Wakanaの歌声の変遷|三人のハーモニーから、自分の声を選び直すソロへ

2021年のステージに立つWakana(撮影:大川晋児) Wakana
2021年のステージに立つWakana(撮影:大川晋児)

Wakanaの歌声には、高く響く声の印象と、そっと言葉を置く近さが共存しています。
その幅は、ソロになった時に一度で完成したものではありません。
三人で歌う中で得た自信を持ちながら、一人で曲を担うために、柔らかさ、低音、力強さを少しずつ選び直してきました。
歌える音の高さだけで追うより、どんな声を自分に許してきたかをたどると、その変化が見えてきます。

Kalafinaで育った、自分の声への信頼

Wakanaは、十代でオーディションを受けていた頃、自分の声のよさが分からず、恥ずかしさを感じていたといいます。
梶浦由記との出会い、そしてKalafinaで三人の声を重ねる経験が、その受け止め方を変えました。
仲間と歌う時に自分の声が生きる。
そう感じられたことが、歌手としての自信になっています。

当時から、同じ力加減で歌い続けていたわけではありません。
2012年の「to the beginning」では、熱く歌うつもりで臨みながら、実際には冷静な表現を選びました。
一方、「満天」には、優しさと情熱の両方を込めています。
Wakana自身が二曲の違いを語っていることからも、三声の中の高い声、という役割だけでは収まらない歌の選択が分かります。

2018年――一人で歌った時に見つかった柔らかさ

2018年には、人前で歌わない期間を経て、8月に龍真咲、ローマ・イタリア管弦楽団とのコンサートへ出演しました。
指揮者と演奏の流れを確かめながら歌い、本番ではイヤーモニターを外したといいます。
本人にとって、これまでと違う歌い方の心地よさを発見した舞台でした。
編成や周囲の音との関わりが変わることも、自分の声を見つめ直すきっかけになったのです。

その公演を録音で振り返った時、Wakanaは自分の声の柔らかさに驚きました。
三人で歌う時には、仲間との強弱の関係がありました。
一人になれば、どこを大きく歌い、どこで力を抜くかを、自分の判断で組み立てられます。
声を弱めることへの不安より、力を抜いても歌が届くという発見が前へ出てきました。

この変化を、以前の歌い方を捨てた出来事と考える必要はありません。
ハーモニーの中で磨いた声を持ったまま、別の条件で歌ってみる。
その時に初めて使いやすくなる表情があった、という変化です。

この時期には、初めて自分で歌詞を書く経験もしました。
決まった旋律に入る言葉の数と、伝えたい気持ちの間で悩みながら、自分の言葉を探しています。
そして歌ってみると、聴き手にはそれぞれの受け取り方があることも知りました。
与えられた歌を表現するだけでなく、何を伝えたいかを言葉にすることも、ソロの声を作る一部になっていきます。

ソロ活動を始めた2018年のWakana(撮影:敷地沙織)
ソロ活動を始めた2018年のWakana(撮影:敷地沙織)。
画像出典:画像掲載元

2019年――整えた歌声の内側から、話すような声へ

2019年のソロアルバム『Wakana』では、安藤裕子が手がけた「記憶の人」が新しい課題になりました。
低い音を十分に響かせられていないと感じた本人に、制作側は息の混じる歌い方でもよいと伝えています。
本人が足りないと感じた声にも、その曲に合う表情があったのです。

同年のEP『アキノサクラ EP』では、さらに自分の内側へ向かいます。
表題曲で探したのは、話す時に近い、作り込みすぎない声でした。
ただし、自然に歌うことは簡単ではありません。
素の声を出す恥ずかしさから、つい歌声を整えすぎてしまう。
そこで向き合ったのは、新しい技巧を足す難しさより、身につけた構えを少しほどく難しさでした。

2020年――高い声だけに、自分の可能性を限らない

2枚目のアルバム『magic moment』では、すでに知られている声を示す段階から、もっと多くの声を見つけたいという方向へ進みました。
「breathing」「揺れる春」「where」と、曲ごとに違う表情を求めています。
最初に自分の声の正解を決め、その枠へ曲を合わせる作り方から、曲を通して選択肢を増やす作り方へと重心が移っていきます。

同年のカバーアルバムでは、「時には昔の話を」の低い声にも手応えを得ました。
本人にとっても、自分の低音の響きは発見だったといいます。
この曲を軸に据えたことは、高音の印象が強い歌手が、それ以外の声を積極的に聞かせる機会にもなりました。
低い声を、高い音へ上がるまでの通過点にしない。
一曲を支える表情として受け止めるようになったのです。

ただ、新しい声を増やすほど、もとの自分を否定したくなったわけではありません。
『magic moment』を仕上げた時には、聴き手が好いてくれる自分の声を、もう一度大切にしたいとも考えました。
理想を追って歌い方を変えることと、十年の活動で育った声を受け入れること。
その両方を持って進もうとした時期です。

2021年――歌わない時間にも、身体と歌を作り直す

ライブの機会が減った時期には、ボイストレーニングを通じて身体の使い方を見直しました。
レッスンの録音を自宅でも繰り返し使い、ソロになってから学んできたことを、自分の歌に結びつけていきます。
2021年には、その積み重ねが形になってきたと振り返っています。
活動の空白が、そのまま歌の停滞だったわけではありません。

同年のライブでは、Kalafinaの「春を待つ」も一人で歌いました。
もともとは三人が歌を受け渡す曲です。
ソロでは、その流れを一人で引き受けることになります。
また、「magic moment」を弦楽四重奏で歌う時と、慣れたバンドで歌う時では、本人が感じる緊張や自由さも違っていました。
学んだ声を、曲や編成の違う現場で試す段階へ進んだのです。

2021年4月24日公演のダイジェスト。

2021〜2023年――「Flag」で得た手応えを、次の難曲へ

次の節目として本人が挙げたのが「Flag」です。
録音は2021年。
2023年のアルバム『そのさきへ』を語る際にも、この曲を録った時の声を大きな変化として振り返りました。
三人の中で高いパートを担う声と、一人の歌として力強く聞かせる声。
その違いを、自分の歌で実感できた曲だったのです。

「Flag」は2022年にゲーム『メメントモリ』の楽曲として公開され、その後『そのさきへ』に収録されました。
アルバム発売時に突然生まれた変化ではなく、録音と公開の間にも時間がある曲です。

その手応えは、難しい曲にも挑んでみようという気持ちにつながりました。
「Butterfly Dream」や「KEMONO feat.清塚信也」へ向かう時にも、以前より自分の声を信じられるようになっていたのです。
2023年の本人の言葉には、技術を探すだけでなく、録音された歌にも納得できる場面が増えた喜びが表れています。

『そのさきへ』発表期のWakana(2023年)
『そのさきへ』発表期のWakana(2023年)。
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「KEMONO feat.清塚信也」では、速く難しい旋律の中でも、日本語が伝わるところを探りました。
新しい声を得た後にも、課題は残っています。
出せるようになった声を使い切ることより、その曲の言葉まで届く形にすることが、次の仕事になっているのです。

再び三人で歌う時にも、ソロで得た声は残る

2025年1月、Kalafinaは再び三人でステージに立ちました。
Wakanaはその後の取材で、戻ってきたことを強く意識するより、自然に歌っていた感覚を話しています。
Hikaruも、三人の位置関係は変わらず、それぞれがソロで得たものが加わっていると捉えていました。
帰ってきた場所と、その間に増えた経験の両方がある再集結です。

2026年1月には、NHKホールで『Kalafina Anniversary LIVE 2026』を開催。
ソロと三人の歌を行き来する歩みが続いています。

Wakanaの変遷は、柔らかい声から強い声へ、一方向に置き換わっていく歴史ではありません。
柔らかく歌う自由を知り、低音を受け入れ、力強い声も自分のものにしてきた。
そのどれを使うかを、曲や一緒に歌う相手に合わせて選べるようになる過程です。
変わってきたのは、声の印象だけでなく、自分の声を信頼できる範囲なのだと思います。

息や低音、言葉をどう使い分けるかは、Wakanaの歌い方で詳しく見ています。

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