ピコの歌声の変遷|「両声類」の驚きから、言葉を届ける声へ

2023年12月の16周年公演のピコ シンガー
2023年12月の16周年公演のピコ

男声と女声を歌い分ける「両声類」として知られるピコ。
けれど、その活動をたどると、声の高さや性別の印象だけでは説明できない変化が見えてきます。
世界観を強く歌い込むこと、仲間や観客と楽しむこと、自分の言葉を明瞭に届けること。
持っている声を何に使うかが、作品や舞台を重ねるたびに広がってきました。

2007〜2011年――画面の向こうの声が、ステージへ出る

ピコは2007年に動画投稿を始め、2010年に「Story」でメジャーデビューしました。

投稿を始めた頃、本人が欲しかったのは、歌に対する遠慮のない意見でした。
軽音楽部で褒めてもらっても、本当のところはどうなのか知りたかった。
批判も助言も届く場所で歌うことが、上達したい気持ちとつながっていたのです。

2010年3月の初ワンマンでは、オリジナル曲と「メルト」などのカバーが同じステージに並び、赤飯との共演もありました。
動画で親しまれた曲を、目の前の観客へ返す場ができたのです。
オリジナルの表現を育てながら、ネットで親しまれたカバーもライブへ持ち込んでいました。

2011年の『1PIKO』に入る「二息歩行」では、一曲の中で男声と女声を歌い分ける、一人でのデュエットにも取り組みます。
声の違いを、歌の中の対話として使う試みでした。
高い音が出るという驚きを、曲の仕組みへ生かす段階に入っていたのです。

その年の秋には、本人から次の方向も語られています。
歌い込んで聴かせる曲に加え、男声を表題曲で使い、観客と一緒に盛り上がれる曲も作りたい。
女声の印象が強い入口から、ライブで共有する表現へ広げたいという考えが、早くも芽生えていました。

2010年3月、初ワンマンのピコ
2010年3月、初ワンマンのピコ。
画像出典:画像掲載元

2012年――音域よりも、感情のつけ方が変わる

2012年、ピコはデビュー時から音域は変わっていない一方、歌い方は少し変わったと話しています。
「咲色リフレイン」では、収録曲それぞれに異なる感情の抑揚をつけていました。
広い音域を持っていることと、曲に合う表情を選べることは、別の課題だったのです。

同年の「Make My Day!」では、歌の届け方をさらに広げます。
本人が求めたのは、夏にみんなで一緒に歌える曲でした。
それまでの「桜音」などは、歌い込んで世界観へ引き込む作品が多かったと振り返っています。
そこへ、聴き手も参加して楽しめる明るさを加えたのです。

一人で濃い感情を表す声と、会場で分け合う声。
その場をどんな時間にしたいかも、表現を決める理由になっていました。

2013〜2015年――カバーにも、自分を語る役割がある

2013年の『ヒトコエ-42701340-』では、「千本桜」「モザイクロール」などのボカロ曲と、DECO*27による書き下ろし曲をまとめました。
メジャーの作品を作りながら、歌ってみたの原点もアルバムの中心に置いています。
歌う曲を自分で作ったかどうかだけで、活動を二つに分けることはできません。

その意味がよく表れていたのが、2015年の東京公演です。
ピコは、音楽をやめたいほど苦しかった時期に救われた曲として「心做し」を挙げ、ピアノのバラードで歌いました。
カバーは、得意な声を披露するためだけのものではなかったのです。
自分が受け取った思いを、今度は歌って客席へ渡す。
同じ公演で「Story」と新曲「村人A」を並べたことも、過去を抱えたまま進む姿を示していました。

2015年にインディーズへ活動の場を戻した理由には、自分の考えを制作へ反映したいという思いもありました。
後年の取材で本人は、自己プロデュースの重要さに気づいたと説明しています。
声だけでなく、その声をどういう作品やライブで届けるかにも、自分で責任を持つ方向へ進んだのです。

