森川之雄の歌唱変遷|太い声で切り開いた、ANTHEMの外と復帰後の表現

2014年11月のANTHEM川崎公演で歌う森川之雄(前列左) シンガー
2014年11月のANTHEM川崎公演で歌う森川之雄(前列左)

森川之雄の声には、重い演奏の前に立っても存在感を失わない強さがあります。
けれど、その歩みは、力強い声を長く保ってきたという話だけでは捉えきれません。
ANTHEMを離れていた時期の歌を知ると、2014年の復帰後に、なぜ切ない曲やロックンロールまで森川の声に託されたのかが見えてきます。

『GYPSY WAYS』の裏にあった、歌が録れない時間

森川がANTHEMに加わったのは1987年。
坂本英三の後任として迎えられ、翌1988年の『GYPSY WAYS』で、アルバムを通じて自分の歌声を示すことになります。
作品を重ねてきたバンドでの、新しい出発でした。

実は、森川はそれ以前にもオーディションに参加していました。
柴田直人の回想では、当時は日本語の曲への対応や見た目も含めて、最終的に坂本を選んだといいます。
後の加入は、最初から用意されていた順番ではなく、一度選ばれなかった歌手がつかんだ機会でした。

その森川も、『GYPSY WAYS』の録音では力が入り過ぎ、二日間、歌が録れない状態になったと柴田は振り返っています。
悔しさから部屋で泣くほどだった森川に、柴田がいたずらを仕掛けたのも、その緊張をほぐそうとしたためでした。
完成した歌の力強さだけでは分からない、声を作品にするまでの苦闘があったのです。

歌いたい気持ちの強さが、そのまま良い録音になるとは限りません。
森川の出発点には、持ち味を出し切ろうとする気迫と、その気迫を歌として収める難しさが並んでいました。

ANTHEMの外で、曲を中心に考える

『HUNTING TIME』などを経て、ANTHEMは1992年に解散します。
後にバンドが再始動しても、森川の復帰はまだ先のことでした。

森川は梶山章とGOLDBRICKでも活動します。
2004年、森川は、様式美のメタルに強くひかれなくても、梶山のデモの曲の良さには共感できたと話しています。
POWERNUDEとは異なる音楽でありながら、歌を中心に考えられることが、制作への入口になりました。

森川は共同プロデュースも担いました。
作品を仕上げる側にも立っていたのです。

アコースティックで表に出た、太さと優しさ

2008年には、ZINとのアコースティック活動「歌魂」も始まっています。
大きく歪んだバンドの音とは異なる環境で、歌とギターを中心に聴かせる場を持ったのです。
ANTHEM復帰後に初めて静かな歌へ向かった、という順序ではありません。

2013年の歌魂(森川之雄が右、ZINが左)(写真:桂伸也)
2013年の歌魂(森川之雄が右、ZINが左)(写真:桂伸也)。
画像出典:画像掲載元

2013年の歌魂では、「Calling」や「Beautiful Lies」といったオリジナルに、海外のロック曲も交えています。
当時のステージで印象的だったのは、太く力強い歌の中に、優しさを感じさせるビブラートもあったことです。
重い演奏で押し切る状況を離れても、声の持ち味と、旋律に感情を込める面が両立していました。

音数を減らせば、歌手まで別人にならなければいけないわけではありません。
森川の場合、強い声の輪郭を残しながら、歌の揺れやメロディーの表情が前に出る場所を持っていました。
その両面を知っておくと、復帰後のANTHEMにある柔らかな曲も、意外な例外ではなくなります。

2014年の復帰は、昔の声を呼び戻すだけではなかった

2013年、かつての編成によるセッションで森川と演奏した柴田は、改めてその歌唱力と音楽への情熱を感じます。
そして2014年、森川はANTHEMへ復帰しました。
過去の名曲を再び歌うだけでなく、新しいアルバム『ABSOLUTE WORLD』を作ることが、再出発の中心にありました。

柴田は、この時期の曲作りで、森川の声が自然に頭に浮かぶようになったと話しています。
「Love of Hell」や「Sailing」は、それ以前から温めていた曲でしたが、森川と田丸勇がいる今の編成なら形にできると考えたものです。
復帰によって変わったのは、歌い手の名前だけでなく、バンドが作品にできる曲の範囲でした。

