アッティラ・ドルンの歌い方|オペラ風の響きと荒々しさを、曲に合わせて選ぶ声

アッティラ・ドルン/Wacken Open Air 2017(Markus Felix撮影) アッティラ・ドルン(Powerwolf)
アッティラ・ドルン/Wacken Open Air 2017(Markus Felix撮影)

Powerwolfの歌を支えるアッティラ・ドルンの声は、合唱やオルガンとともに、大きな舞台を思わせる世界を作ります。
けれども、その歌を、声量や高音の強さだけで説明することはできません。
オペラ風の響きをどこまで使うか、ピアノの前で何を歌うか、曲の中で語り手になるか。
曲ごとの選択をたどると、迫力の奥にある、声の使い分けが見えてきます。

高い音を競うより、声に合う場所で歌う

フォーク・マリア・シュレーゲルは、アッティラの声を極端な高音域で売るものとは説明していません。

『Wake Up the Wicked』では、曲ごとにギターのチューニングを変え、アッティラが歌いやすい声の範囲に合わせています。
決まった高さへ歌手を押し込むより、その曲を歌う声が力を発揮できる場所を選ぶ考え方です。

力強い歌声に近づこうとして、まず声を張り上げることだけを考えると、この順序を見落とします。
歌う高さと伴奏の条件を整えてから、その声を曲の中で生かす。
アッティラの存在感を支えるものには、歌手自身の発声だけでなく、声に合わせて曲を作る判断も含まれています。

オペラ風の声は、曲に応じて濃さを選ぶ

「Son of the Morning Star」で、アッティラはオペラの要素を全面に出すことを避けました。
参考にしたのは、観劇した『Tanz der Vampire』のようなミュージカルの感覚です。
クラシックの色を感じさせながら、アルバムのほかの曲とつながる歌にしたかったのです。

歌唱の訓練について、メンバーは、アッティラが指導を受け、譜面から歌うことも学んでいると説明しています。
また、『Blood of the Saints』の特別盤に関わるオーケストラ版では、クラシック寄りの歌のパートを録ったと振り返っていました。
普段のバンド曲と、別の編曲で歌う場合を分けて考えていることが分かります。

声楽的な響きを持つことと、いつでも同じ濃さでそれを使うことは違います。
曲の中で声を少し異なる方向へ向ける余地があるからこそ、バンドの音が変わっても、歌手の個性が残るのでしょう。
声の太さだけをまねるより、曲に対してどれほど劇的に歌うのか、という選択に注目したくなります。

アッティラ・ドルンとPowerwolf/Knock Out Festival 2012(Florian Stangl撮影)
アッティラ・ドルンとPowerwolf/Knock Out Festival 2012(Florian Stangl撮影)。
画像出典:画像掲載元/CC BY 2.0

整えた声に、舞台の荒々しさも持ち込む

『Bible of the Beast』の歌について、マシューは、磨き上げたきれいな音だけを目指すより、感情やエネルギーが表れていると話しています。
舞台の感覚を保ったアッティラが、荒い声を録音へ持ち込んだという説明です。
オペラを思わせる響きと、勢いを前に出す声は、彼の中で両立していました。

きれいに響かせる力がある人でも、それをすべての曲で同じように使うとは限りません。
声の表面に荒さが残ることで、曲の激しさへ近づく場合もあります。
曲の激しさへ近づくために、どんな質感の声を選ぶかが大切なのです。

一人の声と合唱の厚みを、同じものにしない

「Higher Than Heaven」を含む『Blessed & Possessed』では、大きな合唱とアッティラの歌の組み合わせが特徴になります。
合唱の人数を場面ごとに選べる録音方法は、一人の歌と周囲の声の関係を調整するためにも役立ちました。

このような曲で感じる壮大さのすべてを、一人の喉から出た音だと考える必要はありません。
主旋律を歌う声と、周囲へ広がる複数の声は、それぞれ別の役割を持っています。
主役の声まで合唱と同じ方向へ膨らませ続ければよい、という仕組みでもないのです。
一人の歌がどこに立ち、合唱がどこから支えるかを追うと、迫力の作られ方が見えてきます。

