Aile The Shotaの歌をたどると、踊れる音楽と、言葉に気持ちを託すポップスが隣り合っています。
その二つの間で変わってきたのが、声をどこまで前へ出すかという選択です。
伴奏の一部になる心地よさから、一人の歌手として感情を届ける強さへ。
ただ声量が増えたのではなく、声に任せる役割そのものが広がってきました。
2022年――歌とダンス、二つの好きな音楽から始まる
2022年1月、Aile The Shotaは「AURORA TOKIO」でデビューし、同月にEP『AINNOCENCE』を発表しました。
当初から、特定のジャンル名だけで自分を説明するより、自分の音を作ることを大切にしています。
歌手、ラッパー、ダンサーという区分のどれかに収めることが、出発点ではありませんでした。
その背景には、幼い頃から親しんだJ-POPと、大学でダンスを始めてから深まったR&Bやヒップホップの二つがあります。
2022年の「IMA」では、KNOTTの音に合わせて最初に歌った旋律が、サビにつながりました。
音を聴いて声を出す、その場の反応を曲の核にする作り方です。
歌いやすい旋律への親しみと、身体が動くビートへの愛着。
どちらかを後から付け足したというより、両方を持って歌い始めた人です。
この出発点があるから、後にポップスの歌声を強めても、ダンスの感覚は残っていきます。

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2023年――生演奏との出会いで、声を預ける相手が変わる
dawgssとの「ランデヴー」では、出来上がった音を受け取るだけでなく、生演奏がその場で曲になっていく制作を経験しました。
森光奏太は、Shotaの声のよさを生かすため、オートチューンを使わない方向を考えていました。
Shota自身も、補正を前提にした作り方とは違う旋律が生まれたと振り返っています。
加工を控えて声を聞かせる経験は、2024年より前からあったのです。
ここで変わったのは、加工の有無だけではありません。
演奏する人と同じ時間を過ごし、その場で生まれた音へ歌を返すこと。
自分の声を一つの完成形に固定せず、相手の演奏から違う表情を引き出してもらう、具体的な機会になりました。
2024年――「踊りませんか?」で、歌の感情をもっと外へ
Chaki Zuluとの「踊りませんか?」は、2024年7月に発表されました。
制作ではピアノの和音と旋律を何度も組み合わせ直し、歌い方についても、もっと感情を出してよい箇所を細かく話し合っています。
低音の強いダンス曲の中で、歌の旋律と気持ちを分かりやすく届ける方向が、はっきりしてきました。
同年の『REAL POP』へ向かう時期、Shotaは、音程や歌のきれいさを気にしすぎていた自分にも目を向けています。
「さよならシティライト」では、オートチューンを使わず、感情を伝えることに重心を置きました。
ただし、加工された声を嫌いになったわけではありません。
好きな表現として残したまま、加工に頼らない歌を選ぶ機会を増やしていったのです。
同じ頃、歌の細かさにも変化がありました。
「DEEP」のように即興の旋律を言葉で埋める作り方から、「Eternity」では歌う言葉を減らす方向へ進んでいます。
本人が気にしたのは、踊る人が入り込める場所があるかどうかでした。
歌を前へ出すことと、歌で全部を埋めないことが、同時に進んでいたのです。
以前の歌を否定した転機、と考えると、この変化は狭くなります。
音になじむ歌い方にも、前へ出る歌い方にも魅力がある。
そのうち後者を、もっと自分のものにしようとした時期でした。
美しく整えることが目的になっていないか、という問いが、歌う時の判断に加わっています。
2025年春――音源をきれいに再現するだけでは足りなくなる
2025年3月16日の東京ガーデンシアター公演は、歌への意識を変える場になりました。
本人は、正確で丁寧な演奏を求めるあまり、ライブも録音のようになっていたと振り返っています。
ボーカルトレーナーの佐藤涼子、りょんりょん先生と向き合い、失敗しないことへ傾いていた意識を、ステージで気持ちを出す方向へ動かしました。
完璧な点数を目指す感覚から抜けられた、という本人の実感が残っています。
録音と同じ音が出たかどうかだけでは、その場で歌う意味を捉えきれません。
目の前に人がいて、その日にしか生まれない感情がある。
Aile The Shotaの変遷では、このライブでの経験が、次の録音とつながったことが大切です。
「向日葵花火」の歌入れは、その公演の後でした。
本人は、それまで伴奏になじませていた声に対し、この曲では芯を強く出していると説明しています。
Chakiとの制作で声を前へ出すよう求められ、ライブとレッスンを重ねて見つけつつあった歌い方を、☆Taku Takahashiとの曲で生かしました。
一曲だけの指示ではなく、およそ一年の試行が録音へ結び付いたのです。
2025年秋――「月見想」で、歌声そのものに弱さを託す
秋に発表した「月見想」では、蔦谷好位置とバラードに踏み込みます。
踊れる時間を大切にしてきたShotaにとって、旋律をじっくり聞かせる曲は、以前から好きでも、思い切りの必要な選択でした。
声の出し方に加え、得意だったコーラスの組み方も相手へ任せています。
歌謡曲にもつながる自分のルーツを引き出してもらう、新しい共同作業でした。
録音では、キーや歌う場所も試しました。
防音ブースで歌いにくさを感じていたため、蔦谷の近くで反応を受け取りながら歌い、声色と気持ちが合う条件を探しています。
本人が、小さなビブラートの揺れにも感情があると改めて気づいた曲です。
春から夏にかけて声を前へ出せるようになったことは、秋にただ大きく歌うために使われたのではありません。
細かな揺れまで聞かせ、傷ついた気持ちを歌に預ける。
強く出す声と、隠さずに出す声の間に、もう一段階の変化がありました。

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2025年冬〜2026年――自分の声を信じ、人と作る余地を広げる
冬の「ハナユキ」では、録音と編集に携わった神部秀彰との仕事も手応えになりました。
本人は、自分の声を好きになったと話しています。
歌の魅力を引き出してもらう経験が、声を細かく管理する意識から、自分の歌を信頼する方向へつながっていました。
2026年の『REAL POP 2』では、時間をかけてプロデューサーと作る曲と、共同制作の場で素早くアイデアを交わす曲が並びます。
他の人が考えた旋律を受け入れても、自分の個性は失われない。
その実感から、自分の案を守るだけでなく、相手へ任せる余地も広がりました。
「開花宣言」でも、Shin Sakiuraと一緒に曲の形を探っています。
以前は、共同制作で自分の旋律があまり残らないことに、悔しさを感じたこともあったといいます。
それが、誰かのアイデアを自分の歌にしても、自分らしさは残ると考えられるようになった。
歌声への信頼は、一人で全部を決める強さではなく、人の提案を受け取れる柔軟さにもつながりました。
同作の「ENOSHIMA ORANGE BLUE」では、しっかり構えて歌わなければならないキーの曲が多かったことを踏まえ、もっと気軽に歌えるフックを求めました。
声を強く出せるようになった後も、力を入れる曲ばかりを増やしたわけではありません。
ラフに歌える楽しさも、自分のポップスへ戻しているのです。
Aile The Shotaの歩みは、柔らかい声が強い声に置き換わった歴史ではありません。
伴奏となじむ声、芯を立てる声、揺れを隠さない声、気軽に口ずさめる声。
曲と作り手に応じて、その選択肢が増えてきた歴史です。
ダンスの中で育った感覚を持ちながら、歌手として自分の声へ任せられることを、一つずつ広げてきました。
声の芯やリズム、コーラスの使い分けは、Aile The Shotaの歌い方で詳しく見ていきます。

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