高木祥太の歌唱変遷|ベーシストが自分の声を選び直すまで

2022年『FICTION』の取材に掲載された高木祥太(撮影:ハヤシマコ) シンガー
2022年『FICTION』の取材に掲載された高木祥太(撮影:ハヤシマコ)

高木祥太の歌をたどると、ベースを弾く人がマイクの前に立つようになり、歌ならではの自由さと難しさを覚えていく過程が見えてきます。
自分の言葉を歌うこと、演奏しながら歌える範囲を広げること、声の出し方そのものを見直すこと。
BREIMENで起こった変化は、この三つが重なっています。

2018〜2020年、自分が歌うことで変わった曲の出発点

無礼メンは、2015年にセッション仲間が集まって始まりました。
当初は別のメンバーが歌い、高木はベースを担当していました。
2018年にボーカルとドラマーが脱退し、新しい歌い手をどうするかが課題になります。
そこで、曲を書く自分が歌おうと、高木がボーカルも担うことになりました。
2020年、初アルバム『TITY』の発表に合わせて、表記もBREIMENへ変わります。

以前の高木は、バンドのコンセプトや歌い手のキャラクターを考えて歌詞を作っていました。
ところが、自分で歌うようになると、作り上げた設定よりも、自分にとって実感のある内容を求めるようになります。
本人も『TITY』を、自分がシンガーソングライターになる最初の挑戦として捉えていました。
歌う人が入れ替わったことで、すでにある役を演じる歌から、書き手自身の経験を引き受ける歌へ、出発点が移ったわけです。

「IWBYL」はその時期の具体例です。
最初に生まれたサビのメロディーとコードに、メンバーとのセッションで展開を加えた曲で、歌詞にも本人の経験が重なっています。
個人的な内容を持つ歌と、皆で作る演奏が、初期から同居していました。

2021年、少ない歌い方でも、自分の声で曲を成立させる

2021年、高木は、もともとボーカルではなかったため、歌い方の選択肢が少ないと話していました。
一方、Kroiの内田怜央は、その声に人を引き込む力を感じていました。
手札の少なさと、伝わる歌であることは、両立していたのです。

同年の『Play time isn’t over』では、声の扱いも個人の歌唱だけに収まりません。
表題曲には、歌の得手不得手が異なる友人たち約50人の声を、別々に録って重ねています。
自分の声で歌うことから、身近な人の声も作品に迎えることへ。

2022年『FICTION』、個人的な歌を五人の音楽にする

2022年『FICTION』の取材に掲載された高木祥太(撮影:ハヤシマコ)
2022年『FICTION』の取材に掲載された高木祥太(撮影:ハヤシマコ)。
画像出典:画像掲載元

『FICTION』では、自分自身を見つめる度合いが一段と深くなりました。
高木は、大切な人を傷つけた経験に向き合い、それを書かずには次へ進めないと感じていたことを明かしています。
ただし、経験をそのまま音楽にできるとも考えていませんでした。
言葉を選び、音に乗せれば、そこには美化や脚色も生まれる。
自分の本当の出来事を歌いながら、それを作品にする行為との距離にも目を向けたのが、このアルバムでした。

その個人的な題材を、一人の作品へ閉じ込めない工夫が、合宿での制作です。
高木は完成したデモを先に渡す方法を避け、曲の最初の段階からメンバーと作りました。

サトウカツシロも、この制作では五人の演奏で曲を組み立てるため、各自のアプローチを更新する必要があったと振り返っています。
「MUSICA」では、ギターと鍵盤が和音の役割を分けていました。
歌の周りを同じ伴奏で一斉に埋めるのではなく、それぞれが異なる働きを持つ。
個人的な歌が、メンバーの反応を受けてバンドの形になっていく具体例です。

2023年、歌う自分を少し離れた場所から見る

三枚のアルバムを経た高木は、「yonaki」の頃、自分の歌を以前より客観的に考えられるようになったと話しています。
実体験の特異な部分だけを掘り続けなくても、愛のような広い題材を自分の言葉で書ける。
毎回、まだ歌ったことのない主題を探し出さなくても、同じ核を違う角度から表せる。
そう考えられたことで、歌に背負わせていた条件が少し軽くなりました。
経験をさらけ出すことだけが、自分らしさの証明ではなくなってきたのです。

同じ2023年には、歌とベースの違いも語っています。
ほかの歌い手との共演から、言葉を持つ声には、アンサンブルからはみ出す表現もできると感じていました。
さらに、歌には、ベースとは違って準備の習慣を持つほうが自分に合うとも話しています。

2024年「乱痴気」、弾きながら歌える範囲の外へ

『AVEANTIN』の「乱痴気」では、弾きながら歌える範囲を広げる挑戦が起こります。
高木は、それまで曲作りの条件だった弾き歌いのしやすさを外し、ベースと歌の両方に細かな動きを持たせました。
制作時には同時に実演したこともなく、自分でもできるか分からないと話しています。
作った曲へ、身体の側から近づいていく課題が生まれたのです。

この挑戦には、『AVEANTIN』全体の背景もあります。
高木は、過去の実験を経た自分たちで、『TITY』の真っすぐさへ戻ろうとしていました。
初期と同じ方法へ戻すのではなく、選べるものが増えた状態で、もう一度踊れる歌を作る。

その後の2024年6月28日、KT Zepp Yokohama公演では、「乱痴気」のベースと歌のかみ合いが、公演評で高く評価されています。
録音時の不安と、ツアーを経た実演を並べると、発言だけで終わらなかった挑戦として捉えられます。
歌と楽器に別々の動きを持たせ、それを一人の演奏として成立させる範囲が広がったのです。

歌詞を聴かせたい――声の役割にも起こった変化

2024年の「スプモーニ」の頃には、歌詞を以前より聴かせたいとも話しています。
楽器の存在感が強いバンドだからこそ、言葉も伝わることに意味があると考えるようになったのです。
歌を楽器と並ぶ音として扱うことに、言葉を届ける意識が重なりました。

これは、演奏を簡単にしたり、歌だけを目立たせたりすることと同じではありません。
独立した動きを持つ楽器の中で、歌にも言葉を伝える役割を持たせる。
歌の自由さを求めることと、聴き手へ届くことを考えることが、同じ時期の課題になってきました。

2026年、声の出し方を見直した先の「めんどいな…」

2026年5月の取材に掲載された高木祥太
2026年5月の取材に掲載された高木祥太。
画像出典:画像掲載元

2026年の「ファンキースパイス feat.TOMOO」では、入り組んだ展開を歌でつなぐ考え方が示されています。
高木が重視したのは、情景が次々に変わっても、歌で曲全体に筋を通すことでした。
自分の声だけで押し切るのでなく、TOMOOとの共演を含め、歌をアレンジの中心に据える。
演奏の多彩さと、歌として届くことの関係を改めて整理した曲です。

同年5月には、ポリープをきっかけに発声を見直し、声色や歌い方も変わったと明かしました。
「めんどいな…」では思い描いた歌が実現し、調子がよいと感じていたといいます。
ジョージ林も、ツアーの録音やこの曲で声が太くなったと話しています。

高木の歩みを結ぶのは、自分の声で何ができるかを、曲を作り、演奏する中で確かめてきたことです。
自分の経験を歌うようになり、仲間の声を迎え、弾き歌いの条件を広げ、発声にも手を入れる。
そのたびに、ベーシストとしての感覚を持ちながら、歌い手としての選択を増やしてきました。

曲や場面ごとの声の選び方は、高木祥太の歌い方で掘り下げています。

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