同年11月の川崎公演では、新作の曲に「Gypsy Ways」なども組み込まれました。
森川の骨太な声は、復帰した歌手の頼もしさとして受け止められています。
新しい曲と以前からの曲を、一つのライブの中で担う段階へ進んだのです。

翌2015年には、森川が加入する前の1stアルバムも、現メンバーで再現しています。
柴田は、歌い方やフレーズを自由にしてよいと伝えていました。
昔の録音のコピーを求めず、今いる演奏家が曲を動かす余地を残したのです。

さらに、解散前の『NO SMOKE WITHOUT FIRE』と『DOMESTIC BOOTY』も再現されました。
制作当時にはつらい記憶があった柴田にとっても、森川が戻り、若い田丸が加わって歌い直すことが、過去の曲を捉え直す機会になっています。
森川の復帰は、新作だけでなく、バンドの昔の作品の生かし方も変えていきました。

2017年の「The Artery Song」も転機です。
柴田は最初から森川が歌うことを前提に、この編成の個性をもっと明確にしたいと考えて作りました。
出来上がった曲に歌手が入るだけでなく、その声が曲の出発点になっています。

2019年8月のHUNTING TIME再現公演に立つ森川之雄(写真:MAMORU SUZUKI)
2019年8月のHUNTING TIME再現公演に立つ森川之雄(写真:MAMORU SUZUKI)。
画像出典:画像掲載元

『NUCLEUS』で、知っている曲を英語で歌い直す

全曲英語詞での再録へ向かう前にも、柴田と森川は、英語の作品を作ってみたいと話していました。
2017年の段階では、今後すべてを英語にするという宣言ではなく、新しい取り組みの相談です。
森川も、その提案を前向きに受け止めていました。

2019年の『NUCLEUS』では、その挑戦が形になります。
森川自身、全曲を英語で歌うことは簡単ではなかったと述べています。
「Black Empire」は元々、坂本が歌っていた曲で、森川は自分の歌唱による英語版を届けられることを喜んでいました。

同じ曲でも、歌う人と言葉が変われば、旋律に言葉を乗せる条件は変わります。
ここでは、昔の録音をそのまま再現することと、現在の声で曲を成立させることを分けて考える必要があります。
森川の再加入後の歩みは、自分が以前に歌った曲を取り戻すだけでなく、別の時期のANTHEMまで引き受けるものになっていました。

同じ2019年、森川と坂本が互いの時代の曲を歌う公演も行われています。
森川は「On And On」や「Demon's Ride」などを担当し、艶のある表情や力強さで、以前とは違う曲の顔を見せました。
自分の声で曲を引き受ける姿が、ライブでも表れています。

新曲、そして弦楽器との共演へ

2023年の『CRIMSON & JET BLACK』は、再録ではなく、全曲英語詞による新曲のアルバムです。
過去の曲を英語に置き換える段階から、新しい作品そのものを英語で届ける段階へ進みました。
『NUCLEUS』と同じ条件で作られたベスト盤の続編ではありません。

その冒頭曲「Snake Eyes」には、強く張る歌の中にブルースを思わせる味わいがあります。
重さや速さだけを押し出すのではなく、歌手の節回しが曲の表情になる。
森川の声を、メタルの迫力とロックの歌心の両方から捉えられる曲です。

2025年9月の40周年公演では、新作の完全再現に加え、弦楽五重奏とのアコースティック共演も行われました。
その部で歌われたのは「Love of Hell」と「Steeler」です。
静かな編成で歌ってきた森川が、今度はANTHEMの曲を、弦楽器も加わる別の響きの中で届ける場所に立っています。

森川の変遷を追うと、声の太さが消えて別の歌手になったという一本道にはなりません。
歌を録る難しさを経験し、別の編成でも歌い、復帰後はその声を前提にした新曲や英語での再録を担ってきました。
強い声をどこで、どんな曲に使うかが広がり続けているところに、この歌手の歩みがあります。

太い声と柔らかな表情が、曲ごとにどう働くかは森川之雄の歌い方で掘り下げています。
声量だけでは見えにくい、旋律やリズムとの関係にも目を向けてみてください。

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