人を励ます歌ばかり歌っていると、自分が嘘をついているように感じる。
「Defying Gravity」や「Let It Go」で知られるイディナ・メンゼルには、そんな思いからレディオヘッドの「Creep」を歌いたくなった時期がありました。
力強い歌声で誰かを勇気づけることと、自分の弱さを歌うこと。
彼女の歩みには、その両方を引き受けようとする試行錯誤があります。
人の歌を歌いながら、自分の声を見つけた
イディナは若い頃、クラシックのアリアを学ぶ一方、結婚式やパーティーで歌っていました。
最初から幅広い曲を知っていたわけではなく、現場に出るために多くの歌を覚える必要があったといいます。
歌詞を小さなカードに書き、リクエストに備える。
バンドが休憩に入ったら、鍵盤奏者と食事中の客へジャズの曲を届ける。
そこで演奏家たちから、相手の音を聴き、即興で歌を動かすことを学びました。
さまざまな歌手の曲を、自分に合う高さで歌う。
イディナは、そうした仕事を声の実験室のように捉えています。
他人の歌い方を手掛かりにしながら、最後に自分は何を加えるのか。
後に舞台とポップを行き来する柔軟さは、歌を求められるたびに応えてきた経験とつながっています。
『RENT』では、自分の声が新しい曲になる
1996年にブロードウェイで始まった『RENT』で、イディナはモーリーンを演じます。
「Take Me or Leave Me」は、ジョナサン・ラーソンが彼女と共演者フレディ・ウォーカーを知り、それぞれの声や得意な表現を踏まえて書いた曲でした。
既に完成している歌へ近づく仕事から、自分の声を起点に歌が生まれる仕事へ。
作曲家がピアノの前で新しい曲を聴かせてくれる喜びは、長く残るものになりました。
同じ役へ戻った2005年の映画版について、本人は初演時の勢いと自由さに、人生経験や役づくりの手順が加わったと振り返っています。
ただし、昔の演技をそのまま繰り返すことにも、変えすぎることにも慎重でした。
最初にあった魅力を残しながら、今の自分で役を捉える。
同じ歌を歌い直すときの課題が、既にこの時期に現れています。
舞台の成功と、ポップへの挑戦は別の道だった
『RENT』の成功後、1998年にはポップ・ロックのアルバム『Still I Can’t Be Still』を発表しました。
けれど売上は伸びず、レーベルとの契約も失います。
舞台で名前が知られることが、そのまま自分の音楽を受け入れてもらえることにはなりませんでした。

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2003年に初演を迎える『ウィキッド』のオーディションで、「Defying Gravity」を歌います。
高い音で声が割れたとき、彼女はその場で歌い直し、今度は音を決めました。
演出家が見たのは、失敗しない歌手というだけでなく、立て直そうとする激しさだったといいます。
エルファバの声には、完璧な高音の印象だけでは収まらない、彼女自身の気迫が入り込みました。
その後の『I Stand』では、グレン・バラードと約一年半をかけて曲を書きました。
制作の前半は、とりわけ自分に合う音を探す時間だったといいます。
イディナが望んだのは、舞台で培った声域や感情表現を失うことではありません。
役のせりふではなく、自分の経験や言葉を、その声で歌うことでした。
自分の曲を人前へ差し出すのは、役を演じる以上に怖く、同時に大きな充実感もある。
2008年の彼女は、舞台とソロのどちらか一方だけを選ぶ必要はないと考えるようになっていました。
この時期のコンサートでは、「Defying Gravity」などの舞台曲も、音を減らしたアコースティックな形へ組み替えています。
劇場での場面をそのまま再現するのでなく、本人と客が向き合う歌にする。
曲順を変えたり、演奏家や客と話したりできる自由も、ソロ公演の楽しさでした。
強い声が響く場所そのものを、自分でつくり直し始めたのです。
エルサの大ヒットと、話し声に近い歌
2013年の映画『アナと雪の女王』でエルサを演じ、「Let It Go」は世界的に広がりました。
イディナの歌声は、舞台を観たことのない子供たちにも届くようになります。
その一方、2014年の舞台『If/Then』で本人が喜んだのは、ずっと力いっぱい歌い続けなくてよいことでした。
話す声に近い、親密で優しい歌があり、高音を大きく響かせる場面もある。
どちらも自分の一部だと語っています。
大ヒットで強い声の印象が広がった時期にも、彼女の関心は一種類の歌唱へ狭まってはいなかったのです。
2016年、励ましきれない気持ちにも声を与える
「Creep」を選んだ背景にも、そうした幅への思いがあります。
前向きな歌だけでなく、気分が沈んだり、自分を好きになれなかったりする感情も歌いたい。
力を与える歌の主人公として期待されることと、実際の自分の気持ちは、いつも一致するわけではありません。
2016年に語ったこの選曲は、強さを演じるだけではない場所を、コンサートの中につくる試みでした。
同年のアルバム『idina.』でも、舞台の役から離れ、自分の物語を歌っています。
「Small World」の大きなバラードや、「Queen of Swords」のポップな躍動だけが、その全体ではありません。
例えば「Last Time」には、静かなピアノに、沈んだ、謝るような声を合わせ、曲が進むにつれて感情を強める歌があります。
当時の批評でも、アルバム前半の大きな声に比べ、この曲では歌と伴奏がよく結びつくと評価されました。
一つの見方ではありますが、声の力が常に同じ形で生きるわけではないことを示しています。
何を告げる曲なのかによって、声を前へ出すタイミングも変わるのです。
2023年、声を小さくせずに踊る
『Drama Queen』をつくるきっかけになったのは、ロンドンのクラブで歌う喜びでした。
静かに聴く劇場の客とは違い、目の前で踊り、歌い、気持ちを返してくれる人たちがいる。
そこへ持っていける音楽をつくりたい。
しかも、自分の大きな声を生かしたままで。
ダンス音楽は、舞台らしさを隠すための選択ではありませんでした。

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ナイル・ロジャースとつくった「Paradise」には、人々が再び集まり、歌って踊れる時間への願いが込められています。
「Move」や「Beast」とともに、2023年のアルバムで声を届ける先は、客席だけでなくダンスフロアにも広がりました。
『Redwood』で、まだ知られていない声を探す
2025年の『Redwood』では、ティナ・ランドーが、まだ人に聴かれていない声の色や感情を探そうとしました。
イディナの強みだけでなく、弱さまで役へ取り込む。
名曲を歌ってきた声に、もう一度、未知の部分を求める作品です。
「Great Escape」は、その新しい世界へ入る一曲でした。
木に登ったジェシーの不安や可笑しみから、景色が開けるような大きな歌へ進んでいきます。
イディナは、ケイト・ディアスの曲に、アコースティックな親密さと、映画のような壮大さの両方を感じていました。
ブロードウェイ公演へ向かう段階から、その両方を生かせる音楽として捉えていたのです。
イディナは以前、歌い慣れた代表曲でも、自分の人生が変われば違うものが見えると話していました。
声の高さや強さだけでは、その変化は測れません。
同じ大きな声で、励ましたい日も、弱さを伝えたい日も、誰かと踊りたい日もある。
その違いを曲へ持ち込むことが、彼女の歌を動かしてきたのでしょう。
息の扱い、低い声から高音への組み立て、公演に向けた準備は、イディナ・メンゼルの歌い方で掘り下げています。

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