REIKOの歌声の変遷|高音を磨いた原石が、客席と歌を分かち合うまで

2025年のREIKO(撮影:Ray Otabe) REIKO
2025年のREIKO(撮影:Ray Otabe)

REIKOの成長は、高い音が出るようになった、という話だけでは収まりません。
本人が磨いてきたのは、声を安定させることに加えて、力の使いどころを知ること、そして歌いながら目の前の人とつながることでした。
オーディションで見出された歌声が、どのように一人のショーを支える声になったのか。
同じ曲への再挑戦と、デビュー後に増えた声の表情から、その歩みをたどります。

歌声を見出された2021年から、ソロを選ぶまで

REIKOは、小学校の合唱部で歌う楽しさを知りました。
中学生になると洋楽のR&Bへ関心が広がり、特にアリアナ・グランデに惹かれるようになります。
オーディション以前から、歌は好きなものとして生活の中にありました。

2021年の「THE FIRST」では、二次審査で「366日」、三次審査で「RAIN」を歌っています。
周囲には長く練習してきた参加者もいて、本人は経験の差に戸惑いました。
合宿では、ボイストレーナーから自信のなさを指摘されたこともあります。
それでも、曲作りでは思い浮かんだことを口にし、SHOTAがまとめてくれたことで、創作の楽しさを味わいました。
人に頼りながら舞台を重ね、成長を実感していった時期です。

2021年「THE FIRST」二次審査の歌唱映像。

初めから評価される歌声を持っていることと、その声をどんな場所でも信じられることは同じではありません。
REIKOの出発点には、才能への期待と、本人の心細さが同時にありました。

その後、MAZZELを生むプロジェクトからは離れました。
2022年の「BMSG FES」で、Aile The Shotaがソロへ進む自分を仲間に紹介してくれた時、進む道が見えたといいます。
最初から一人で歌う覚悟が整っていたわけではありません。

2023年――「366日」で分かった、力の生かし方

トレーニー時代の課題は、高い声の不安定さでした。
18歳で受けたオーディションを振り返り、REIKOは、どの音域でも安定して歌えることを目指していたと話しています。
2023年8月、再び「366日」をカバーした時には、強弱を付けることや、自分の声の力を生かすことに成長を感じました。
届く音を増やすだけでなく、出せる声をどう配分するかが見えてきたのです。

同じ年の3月には、「D.U.N.K. Showcase」で自作曲「No More」を披露しました。
この舞台では、感情があふれて歌えなくなったREIKOを、観客の歌声が支える場面もありました。
一人で立つステージでも、歌を受け取る人が目の前にいる。
そんな経験も、ソロとして進む足場になっています。

デビュー期のREIKO(2023年/撮影:西村満)
デビュー期のREIKO(2023年/撮影:西村満)。
画像出典:画像掲載元

「No More」と「BUTTERFLY」――一つに決めなかった最初の顔

「No More」には、大人になった自分を見せたい気持ちと、デビューを待ちきれない思いが重なっていました。
一方、2023年10月6日のメジャーデビュー曲に選んだのは「BUTTERFLY」です。
Matt Cabとの制作で複数の候補が生まれる中、初めて知る人へ自分の親しみやすい面も伝えられると考え、この曲を選びました。
背伸びした表情も、等身大のかわいらしさもある。
その二つを並べて出発したところに、後の歌い分けにつながる幅があります。

2024年――自分の出来から、目の前の相手へ

2024年、フィリピンでの公演を前に、REIKOはトレーニー期間で変わったことを語っています。
オーディションでは、上手に歌うことや踊ることへ意識が向いていました。
そこから、観客や、その場で自分が何をしているかを考えるようになったというのです。
小さな会場では客席の顔がよく見えるため、決めた進行だけを追うより、その瞬間の気持ちに素直に歌いたいとも話しました。
緊張がなくなったわけではありません。
何を成功と考えるかが、評価される自分から、歌を渡す相手へ動いています。

