アルルカンの暁の歩みには、激しさを捨てずに、歌える感情を増やしてきた面白さがあります。
胸の内をぶつける歌から、明るい曲を引き受ける戸惑い、言葉を語り続ける曲、相手を包むように歌う挑戦へ。
その変化は、ただ歌が穏やかになった、という一本の線ではたどれません。
新しい表現を得た後にも、暁は激しい曲へ戻り、その声で何を伝えるかを問い直しています。
2013〜2016年、切なさと激しさを一つの歌へ
2013年に始動したアルルカンは、初期から切なさと激しさの両立を掲げていました。
曲作りの中心となる奈緒は、自分のメロディーが自然に切ないものになると説明しています。
2014年の「ステラ」でも、暁が歌へ込めたのは、いつか終わるものだからこそ今を大切にしたい、という思いでした。
強い音の中に、失うかもしれないものへの感情が置かれていたのです。
「PARANOIA」を発表した2016年には、伝え方への意識が一歩進みます。
暁は、自分が言いたいことをそのまま出すだけでなく、相手へ分かるように説明する試みだったと振り返っています。
それまでの活動で身につけたものを持って、始動時の気持ちへ戻ろうとした時期でもありました。
歌に切実な思いがあることと、その思いが相手へ届くことは、同じではありません。
この頃の課題は、感情の強さを保ちながら、聴く人が入ってこられる形にすることでした。
後の語りや柔らかな歌へつながる問いは、こうした初期の伝え方にも見えてきます。

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2016年、歌えない期間に浮かんだ声の重み
一方、47都道府県ツアーの途中では、喉の不調で暁が休養することになりました。
奈緒は、暁が普段からケアや通院を重ねていたこと、自分が気合いや根性で励ますだけでは支えになれていなかったことを明かしています。
不在中の17公演は、残る4人がメロディーやシャウトを分担して続けることになりました。
この出来事から、休養後に声質が変わったとまではいえません。
ただ、いつも一人に集まっていた歌を複数人で引き受けたことは、暁の声がバンドの中でどれほど多くの役割を担っていたかを示しています。
激しい舞台を続ける意思と、実際に声を出せる状態を保つこと。
両方が必要だった歩みとして、この期間も捉えておきたいところです。
2020年、明るい歌を歌うことが難しかった
『The laughing man』の制作では、それまでの自分から離れた明るさが課題になります。
暁は表題曲の明るさをまぶしく感じ、すぐには受け入れられなかったものの、まず歌ってみることを選びました。
自分の感情だけを表す状態から、ほかのメンバーと作った曲に向き合う過程でもあったのです。
同作の「FIREWORKS」は、暁へ向けてほかの4人が言葉を書いた曲でした。
暁がメンバーへ送った重い感情に対し、返ってきたのは爽やかな歌だったのです。
その意外な返事を受け取る経験も、作品の中で感情が動いていく流れに結びついていました。
明るい曲は、暗い曲より簡単に歌えるとは限りません。
歌詞の気持ちに自分が追いつかないなら、音程をなぞる以外の難しさが生まれます。
ここで暁が引き受けたのは、自分がすでに知っている感情だけで歌を閉じない、という挑戦でした。
2021〜2022年、声のイメージを形にする協働
2021年の『世界の終わりと夜明け前/サイレン』から関わったYUTAROとの制作は、『MONSTER』(2022年)でさらに深まります。
収録曲「bash 脳 down」では、暁の頭にある歌唱のイメージを出し切れず、奈緒やYUTAROに相談しながら、従来より踏み込んだ表現を探しました。
表したいものはあるのに、実際の声にすると届かない。
この曲では、その差を録音の場で他者と詰めていく作業が必要でした。
新しい曲調に応えるため、歌の仕上げ方も探り直していたのです。
2022年、旋律に収めることをやめた「PICTURES」
『MONSTER』で取り入れた語りの表現は、次の「PICTURES」で大きく広がります。
サビ以外の大半を語りで進める構成に、暁はバンドの過去を具体的な言葉で入れました。
韻を踏むかっこよさには意図的に頼らず、自分たちが先へ進むために、その経験を差し出したのです。
制作では、リズムに合わせた歌詞と、出来事を並べた長い言葉を用意し、後者を生かす方向を選びました。
これまでの歌い方に言葉を合わせるか、言葉に合うよう歌の形を変えるか。
「PICTURES」は、後者を大きく選んだ曲です。
歌の力を音の高さや長さだけに求めず、出来事を順にたどる声にも任せるようになったところに、この時期の変化があります。
同じシングルの「silly」では、相手へ優しく歌いかける表現にも挑戦しました。
同年のツアーでは、歌う相手への思いも変わっていきました。
暁は11月3日の下北沢公演で、目の前にいる人たちのために歌っているのだと、歌唱中に確信したと振り返っています。
もともとの闘争心に加え、求めてくれる人へ届けたいという気持ちが、新たな原動力になり始めていました。
2023年、次のアルバムでも広がる語りとラップ
次のアルバム『δυσ-τόπος ~Dystopia~』では、「LOUDSPEAKER~天からの才~」がラップで始まり、「blackboxx」には語りが置かれました。
言葉をリズムへ乗せる歌、旋律を伸ばす歌、語る声が、一枚の中に並ぶようになります。
自身の来歴を語った「PICTURES」とは違う曲でも、語りやラップが必要とされる。
前作で得た手応えを、次の曲に合う形へ組み直していったと考えられます。
新しい手法を一度試すことと、その後の曲でも使えるものにすることの間には、もう一段の広がりがありました。
2025年、表現が広がったからこそ激しさへ戻る
新しい表現を覚えた後も、激しい歌が遠ざかったわけではありません。
2025年の「血ヲ通ワセロ、ソノ命全テニ。」は、歌を聴かせる曲やバラードが増えてきた中で、再び熱く激しいものを作りたいという思いから生まれました。
暁の描くイメージを、ほかのメンバーが具体的な音にしていく協力関係も、制作を支えていました。
この曲を、初期の作風へ逆戻りしたものと見る必要はありません。
語る声や優しく歌う選択肢を知ったうえで、それでも今は激しい歌が必要だと選び直す。
暁の変化には、できることを増やしながら、もともとの衝動を手放さない面があります。

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2026年、自分の歌が客席の歌へ広がる
『imagine』を携えた2026年のツアーでは、表題曲が一つの手応えになりました。
暁は、それまでバンドに十分定着していなかった、大きな声で一緒に歌う場面が育ち、客席も声を上げるようになったと話しています。
來堵も、制作時から曲の理解をメンバーで共有できたことが、演奏や歌唱の方向をそろえたと説明していました。
奈緒がこの作品で強めようとしたのは、メロディアスな部分とラウドな部分の両方でした。
歌える感情が増えた現在にも、初期からの切なさと激しさは、曲の芯に残っています。
「imagine」/スタジオ録音(2026年)
自分の内側にあるものを声にすることから、受け取った言葉を歌い、長い物語を語り、客席の歌が加わる場所を作ることへ。
暁の歌は、強さを保ったまま、相手との距離の取り方を増やしてきました。
その歩みを知ると、激しい歌と優しい歌も、どちらが本当の暁なのかと分ける必要がなくなります。
どちらも、その場に必要な感情を届けるための声なのです。
語り、ラップ、旋律のある歌で何を選び分けているのかは、暁(アルルカン)の歌い方で掘り下げています。







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