2018〜2019年――自分の弱さを、言葉にして歌う

2018年のワンマンで、ピコは「村人A」「Re:Act」、初披露した新曲へと続く思いを説明しました。
弱くて踏み出せない自分への問いから、一歩進んだ後の葛藤、さらに何を求めて生きるかへ。
曲が、それぞれ別の角度から自分に向き合うものになっていたのです。

その夜は、激しい曲だけを続けたわけでもありません。
本編のバラードに加え、アンコールではアコースティックの「キミボシ」「しわ」も歌いました。
熱狂と静かな時間を、一つの公演で行き来する表現が続いていました。

2019年の『Pathfinder』では、自分の性格や考えを制作側へ話すところから作品を作ります。
そして、言葉を伝えるため、シャウトを控え、明瞭な声で歌うことを意識しました。
弱さも希望も、自分の話として聴き手に渡したかったのです。
声の激しさを常に増やすことが、成長の唯一の方向ではありませんでした。

2020〜2022年――戻ってきた歌と、歌い直せるようになった曲

2019年の活動休止と翌年の腎移植手術を経て、ピコは2020年の復活ライブへ向かいます。
そのとき語ったのは、音楽を純粋に楽しみたいという気持ちでした。
歌ってみたを始めた頃の感覚に近いといい、歌に加えて演技や作曲にも取り組みたいと話しています。
再出発の中心にあったのは、歌う喜びを取り戻すことでした。

2022年の誕生日公演では、「Black Swan」を再び歌います。
本人は、病気をしていた自分と重なるため歌えなかった曲を、祝いの日に歌い、気持ちの区切りをつけたかったと説明しました。
同じ作品でも、歌い手がそこに込められる思いは、年月とともに変わる。
この歌い直しは、技術の変化だけでは測れない節目です。

舞台でも、新たな課題が生まれていました。
『SEPT ReAnimation ARIARIUM』では、難しい曲を演じながら歌い、兄妹役として相手と心を合わせる必要がありました。
一人で好きなように動いて歌うライブとは、違う条件です。
ソロで培った表現を、登場人物と共演者の関係へ置き直す経験になっていました。

2023年以降――昔の高音を、今の力加減で歌う

2023年12月、16周年公演のピコ
2023年12月、16周年公演のピコ。
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2023年12月の16周年公演では、昔の曲を聴き直して選んだセットリストを披露しました。
その中の「Glorious Unseen」には、以前は強く張っていた高音を、力まず歌うようになったという変化が記録されています。
同じ曲へ戻ることで、音域の広さよりも、その範囲をどんな力加減で使うかが見えてきます。
昔の歌を、当時の勢いの再現だけで終わらせていなかったのです。

「闇色アリス」でも、澄んだ声を柔らかく使う表情が印象を残しました。
かつての曲を歌い続けることは、変わっていない証拠とは限りません。
歌い方や曲の受け取り方を更新する機会にもなっていました。

2024年の主催フェスでは、声の個性が共演の中でも働きます。
KOOLの野性味のある声とピコの透明感、あらきと対照を作る憂いのある高音。
自分が何種類の声を出せるかだけでなく、相手の声と並んだとき、どんな歌になるかへも面白さが広がっていました。

2025年には、ロックを掲げた主催フェスを開催します。
「天樂-双響-」では張りのある高音とビブラートを使い、終盤の「マクガフィン」では繊細さ、力強さ、透明感を行き来しました。
言葉のために激しさを抑えた時期を経ても、荒々しい歌を手放したわけではありません。
その場に合う表情を、必要に応じて選ぶ幅があるのです。

ピコの変遷を貫くのは、変わった声を持つ人という入口から、その声で何を伝えるかへ進んできたことです。
一人で歌い分け、観客と分け合い、自分の弱さを言葉にし、昔の曲にも新しい力加減を見つける。
「両声類」という持ち味は、その長い変化の出発点だったのでしょう。

曲ごとの声の使い方は、ピコの歌い方で詳しく扱っています。

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