その主役の歌は、勢いだけで録られてきたわけでもありません。
『Lupus Dei』の録音を支えたのは、指導者とともに曲を準備する、地道な過程でした。

ピアノの前では、一人の歌に感情を任せる

「Where the Wild Wolves Have Gone」は、ピアノと歌を先に考え、ギターを後から加えて作られました。
マシュー・グレイウルフは、ここではギターを、曲全体に従うものとして位置づけています。
普段の重いバンドの音を出発点にせず、歌とピアノの関係から始めることで、アッティラの声が曲の中心に置かれました。

「Where the Wild Wolves Have Gone」/2018年のまとめ映像

「Alive or Undead」でも、ピアノと歌が大切な場面を作ります。
フォークは、リハーサルでアッティラが歌うのを聴き、泣きそうになるほど心を動かされたと話しています。
曲は『Call of the Wild』の中で、力強い「Varcolac」と「Blood for Blood」の間に置かれました。
聴き手が感情を受け止める時間を作る役目もあるのです。

こうした場面を、単に普段より弱く歌う場面として片づけると、歌の役割が見えにくくなります。
合唱の大きさに身を委ねる時間から、一人が歌う言葉へ向き合う時間へ。
伴奏が整理されることで、歌手が感情を運ぶ責任は、むしろ大きくなります。

言葉の意味と、言葉が作る響きを選ぶ

「Stossgebet」でドイツ語を使った理由には、言葉の力と、訳すと失われる二重の意味がありました。
一方、ラテン語は、正確な文章を伝えるためだけでなく、語感や雰囲気を作るためにも使われています。
同じ歌の言葉でも、意味を前へ出す場合と、音の印象を生かす場合があるのです。

「Stossgebet」/2018年ツアーのまとめ映像

フランス語版「Bête du Gévaudan」では、別の言葉へ歌を移す挑戦もしています。
英語版の録音がほぼ終わったところで、アッティラがフランス語でも歌おうと提案しました。
フランス人の協力者が歌詞を手伝い、録音時には発音の指導も担当しています。
言葉を雰囲気として使うだけでなく、慣れない言語の発音を学び直して、自分の歌へ取り込む作業もあったのです。

アッティラの歌では、劇的に響く言葉が、曲の世界を作る材料にもなっています。
そのため、意味がよく分からなくても迫力を感じる部分と、物語を追うことで働きが分かる部分を、一つの聴き方にまとめないほうが面白くなります。

アッティラ・ドルン/Wacken Open Air 2019(Markus Felix撮影)
アッティラ・ドルン/Wacken Open Air 2019(Markus Felix撮影)。
画像出典:画像掲載元/CC BY-SA 4.0

「1589」では、語り手の声が進む場所を空ける

「1589」の制作について、フォークは、声やピアノを生かすために音を減らし、段階的に曲を組み立てたと説明しています。
常にすべての楽器を鳴らすのではなく、力をためる場所と、解放する場所を作る考え方でした。
アッティラの声が物語を進めるためには、その声が前に出られる空間も必要だったのです。

カバー曲「Bark at the Moon」では、別の選択も見えます。
マシューは、オジー・オズボーンの強い個性を持つ曲を取り上げることに迷いがありましたが、アッティラが歌うと、自分たちの版として成立したと話しています。
特徴を薄めて原曲の歌手へ近づくことだけが、カバーの答えではありませんでした。

オペラ風の色を控えることも、ピアノの前で歌を担うことも、語り手になることもできる。
それでも、歌手の個性は消えません。
アッティラの歌い方の面白さは、強い声をいつも同じ使い方で見せるところではなく、曲が必要とする役割へ、その声を置き直すところにあります。
こうした選択が増えていった歩みは、アッティラ・ドルン(Powerwolf)の歌唱変遷にまとめています。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました