井上芳雄の歌声はどう変わった? 舞台の役から、自分の歌を届けるまで

井上芳雄(2023年) シンガー
井上芳雄(2023年)。撮影:大城為喜/出典:音楽ナタリー

2024年のコンサートの記録には、アルバム『Greenville』の「Lost In The Night」と、ミュージカル『エリザベート』の曲を含むメドレーが並んでいます。
片方は自分名義の新しいポップス。
もう片方は、デビューから長く関わってきた舞台の音楽です。
同じ公演で歌った二つの曲は、古い歌い方を捨てて新しい声に替えた、という単純な話では説明できません。

井上は、物語の中の人物として歌う人でした。
やがてコンサートでは、客席と会話するように歌うことを望み、オリジナル曲では、生活の中で聴かれる声を探すようになります。
歌を届ける「相手」と、その人までの「距離」が変わるたびに、選ぶ表現も増えていきました。

最初にあったのは、役の言葉を届ける難しさ

井上のミュージカルデビューは、2000年の『エリザベート』、皇太子ルドルフ役です。
劇団四季の俳優を目指し、中学生から歌とジャズダンスを習い、東京藝術大学へ進んでいました。
けれど、本人によれば、当時は芝居をした経験がほとんどありませんでした。
音程は合っているか確かめられても、役の言葉が相手に届いているかは、それほど分かりやすくありません。

井上が後に語ったのは、歌う前から相手との関係を考えることの大切さです。
指導者の安ますみから、相手との距離に応じて、使うエネルギーを「1」や「5」に変える考え方を教わったといいます。
実際に台本へ数字を書き込み、翌日の芝居では周囲から変化を認められたそうです。

歌唱力を示すために声を張るのではなく、その場面で誰に何を伝えるのか。
役の歌には、音を正しく出すこととは別の難しさがありました。

これは、歌を学んでから芝居へ進めば自然に身に付く感覚ではありませんでした。
井上は、役が大きくなるほど自分の力では扱いきれないと感じ、舞台に立ちながら学び直したと振り返っています。
台詞を覚えて言うだけでは見つけにくかった課題を、相手との関係から具体的に直せるようになったのです。

2002年のアルバム『SOTTO VOCE』には、『エリザベート』の「闇が広がる」が収められています。
これは舞台初日の録音ではなく、デビュー後に制作したスタジオ盤です。
初期のレパートリーを残す一曲として聴けます。

2010年代、歌の相手が「共演者」から客席へ広がる

舞台では、役の感情が高まり、台詞が歌になる。
井上は2014年の取材で、そのようにミュージカルでの歌を説明しています。
コンサートでは少し違います。
自分の近況や好きな曲を伝え、観客の反応を受けながら歌う。
井上自身と客席とのやり取りが、その日の歌を形作ります。

その違いが表れたのが、ジャズの曲「Come Fly With Me」でした。
2010年のデビュー10周年コンサートで歌った際、音楽監督・島健のピアノは毎回同じアレンジではなかったそうです。
井上も少しずつアドリブを入れ、演奏に応じて歌を動かそうとしました。
固定された一つの正解を再現するだけではない楽しさが、そこにはありました。

2014年のビルボードライブ東京公演でも、井上はこの曲を選びます。
客席の近い会場で、ジャズ歌手のように肩の力を抜き、会話をするくらいのテンションで歌いたい、と本番前に話していました。
ブラスを含めた九人のバンドを迎え、会場の近さと演奏の華やかさをともに生かす構想でした。
小さな声で済ませるというより、演奏と客席を受け取りながら歌う場を作ろうとしていたのです。

この2014年公演の映像は、後に公式DVDになりました。
舞台曲と「Come Fly With Me」が同じセットリストにあるのも興味深いところです。
役の歌をやめてジャズ歌手になったのではなく、歌う相手と会場に応じた表現を増やしていったのです。

2019年、ポップスに声を合わせるだけではなかった

2019年の音楽番組『Sound Inn “S”』では、米津玄師の「Lemon」を歌いました。
きっかけは息子からのリクエストです。
井上はラジオで一度歌ったものの、自分では納得していませんでした。
同じ曲へ、番組でもう一度取り組むことにしたのです。

この再挑戦では、伴奏の作り直しも重要でした。
編曲の本間昭光は、井上の声に合うようカントリーの要素を加えました。
原曲の音作りに歌手を押し込むのでなく、歌手が持つ声に合わせて伴奏も組み直す。
カバーに対する答えは、声と編曲を一緒に考えるところにありました。

