昔の自分の曲なのに、今の口では歌いにくい。
2022年、R-指定は初期の曲を歌うため、一人でリハーサルスタジオに入りました。
息を継ぐ場所もリズムの取り方も、当時とは違っていたのです。
Creepy Nutsの広がりをヒット曲や会場の大きさでたどると、その内側で起きた変化は見えにくくなります。
言葉をどこまで明瞭に発音するか。
細かくラップを変えるか、一つの流れを保つか。
R-指定の歩みには、使える技を増やすだけでなく、その技の使いどころを選び直してきた面白さがあります。
初期からあった、声色とメロディーの引き出し
初期のR-指定を、一本調子で言葉を伝える人と捉えるのは違います。
『たりないふたり』の「みんなちがって、みんないい」には、さまざまなラッパーを思わせるフロウが詰め込まれていました。
次の『助演男優賞』に入った「どっち」でも、声色を細かく切り替えます。
「助演男優賞」の覚えやすいサビも、活動が広がったから外から付け足したものではありません。
R-指定は、ソロや客演でも、こうしたメロディーはもともと自分の中にあったと説明しています。
この曲が生まれた時点で、EPには「未来予想図」や「教祖誕生」など、重いテーマの曲がすでに揃っていました。
そこで浮かんだサビを、作品への入り口にできると考えたのです。
抱えている話を全部同じ調子で押し出すのでなく、聴き手が入ってこられるメロディーを置く。
初期から、曲をどう受け取ってもらうかが、声の出番を決めていました。
つまり、後の変化は、声色や旋律を初めて手にしたという話ではないのです。
多くの引き出しを持っていた人が、曲の目的や聴き手との関係に合わせて、何を前面に出すかを変えていきます。

画像出典:画像掲載元
初めての客へ説明するライブから、曲で始められるライブへ
初期のライブでは、フリースタイルやスクラッチを交え、ヒップホップに馴染みのない人にも自分たちのやっていることを説明していました。
二人が憧れていたのは、曲だけで進む、ごく普通のライブです。
「よふかしのうた」を出す前頃から、その関係が変わります。
説明から入らなくても、曲を始めれば客席が沸くようになりました。
2021年の『Case』では、R-指定自身も、存在を知ってもらうために書く段階から、自分たちを知っている人へ話す段階になったと捉えています。
何重にも仕掛けを作ることより、言い回しや表現そのもので聴かせる手応えが生まれていました。
初対面の相手に、まず自分の言葉を一つずつ届ける。
それが、すでに自分たちの音楽を知っている相手とのやり取りになる。
この聴き手との距離の変化は、発音についての本人の振り返りとも重なります。
「顔役」で見える、発音を崩しても届くという感覚
R-指定によれば、初期は、一度で日本語を聞き取ってもらえる発音を重視していました。
後には、音への収まりを優先し、言葉を詰めたり崩したりすることへの抵抗が薄れています。
本人が例に挙げたのが、2021年の「顔役」です。
ぼそぼそとした発声でも受け止めてもらえるほど、聴き手がラップに慣れてきた、と考えていました。
これは、日本語を伝えることを諦めた変化ではありません。
一音ずつ明瞭に立てなくても届くなら、その余裕を、ビートに気持ちよく収まる発音へ使える。
昔の曲を今の身体で歌い直したとき、本人は、その選択の違いに気づいたのでしょう。
『アンサンブル・プレイ』では、技を次々と見せない選択も
2022年の『アンサンブル・プレイ』には、もう一つの変化が表れます。
R-指定は以前、ラップの技を次々と見せようとしていたと振り返っています。
そこから、気持ちのいいフロウが一つ見つかれば、それを続ける方向へ意識が動きました。
フロウは、言葉のリズムや音への乗せ方のことです。
「2way nice guy」では、二つのヴァースで同じフロウの構成を使い、最後のサビ前には、声を入れない時間を残しました。
以前なら埋めていたところを、伴奏に渡したのです。
一方、「dawn」では、フロウの変化に頼らず、韻を緻密に組み合わせて曲の流れを保ちました。
次の技を出し続ければ、変化の多さは分かりやすく伝わります。
けれども、一つの動きを続けるからこそ、聴き手がそのリズムに身を預けられることもある。
この時期の変化は、技術の後退ではなく、何を聴かせるかという判断にありました。
「ビリケン」で、変則的なラップをシングルの前面へ
2023年の「ビリケン」では、ジャージークラブのビートに、変則的な発声とフロウを組み合わせました。
こうしたラップ自体は、以前のアルバム曲や梅田サイファーの曲にもあったものです。
変化は、それをシングルとして、広い聴き手の前へ打ち出したことにあります。
ライブでは、本人が技術的なずらしを使っているというフックの連符の部分でも、客席が大きく沸きました。
R-指定は、フロウそのものの技に反応が返ることを喜んでいます。
当初は淡々と技を見せることも考えていましたが、生のビートの迫力に押され、テンションの高いパフォーマンスになったとも話しています。
分かりやすいサビを入り口にしていた時期から、複雑なリズムの動き自体で客席と通じ合える場所へ。
聞き取ってもらえるという信頼は、難しいことを控える理由ではなく、さらに踏み込む足場にもなりました。
伴奏を減らし、ラップを前に出す
2024年の「Bling-Bang-Bang-Born」や「二度寝」では、DJ松永が伴奏の音数を意識的に減らしています。
隙間まで楽器で埋めず、一つの音を磨き、相対的にボーカルを前へ出す。
そこまで踏み込めるのは、R-指定のラップがあるからだと、DJ松永は話しました。
ここでは、声は出来上がった伴奏の上に乗るだけの存在ではありません。
音を減らした場所で、言葉の響きとリズムが曲を引っ張る。
細かいラップを次々と見せるかどうかという選択が、二人で作るサウンド全体の組み立てにもつながっています。

