TENDREの歌声の変遷|楽器の延長から、自分の言葉を届ける歌へ

初期曲の再録について語った2023年の取材に掲載されたTENDRE(写真:平野哲郎) TENDRE
初期曲の再録について語った2023年の取材に掲載されたTENDRE(写真:平野哲郎)

TENDREの歌は、巧みに作られた音の中で心地よく響くだけでなく、言葉を持つ一人の声として、少しずつ存在を強めてきました。
大きな節目になったのは、初期曲を録り直した2023年です。
同じ曲に戻ったことで本人が気づいた、歌い手としての変化とは何だったのでしょうか。
そこへ至る過程と、その後の表現をたどります。

2017〜2018年、音を作る人から、自分の言葉を歌う人へ

TENDREは、ベースや鍵盤などを演奏する河原太朗のソロプロジェクトです。
初期の「DRAMA」は、ソロを始める前のバンド時代から存在していましたが、なかなか完成しませんでした。
自分がどう生きたいかを考えたことで、曲を形にできたと本人は振り返っています。
歌の中心に置く言葉が、自分のものとして定まり始めた曲でした。

『NOT IN ALMIGHTY』について語った2018年の取材時のTENDRE(写真:池野詩織)
『NOT IN ALMIGHTY』について語った2018年の取材時のTENDRE(写真:池野詩織)。
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2018年のアルバム『NOT IN ALMIGHTY』では、その姿勢をさらに掘り下げます。
それまで河原は、楽器やビートの面白さを追い、言葉を後回しにしがちでした。
一方で心に残っていたのが、ジャズシンガーの母が、日本語で家族への思いを歌った曲です。
言葉の響きだけでは届かないものを、その歌から受け取っていたのです。

母に向けた「GIVE」では、語呂のよさを先に求めず、内側から出てくる言葉を置いていきました。
伴奏も、ピアノ一本で成立する形を望んでいます。
ここで歌を前に出すことは、声を派手にすることよりも、言葉を飾らず差し出せる曲を作ることでした。

2019〜2020年、親しみやすさを、自分の歌の強さにする

2019年の『IN SIGHT』を語る際、河原は「SELF」や「ANYWAY」の親しみやすい旋律をどう受け止めるか、迷った時期があったと明かしています。
もっとマニアックな音楽を追うべきなのか。
それでも多くの人に思いを届けたいと考え、口ずさみやすさを肯定するようになりました。
凝った演奏ができることと、素直に歌える旋律を選ぶことが、対立しなくなっていきます。

2020年の『LIFE LESS LONELY』では、人と会えず、一人で過ごす時間の増えた状況に向き合いました。
世の中で目立つ表現を追うのではなく、自分の声と穏やかな印象を生かして何を伝えるかを考えたといいます。
優しさは、ただ耳当たりのよい言葉を歌うことではありません。
言うべきことを言いながら、人を傷つけるより守る側に立つ。
その姿勢を、歌の中心に据えようとしていました。

柔らかさを残したまま、伝える内容には責任を持つ。
後の歌唱にも続くこの方向は、初期の心地よい音作りを捨てる変化ではなく、その音で誰に何を届けるかを問い直す変化だったと考えられます。

2021年『IMAGINE』、音像よりも歌を作りたい

河原自身、2020年頃から、音像を作ること以上に歌を作りたい気持ちが強まったと話しています。
そこから生まれたのが、2021年の『IMAGINE』でした。
「胸騒ぎ」では歌詞を伝えることを優先し、「RAINBOW」では語り手としての歌を中心に、周囲の音から景色を想像できるよう組み立てています。
歌の役割を、演奏の一部分としてだけでなく、聴き手に何かを語る存在として考えるようになっていました。

この作品の歌唱は、以前より構えを感じさせない、ニュートラルな発声としても評されています。
声の迫力を増すことだけが、歌への意識を強める方法ではありません。
言葉を届けるために、力の入った印象を薄くすることも、その一つだったと捉えられます。