井上は番組の演奏家に囲まれて歌う経験を、音に包まれて安心して歌えたと振り返っています。
「Lemon」だけでなく、舞台曲とABBAの曲も歌った番組でした。
舞台とポップスを別々の箱に閉じ込めず、曲ごとに共同作業で形を探していた時期を示しています。

Sound Inn Sで歌う井上芳雄(2019年)
Sound Inn “S”出演時の井上芳雄(2019年)。
出典:セイコーグループ

2023年、日常の中に置ける自分の曲を作る

次の転機は、コトリンゴのプロデュースによる2023年のアルバム『Greenville』です。
井上はそれまで、舞台の曲やカバーを歌う機会が多くありました。
歌番組への出演や司会を通じ、一曲のシングルを長い時間かけて届けていく演歌歌手たちの姿にも触れていました。
自分の歌を提示し続ける、その仕事の強さにひかれたといいます。

そこで目指したのが、自分のために作られた曲で、日常の中でも聴いてもらえる音楽でした。
普段から大貫妙子らの穏やかな歌を聴いていたことも、この希望につながっています。
劇場に来た人だけでなく、家で過ごす人の時間にも、自分の歌を置きたかったのです。

作り手へ渡したのは、人生の中で人が試されたり、大切なものを奪われたりする局面を表す言葉でした。
つらさをそのまま歌にするだけでなく、それに直面する人を支える曲にしたい。
コトリンゴは各作家に自由な解釈を任せ、井上の想像とは異なる曲も集まってきました。
自分の曲を持つことは、慣れた歌い方が最初から通用する曲をそろえることではなかったのです。

「天使も悪魔も」では、拍をいつもより後ろで取る試みをしました。
コトリンゴからは、後ろへ行きすぎないようにという調整も入っています。

一方、「Lost In The Night」では、最初に録った歌に井上自身が力みを感じ、録り直しました。
二度目の少しささやくような歌い方を、コトリンゴは曲に合うと受け止めています。
大きな声を出せることが、そのまま新しいポップスの完成形になるわけではなかったのです。

この変化は、弱い声だけを使うようになった、という意味でもありません。
同じアルバムの「ライフ」は、コトリンゴが井上のディナーショーで見た勢いから着想を得た曲です。
彼が培ってきた力強さも、作品に必要な表現として残りました。
どの曲で声を前に出し、どの曲で力を抜くか。
選択肢が増えたことのほうが、このアルバムをよく説明します。

また井上は、40代になり、コロナ禍も経て、興味のある未知の表現には挑みたいと考えるようになったと話しています。
舞台曲なら喜んでもらえるという見通しがあっても、その範囲だけで次作を決めない。
録り直しを重ねた背景には、まだ使っていない表現へ進もうとする判断がありました。

『Greenville』の録音で、ささやく声・勢いのある声・息継ぎをどう選び分けたかは、井上芳雄の歌い方で曲ごとに詳しく見ています。

舞台へ戻るのではなく、舞台も歌い続ける

2024年のコンサートには、「Lost In The Night」と『エリザベート』のメドレーが、どちらも組み込まれました。
初期の舞台曲を再び歌った事実は、新しいポップスが過去のレパートリーに取って代わったわけではないことを示します。
ただし、2002年のスタジオ録音と2024年のメドレーは、共演者も編成も録音条件も違います。
この二つだけで、声色の変化を測ることはできません。

井上は2024年にも、韓国で歌のレッスンを始めました。
長く続けてきた舞台の歌に加え、マイクで届ける声について、新しい指導を受けていると話しています。
指導者は大きな声を出す必要はないと伝え、マイクに乗る声を目指していました。

もっと大きく響かせることだけが、これからの課題ではない。
本人が指摘したのは、ミュージカルで使う音楽のジャンル自体が変わり、役者も作品に合わせた技術を学ぶ必要があることでした。
舞台の外でポップスを歌うためだけでなく、舞台を歌い続けるためにも、表現の幅が必要だったのです。

ルドルフとして役の言葉を届けた出発点から、客席と近い距離で歌うジャズ、自分の日常の歌へ。
井上の歩みを通して見えるのは、一直線に声が小さくなった変化ではありません。
『エリザベート』も「Lost In The Night」も歌う今、誰へ、どの距離で、どんな言葉を届けるかを選び直せるようになったことです。

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