この頃は、まだ自分の進む道を探しながら、多くの曲を書いている段階でもありました。
デビューした瞬間に歌手像が固まったのではなく、制作と人前で歌う経験を通じて、自分に合う表現を確かめていたのです。

同年11月には、清水翔太が作詞・作曲した「First Christmas feat. JUNON(BE:FIRST)」を発表。
一人で歌を担うだけでなく、仲間の声と並んで、一曲の幸福感を作る作品も加わりました。

12月の初EP『Debut』は、それまでの曲をまとめた自己紹介になりました。
REIKO自身が大切にしたのは、人柄に加えて、声色や声の表情が伝わることです。
デビュー曲一曲の印象から、複数の歌の中で姿が見える歌手へ。
作品をまとめて届けることで、声の幅にも輪郭が生まれました。

2025年――明るさの隣に、寂しさも置く

2025年には、R&Bの三部作を発表します。
4月の「Take It Back」は、1990年代初頭のアメリカのサウンドを取り入れ、自分を抑え込まずに生きてほしいという思いを込めた曲でした。
歌を通じて相手の背中を押す方向が、作品の中でもはっきりしていきます。

続く「君のせい」では、まだ十分に見せてこなかった、寂しさや悲しさを表に出したいと考えました。
明るく人を励ますだけでは、自分の全体にはならない。
弱い感情も歌に持ち込むことで、声が引き受ける役割を増やしたのです。

三部作を締めくくる「LOVE DEEPER」では、久保田利伸の「流星のサドル」をサンプリングしました。
使用を申し出たのはREIKO本人で、制作はm.c.A・Tが担当しています。
憧れの音楽を聴いて育った歌い手が、その音楽を自分の新曲に迎える。
先輩と同じ声になることではなく、受け取ってきたものを、自分の歌として次へ渡す段階に入っています。

7月3日の初ワンマンツアー追加公演では、ドラム、ベース、鍵盤とともに歌いました。
幕開けの「Take It Back」は、ステージの中央から声を届ける構成。
仲間との楽曲をつなぐメドレーでは、大きく動く場面へ切り替えています。
同じ公演の中でも、歌をじっくり聞かせる時間と、身体ごと熱を上げる時間を作れるようになっていました。

客席とともに盛り上がる『VOICE』ツアー(2026年7月17日)
客席とともに盛り上がる『VOICE』ツアー(2026年7月17日)。
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2026年――「VOICE」で、自分の声を誰かの声につなぐ

2026年5月の2枚目のEP『VOICE』は、自分の声を信じて進むことを主題にしています。
踊れる「CHECK」と、夢を手放せない気持ちを歌う「まだ」が、一つの作品に並びました。
声を信じることは、いつも強気でいることではありません。
迷いも含めて、自分の表情として差し出す作品になっています。

「CHECK」と「まだ」は、韓国で現地の制作者と取り組んだ曲です。
REIKOは制作を楽しかったと振り返り、以前の経験が積み重なっていることにも手応えを感じていました。
歌唱を学ぶ立場から始まった歩みは、作る場でも自分を発揮する歩みにつながっています。

7月17日の豊洲PIT公演では、その広がりが舞台にも表れました。
「LOVE DEEPER」はアカペラで始まり、「Take It Back」では客席の近くへ向かい、ダンサーも加わります。
本編の最後には「まだ」を一人で歌い、アンコールを待つ客席がその歌を受け継ぎました。
2023年には観客の歌声に支えられたREIKOが、自分の歌を客席へ渡し、返ってくる声までショーの一部にしている。
一人で歌えることの先に、みんなで歌を持てる場が育っています。

『VOICE』収録のスタジオ音源(2026年)。

REIKOの変遷をつないでいるのは、声の強さだけではなく、その声を使う目的の変化です。
不安定な高音を整え、強弱を知り、明るさと寂しさを歌い分ける。
そして、歌っている自分の出来だけでなく、相手に何が届いているかへ意識を向ける。
初期からあった歌への喜びは、独りで抱えるものから、客席と分かち合うものへ広がってきました。

曲ごとの声色や言語による響きの違いは、REIKOの歌い方で詳しく見ています。

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