もっとも、本人はこの頃、飄々とした印象を保ちたい気持ちと、汗を感じさせるような場面も見せてよいのではないかという気持ちの両方を語っていました。
自然な歌を目指すことが、そのまま熱量を低く抑え続ける約束になったわけではないのです。

2022年、優しさの中にある複数の感情へ

『PRISMATICS』では、優しいという一言では収まらない、怒りや悲しみも含む感情へ目を向けます。
河原は、一曲ずつ異なる短い物語を作るように、主人公の立つ場所や振る舞いまで考えていました。
「CLOUD」では雲になって街を見下ろす視点を設定します。
自分のすぐ近くの感情を歌うだけでなく、距離を取って眺める声にも役目を与えたのです。

歌を重視するようになっても、どの曲でも同じ近さで思いを訴えるわけではない。
何を語る曲なのかによって、歌い手が立つ位置を変える。
その時点での歌の変化を、初期と照らし合わせる機会になったのが、翌年の再録でした。

2023年の再録で分かった、歌い手としての変化

2023年4月の『BEGINNING – EP』には、新曲「YOUTH」と、「DOCUMENT」「RIDE」「hanashi」の再録が収められました。
過去の曲をそのまま集めた作品ではなく、歌い続けてきた曲へ、今の演奏と声で戻る試みです。
初期の作品と比較するときも、曲名に「2023」と付いた再録版を区別すると、この節目が見えやすくなります。

河原が再録で強く感じたのは、歌い方そのものが変わったことでした。
デビュー時には、用意した曲と旋律を、楽器演奏の延長のように歌っていた。
そこから、歌そのものを意識し、シンガーとして歌えるようになってきたというのです。

ただし本人は、昔の録音にしか残らない勢いも認めています。
その時の力を、今から意図的に出そうとしても同じにはならない。
経験を積んで得たものと、時間とともに失ったものの両方が分かったと振り返りました。
再録は、昔の歌を未熟なものとして塗り替えるためだけの行為ではありませんでした。

同月の初のホール公演でも、歌の見せ方は一色ではありません。
「LIFE」を鍵盤とともに穏やかに始めた後、「FANTASY」ではハンドマイクで舞台を歩きます。
アンコールでは「GIVE」「PIECE」を弾き語りで披露し、再びバンドと「DRAMA」「RIDE」へ。
楽器を弾く自分と、前に立って歌う自分が、一つのステージの中で行き来していました。

2025年、自然体のまま、言葉の渡し方を選ぶ

セルフタイトル作について語った2025年の取材時のTENDRE(写真:齋藤一平)
セルフタイトル作について語った2025年の取材時のTENDRE(写真:齋藤一平)。
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2025年のセルフタイトル作『TENDRE』では、名義としての人物像と、河原太朗自身が近づいたといいます。
「GRATEFUL」では照れを含めて思いを言葉にし、ライブでも、重要な言葉をどんな表情で届けるかを以前より意識するようになりました。

以前は楽屋からの気分を大きく変えず、話す延長で歌へ入っていました。
その自然さは残しながら、間や表情を選ぶようになった。
自分の言葉として届く瞬間を、丁寧に作る変化です。

この頃、河原は、優しさには自分を律する覚悟が必要だと気づかされた田島貴男との会話も振り返っています。
よいことも悪いことも受け止め、聴き手が自分なりに想像できる余地を残す。
名義に込めた柔らかさには、寛容さや強さという意味も加わっていました。

TENDREの歩みは、柔らかい声が強い声に変わったという一直線の物語ではありません。
音の中に置いていた歌へ、自分の言葉と、聴き手との距離を持たせてきた歩みです。
初期の勢いを認めながら、今だから選べる間や表情を加える。
再録と新作の両方に、その歌い手としての成長が表れています。

曲ごとの低音やリズム、重ねる声の働きは、TENDREの歌い方で掘り下げています。

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