伊藤由奈の歌声の変遷|憧れの歌声から、自分の歌い方を選ぶまで

2019年9月、日本でのライブ後の取材に応じた伊藤由奈 シンガー
2019年9月、日本でのライブ後の取材に応じた伊藤由奈

伊藤由奈の歩みは、「ENDLESS STORY」の鮮烈な登場から始まります。
けれど、デビュー曲で大きな存在感を示したことと、自分の歌い方が最初から決まっていたことは、同じではありません。
日本語をどう伝えるか、バラード以外ではどう歌うか、憧れの歌を自分の声にどう引き寄せるか。
その問いを一つずつ引き受けたところに、伊藤由奈の変遷があります。

2005年――大きなデビューを支えた、日本語への取り組み

2005年、伊藤は映画『NANA』のレイラ役を演じ、REIRA starring YUNA ITO名義の「ENDLESS STORY」でデビューしました。
翌年には、映画『LIMIT OF LOVE 海猿』の主題歌「Precious」も広く知られるようになります。

歌手を本気で目指したきっかけは、13歳で惹かれたマライア・キャリーの歌でした。
高校卒業後に日本へ来てレッスンを重ね、『NANA』の出演が決まると、歌の訓練にも一層力を入れます。
「ENDLESS STORY」で特に練習したのは、日本語の発音でした。

歌声そのものに惹かれて夢を持った人が、実際のデビューでは、言葉を相手に届ける課題と向き合う。
華やかな登場の裏にあったのは、歌の意味が伝わるところまで一曲を自分のものにする作業でした。

伊藤は「ENDLESS STORY」の歌詞を、自分で辞書を引きながら英語へ訳しています。
ただ、切なさのように単語の置き換えではつかめない感情は、周囲に尋ねながら理解を深めました。

意味を調べ、感情を確かめ、声へ戻す。
この順序を知ると、デビュー作は、持っていた歌唱力を披露する場であると同時に、日本語で表現する歌手としての出発点だったと分かります。

2006年夏の取材で歌への思いを語る伊藤由奈
2006年夏の取材で歌への思いを語る伊藤由奈。
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2006年――バラードの外で、声の使い道を見つける

2006年の「stuck on you」と「losin’」では、バラード以外の面も届けようとしました。
前者は恋に夢中な女の子、後者は関係の先を考える女性として、異なる気持ちを歌っています。

同年末の「Truth」の頃、本人は、曲ごとに歌い方を発見し、日本語の歌詞とメロディーからフレージングを考えられるようになってきたと話していました。
そのカップリング「Take Me Away」では、生のバンドを感じさせるサウンドを求め、それまでで最も強いかもしれないという歌い方に挑んでいます。

ここでの広がりは、ジャンルの名前が増えたことだけではありません。
同じ声でも、恋に浮き立つ気持ちを見せる時と、切実な言葉を押し出す時では、似合う表情が違う。
曲から歌い方を考える経験が、最初の成功でできたイメージの外へ、伊藤を連れ出していました。

2007年――「Mahaloha」で、歌う前の段階から参加する

初めての全国ツアーを経た2007年、Microとの「Mahaloha」が生まれます。
伊藤にとって、伴奏に歌詞とメロディーを付け、ほとんどゼロから曲を作るのは初めての経験でした。
アイデアを交わす中で、音楽の聴き方や録音の進め方にも、新しい視点を得ています。

用意された歌をどう歌うかに加え、どんな歌を作るかに自分の考えを持ち込む。
歌い手としての選択が、マイクの前に立つより手前へ広がったのです。
歌詞と旋律ができていく過程を知っていることは、完成した一曲の中で、自分が何を届けたいのかを考える手掛かりにもなります。

「Mahaloha」では、曲も装いも作り込みすぎず、自然な自分を届けたいと考えていました。
直前の「I’m Here」のように、華やかな世界を作ることも好きだとしながら、別の顔を示そうとしていたのです。

一つの路線を捨てて次へ移ったわけではありません。
ドラマの中で歌う自分も、故郷の感覚と結び付いた自分も、同じ歌手の表現として持てるようになる。
この幅が、次の共演へつながっていきます。

