伊藤由奈の歌い方|ロングトーンを生かし、曲に合う声を選ぶ

2007年「Mahaloha」の取材時の伊藤由奈 シンガー
2007年「Mahaloha」の取材時の伊藤由奈

伊藤由奈の歌い方を考える時、手掛かりになるのは、よく響く声そのものに加え、その声で何を選ぶかです。
長く伸ばす、強く押し出す、言葉の意味へ注意を戻す。
それぞれの選択には、曲をどう届けたいかという理由があります。
本人が明かした録音での試行錯誤をたどると、歌唱力という一言の中に隠れていた判断が見えてきます。

「Hero」――細かな装飾より、伸ばす声に自分を出す

マライア・キャリーの「Hero」をカバーした時、伊藤はフェイクやアドリブをそのまま追うより、自分に合い、自信もあるロングトーンを生かそうとしました。

ロングトーンは、一つの音を長く保つ歌い方です。
細かく音を動かして表情を付ける方法とは、聴き手の注意が向く場所が違います。
動きの多いフレーズでは音の運びが印象に残り、長く保つ声では、その響きや強さ、終わりまでの変化に耳が向きやすくなる。
伸ばすことは、音を動かせない時の代わりではなく、一つの声をじっくり届ける選択でもあるのです。

原曲をよく知っているほど、歌い回しを再現したくなることがあります。
けれど、細かな形をすべて合わせようとすると、歌詞より、その形を追うことに注意が向いてしまう。
自分の得意な声を中心に据えれば、フレーズ全体で何を伝えるかを考えやすくなります。
カバーを聴く面白さも、どれほど原曲に近いかという尺度から、同じメロディーのどこを大切にしたかへ広がります。

地声とファルセットを、曲の表情から選ぶ

「I Don’t Want to Miss a Thing」のカバーでは、ある叫びの箇所を地声にするか、ファルセットにするか迷ったと明かしています。
録音でファルセットを試すと、想像より浮遊感の強い印象になり、その効果について話し合ったというのです。

声の出し方を変えると、同じ場所でも聴こえ方は変わります。
軽く浮かぶような声が似合う場面もあれば、言葉を直接ぶつけるような強さが欲しい場面もある。
高い音へ届くかだけで決めず、その音が曲の中でどんな役割を持つかを考える必要があります。

この話で大切なのは、ファルセットを使うこと自体の良し悪しではありません。
実際に試し、そこで生まれた印象を確かめているところです。
頭の中では似合うと思っていた声も、伴奏や前後のフレーズと並べると違って感じられることがある。
声の選択は、曲から切り離した技の一覧ではなく、一曲の中で行われる判断なのです。

2006年「Truth」発表時の取材に応じる伊藤由奈
2006年「Truth」発表時の取材に応じる伊藤由奈。
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「Take Me Away」――強く歌う時にも、伝えたい言葉がある

「Take Me Away」で伊藤が求めたのは、生のバンドを感じさせる音でした。
本人は当時、それまでで最も強いかもしれない歌い方だと説明し、どうしてもメッセージを伝えたい気持ちで歌ったと話しています。

声を強くする理由が、ここでは曲の言葉と結び付いています。
力を見せたいから強くするのか、言葉を届けたいから強くするのか。
同じ「強く歌う」でも、歌い手が向いている先は変わります。
後者なら、どの気持ちを前へ出すかが中心になり、強さも一曲の表現を作るための手段になります。

また、声だけで曲の印象が決まるわけでもありません。
生のバンドを求めたという制作の意図を踏まえると、歌の強さは、周囲の演奏と一緒に考えるものだと分かります。
柔らかな伴奏の上で声が前へ出る場合と、バンド全体に勢いがある場合では、同じ声にも違う意味が生まれる。
歌を聴き比べる時には、高音だけを抜き出さず、その前後で演奏がどんな流れを作っているかも手掛かりになります。

「ENDLESS STORY」――発音の先に、感情の理解を置く

「ENDLESS STORY」では、伊藤は歌詞を英語へ訳して内容をつかもうとしました。
そのうえで難しかったのが、切ないという感情のニュアンスです。
言葉の意味を知るだけで済ませず、人に聞きながら理解し、その歌の主人公になろうとしていました。

発音を整えることと、感情をつかむことは、つながっていても別の作業です。
文字を正しく読めても、その人物がなぜその言葉を口にするのかが分からなければ、強調する場所は決めにくい。
逆に、気持ちだけを大きくしても、言葉が聴き取れなければ内容は伝わりません。
声の響きを生かしながら、聴く人が言葉を受け取れる形にするところに、日本語で歌う難しさがあります。

歌詞を別の言葉へ置き換える作業には、自分が分かったつもりでいる部分を見つける意味もあります。
一語で説明できなければ、どんな場面で、誰が、どんな気持ちで言うのかを考える。
その理解があれば、伸ばす音も単なる長い音ではなく、言葉の続きを待たせる時間として捉えられます。
ロングトーンと歌詞の理解は、別々の能力で終わるものではないのです。

歌う相手が変わると、声の向け先も変わる

「stuck on you」では、伊藤は歌の冒頭の電話での会話にこだわりました。
友人に恋の話をする女の子の気持ちを、曲の中へ持ち込んでいます。

大勢に向けて歌う声と、親しい一人へ話す声を、一曲の中で行き来する。
歌を始める前に会話があることで、そこから続くメロディーにも人物の生活が感じられるようになります。
声に親しさを作る方法は、音量を下げることだけではありません。
誰に話しているのかが見えることも、聴き手と歌の距離を近づけます。

「今でも 会いたいよ…」では、伊藤とSpontaniaが、恋愛の男女それぞれの気持ちを話し合ってから制作しています。
伊藤自身も、二つの視点が掛け合う形になったと説明していました。

相手の声がある歌では、自分のフレーズだけを立派に完結させればよいとは限りません。
返ってくる言葉を受け止めたり、違う気持ちのまま隣に立ったりすることで、歌の関係が伝わります。
声をどう出すかに加え、その声を誰へ向けるか。
伊藤由奈の曲ごとの選択は、そこまで含めて考えると理解が深まります。

2009年3月、表参道ヒルズで歌う伊藤由奈
2009年3月、表参道ヒルズで歌う伊藤由奈。
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力強さの中に、優しさを聴き取る

セリーヌ・ディオンとの共演後、伊藤は、相手の歌唱の強さや技術以上に、声の優しさに感動したと語りました。
ミュージックビデオの撮影で向き合って歌い、言葉を交わした経験が、その印象と結び付いています。

力強さと優しさを反対のものと考えると、優しい歌は弱く歌えばよいという話になってしまいます。
けれど、はっきりした声が相手を励ますこともあれば、控えめな声が寂しさを強めることもあります。
声の強さは音の性質であり、そこから受け取る気持ちは、言葉や場面との関係で生まれるものです。
強さを持つ歌手が優しさに惹かれたという経験は、伊藤の歌を聴く時にも、声量と感情を一対一で結び付けない手掛かりになります。

伸ばす声に自分らしさを託すこと、試した声の印象を確かめること、言葉が届くまで理解を重ねること。
伊藤由奈の歌唱には、持っている力を曲に合う形で使おうとする判断があります。
その判断が経験の中でどう育ったのかは、伊藤由奈の歌唱変遷でたどっています。

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