の歌唱と、重ねて生まれる音を分けると、録音の厚みをそのまま一度に出した声の量とは考えずに済みます。

2010年の「Let It Die」では、さらに曲中で音処理を使い分けています。
制作したケヴィン・チャーコによれば、ヴァースはローファイ処理を使い、コーラスはより自然な音にしていました。
第二ヴァースの低く歌った一節にも、加工した音を組み合わせています。
同じ曲で声の質感が変わっても、その差のすべてを発声や声区の切り替えと決めつけることはできません。
歌う高さと、録音後の加工は別の選択です。

バラードでは、嘆きや親しさが前に出る

「So Tired」では、ピアノとストリングスを中心にした伴奏と、嘆きを帯びた歌の関係に注目できます。
強い曲の迫力とは違う形で、オジーの旋律が届く曲です。
音を押し出す強さだけでなく、寂しさや疲れを感じさせる表情にも、耳を向けたくなります。

同じ『Bark at the Moon』の中でも、曲ごとに異なる印象があります。
「You're No Different」には胸を締め付けるような歌を、「So Tired」には優しさや包容力を感じる、という聴き方もできるでしょう。
どちらもバラードという括りで一つの歌い方にしてしまうと、曲によって異なる感情の距離が抜け落ちます。
そうした違いは、彼の声が強さ以外の表情を担ってきたことを考える手掛かりになります。

「Mama, I'm Coming Home」では、言葉の作り方にも、歌い手と協力者の関係があります。
オジーによれば、呼びかけの相手は妻シャロンで、レミーが歌詞作りに参加しました。
自分が伝えたいことを他者の言葉の力も借りて曲にする。
この背景を知ると、曲名の印象だけで母への歌と決めるのではなく、親しい相手へ戻ろうとする歌として旋律を捉えられます。

他の声と並んでも、役割は消えない

1989年7月12日のオジーとザック・ワイルド(Paul Natkin/Getty Images)
1989年7月12日のオジーとザック・ワイルド(Paul Natkin/Getty Images)。
画像出典:画像掲載元

「Ordinary Man」でエルトン・ジョンが第二ヴァースを歌うことは、最初から決まっていたわけではありません。
ワットは、エルトンがオジーの歌に合わせて口ずさむ様子から、歌の参加へ話が進んだと説明しています。
一曲の中で声の印象が変わる理由には、こうした歌い手の交代もあります。
オジー一人の技術の変化として整理するより、誰がどこを歌い、別の声をどう迎えたのかを見るほうが、曲の作り方に近づけます。

オジーは2011年、巧みな技術と、その人にしかない声の個性を分けて話し、自分は個性に引かれると述べています。
だからといって、歌を成立させる工夫がなかったわけではありません。
キーを探し、息をする間を考え、伴奏や重ね録りを使い分けることで、その個性が曲の中に残されてきました。

オジーの歌い方は、一つの発声の名前よりも、そうした選択のつながりから理解できます。
高い声を出す瞬間だけでなく、その前後の息、楽器が空ける場所、別に録った声、柔らかな曲での表情まで見る。
それぞれが合わさって、強烈でありながら親しみも感じさせる歌になっています。
時期ごとに歌う条件がどう変わったのかは、オジー・オズボーンの歌唱変遷でたどっています。

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