2008〜2009年――共演から知った、強さと優しさ

2008年には、セリーヌ・ディオンと「あなたがいる限り ~A WORLD TO BELIEVE IN~」を発表しました。
録音はそれぞれ別に行い、初めて会ったのはミュージックビデオの撮影時です。
伊藤の心に強く残ったのは、セリーヌの力強さや技術に加え、声から伝わる優しさでした。

憧れの人に近づくことで、自分ももっと強い声を出したいと思うだけなら、目標は分かりやすいでしょう。
そこで優しさを受け取ったという話には、声の迫力を別の角度から見直す面白さがあります。
大きく響く声が、相手を圧倒するだけでなく、安心させることもある。
歌い手が何を届けるかという関心が、共演相手との時間の中で深まっています。

アルバム『WISH』では、ライブや共演を通して、自分の歌を誰かの力にしたいという思いが強くなったと明かしました。
『HEART』で自分を知ってもらおうとしたところから、受け取る人にとって大切な歌へ、視線が広がっています。

2009年の「今でも 会いたいよ…」では、Spontaniaと恋愛について話し合い、女性と男性の視点が掛け合う形を作りました。
相手の考えを知ったうえで、自分の側の気持ちを歌にする試みです。

二人以上で歌うことは、声を重ねて華やかにするだけではない。
同じ出来事を違う立場から見れば、一人で歌う時にはなかった関係が曲の中に生まれます。
共演は、歌の受け渡し方を考える経験にもなっていました。

同じ2009年、「trust you」を披露した場で、伊藤は、悲しいニュースや先の見えない状況の中でも人を信じたいという思いを語りました。
信じることが優しさや愛につながるという、曲に託した願いです。

自分の気持ちを届ける歌から、聴く人がどんな時代を生きているかに目を向ける歌へ。
恋愛の二人を描く作品と、人を信じることを歌う作品は、同じ年の活動の中にありました。
強く歌うことにも、優しく歌うことにも、その先に誰がいるかという理由が育っていたのです。

2010年――カバーで、自分が選ぶ理由を持つ

2010年のベスト盤『LOVE ~Singles Best 2005-2010~』の洋楽カバーでは、憧れの歌手を真似るところから、自分ならどう表情を付けるかという段階へ進んだことを語っています。

「Hero」で選んだのは、マライアの装飾をそのまま再現することより、自信のあるロングトーンを生かすことでした。
憧れは残したまま、表現の中心を自分の得意な声へ移しています。

原曲が完成された名唱であるほど、似せるためにできることは多い。
けれど、自分の声で残したいものを決めれば、すべての装飾を追う必要はなくなります。
何ができるかを増やす経験が、何を選ぶかを決める力へ変わっていくのです。
デビュー時に一つ一つ理解した言葉、曲ごとに見つけた歌い方、共演で触れた価値観が、その判断の背景になっています。

2019年――経験を持って、もう一度学ぶ側へ

ベスト盤の発表後、伊藤はロサンゼルスへ拠点を移しました。
2019年の本人の説明では、歌、演技、ダンスを改めて基礎から学び、新人のプロデュースやボーカルコーチにも取り組んでいます。
同年9月、日本で8年ぶりとなるライブでは「trust you」と、MISIAの「オルフェンズの涙」を披露しました。
後者は好きな曲だからこそきちんと歌いたいと、リハーサルを重ねて臨んだといいます。

2019年9月、日本でのライブ後の伊藤由奈
2019年9月、日本でのライブ後の伊藤由奈。
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一度大きな成功を経験しても、学ぶことが終わったとは考えない。
活動する場所が変わっても、好きな歌に向き合い、自分の歌として届けるために準備する姿勢は続いていました。
この時期の歩みは、声質がどう変わったかを想像するより、歌に取り組む立場をどう選び直したかに、その確かな変化があります。

伊藤由奈は、憧れの歌声を目指しながら、自分の言葉と声で歌う理由を育ててきました。
大きなデビューを完成形にせず、曲、共演者、学ぶ場所を変えながら、歌い方を選ぶ経験を積んでいったのです。
その選択を、ロングトーンや声の強さから掘り下げるのが、伊藤由奈の歌い方です。

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