画像出典:画像掲載元
2025年、加工した声も表現の中へ
2025年2月の東京ドーム公演では、「生業」をアカペラで披露した後、「LEGION」でマイクにオートチューンをかけて歌いました。
声だけで聴かせる場面と、音程を補正・加工する技術を声の表情に使う場面が、同じライブに並んだのです。
「ちゅだい」から「耳無し芳一Style」へ続く場面では、低音と高音のラップが目まぐるしく入れ替わっていました。
加工を加えたことを、生身の声で勝負しなくなった結果と捉えると、この並びを取りこぼします。
声だけを差し出すことも、声に別の質感を与えることもできる。
大きな会場に進んでも、一つの強い歌い方へ統一するのではなく、曲が求める声を使い分けています。
声から伴奏を生む「オトノケ」、メロディーから始まる「Mirage」
制作の順番にも、声の役割の広がりが見えます。
「オトノケ」では、R-指定がアカペラを送り、DJ松永が音を付けました。
2025年の「Mirage」は、R-指定が別のビートに浮かべたメロディーから始まっています。
意味のある歌詞になる前のスキャットを送り、それをもとに伴奏を作り、言葉を磨いていきました。
「眠れ」にも、先に用意されていた声のアイデアがありました。
最初のヴァースからフックまでのスキャットは、「オトノケ」のトラックに乗せたものです。
DJ松永は、同じテンポやキーでも別の曲として成立させるため、ドラムのパターンを探り直しました。
声が先にあり、その動きに応えるように伴奏が変わっていく。
明瞭に言葉を届けようとしていた初期から、発音を崩す自由を得て、技を抑えることも選び、声を曲の出発点にする。
R-指定の変化は、複雑さや速さの記録以上に、言葉と音の関係を作り直してきた過程として見えてきます。
曲ごとの発声とリズムの選び方は、R-指定の歌い方で詳しく扱っています。

こちらの記事もおすすめ

耳無し芳一Styleの録音、どっちの声色、板の上の魔物の濁音、客演でのメロディーとラップの配分から、R-指定の歌い方を掘り下げます。

グループで歌って踊る日高光啓と…

2017年ごろは、自分の中にたまった心情を…



コメント