2005年の『Amarantine』を作っていた時、エンヤたちは一つの壁にぶつかりました。
「The River Sings」の音楽はできているのに、どの言語で歌ってもうまく合わなかったのです。
そこで作詞家のローマ・ライアンが、声に合わせて新しい言語を作ることになりました。
初期から声を何層にも重ねてきたエンヤは、歌う音から言葉を作るところまで、その方法を広げてきました。
声をどう響かせ、何を伝えるのか。
作品ごとの選択をたどります。
クラナドを離れ、声で音楽全体を作るまで
クラナドを離れた1982年以降、エンヤはニッキー、ローマ・ライアン夫妻と音楽作りを進めます。
プロデューサーのニッキーには、一人の声を重ねて楽器のように使う構想がありました。
和声が好きだったエンヤにとっても、同じ声を幾重にも重ねると何が生まれるのかは、実際に録って確かめたい問いでした。
映画『The Frog Prince』では、作った旋律を他者が管弦楽に編曲しました。
一方、テレビシリーズ『The Celts』の音楽では、自分たちで演奏、作曲、編曲をまとめられるようになります。
歌を録る場所を得ただけでなく、声をどんな音楽の中に置くかまで作り込めるようになったのです。
1986年の制作現場では、一つの声部を何度も歌い、まとめた上に別の声部を加えていました。
完成した合唱の譜面を大人数に渡す方法とは異なり、録音を重ねることが作曲の一部になっています。
一人で歌うことと、合唱を作ることが、ここで一つの仕事になりました。
2009年リマスター音源。
1987年のアルバム『Enya』は、後に『The Celts』の名で再発売される作品です。
「Aldebaran」もこのアルバムに収められました。
初期の録音について、本人は、歌詞を歌うだけでなく、ハミングやさまざまな音を声で作ったと説明しています。
言葉を持たない声も、すでに音楽の中心にありました。
1988年――大きな合唱を、ポップソングの中へ
『Watermark』の「Orinoco Flow」は、アルバム制作の終盤に加わった曲でした。
以前からあった和音の流れに、弦をはじくようなシンセサイザーの音が結びつき、歌が形になります。
繰り返しの部分を整理する工程も経て、声の重なりが、輪郭のはっきりした一曲へまとまっていきました。
録音を担当したジェームズ・バートンは、エンヤが声で和音を組み立てる巧みさを振り返っています。
一つ目のパートを歌った後、ニッキーと相談しながら二つ目、三つ目と重ねていく。
主旋律を歌う人の後ろに、同じ人が作った和音が広がる構造です。
同じアルバムの「Exile」では、当初の言葉を伴わない歌唱に、後から歌詞を与える選択がありました。
旋律の寂しさを受けて、ローマは故郷を離れた人の思いを詩にしています。
声を音として響かせるか、具体的な言葉を託すか。
『Watermark』では、その選び方も曲ごとの表情を決めていました。

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1991年――語る声と、音を紡ぐ声が同じ曲に
『Shepherd Moons』の「Ebudae」では、声に二つの役割が与えられています。
ローマの説明では、一方は、仕事のリズムに合わせて歌う女性たちの伝統を踏まえた物語を担う声。
もう一方は、幼い頃の記憶と創作が入り交じった、音や音の断片を歌う声です。
「Exile」では言葉のない歌に歌詞を加えましたが、「Ebudae」では、言葉を運ぶ声と響きを作る声を一曲の中で組み合わせています。
声を厚くすることとは別の広がりが、ここにあります。
2009年リマスター音源。
2001~2005年――架空の言語が、歌う声に居場所を作る
映画『ロード・オブ・ザ・リング』では、2001年に「Aníron」と「May It Be」を歌いました。
前者ではシンダール語、後者の一部ではクウェンヤ語という、トールキンが作った言語を使っています。
映画音楽を担当したハワード・ショアは、エンヤの音楽も自ら管弦楽に編曲し、劇伴から自然につながる形に整えたと説明しました。
エンヤは、架空の言語で歌うことを自然に感じていました。
その経験の後に生まれたのが、『Amarantine』でのロクシアン語です。
「The River Sings」に既存の言語が合わないという問題を、声に合う言葉を作ることで乗り越えました。
新しい言葉には、エンヤ自身がもともと歌っていた音や、ゲール語に近い響きがあり、本人には歌いやすかったといいます。
歌う声を出発点に、言葉を育てていったのです。
同じ2005年の作品には、日本語で歌う「菫草」も収められています。
俳句から着想を得た歌詞を採り入れ、初めて日本語の歌を発表しました。
言語の選択そのものが、声の表現を広げる取り組みになっています。
2008年――昔の歌を、合唱として歌い直す
『And Winter Came…』は、クリスマスの歌を現代にどう響かせるかという発想から始まりました。
しかし「Trains and Winter Rains」などを書いていくうちに、冬そのものを扱う作品へ広がります。
このアルバムでも、合唱に聞こえる声はエンヤ自身がすべて歌っています。
ここで再び取り上げたのが、「きよしこの夜」のゲール語版「Oíche Chiúin」です。
以前の録音をそのまま再収録するのではなく、新たに合唱版として録音しました。
長く歌ってきた旋律にも、声の重ね方を変えて、別の姿を与えています。
2008年の合唱版。
ただし、録音を作る根本の方法は保たれていました。
2008年の本人の説明でも、声を複製して並べるのではなく、一回ずつ通して歌っています。
手間を省けば、生の声にある質感や生き生きした感じが失われると考えていたためです。
2015年――ハミングに立ち返り、旋律を守る
冬のアルバムを終えた後、エンヤは長い休みを取りました。
旅行を経て、制作へ向かったのが『Dark Sky Island』です。

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冒頭曲「The Humming」では、ハミングが大きな祈りのような響きを作ります。
音楽評論家のジョン・ディリベルトも、この声の重なりを作品の入り口として捉えました。
「Echoes in Rain」には「Orinoco Flow」につながる伴奏と歌の親しみやすさがあり、初期からの特徴も残っています。
一方、表題曲「Dark Sky Island」についてニッキーは、曲のほうから、さらに多くの和声や声を求めてくることがあると説明しました。
どの曲にも同じ量の合唱を載せるのでなく、描く世界に合わせて声を加える考え方です。
以前からのファンにも、この作品で新たな発見がありました。
作家のジャンナ・G・ノエルは、以前のエンヤを思わせる部分を認めつつ、作品全体には喪失や不確かさが濃くなったと捉えました。
特に表題曲の途中で低い音域へ降りる歌唱に、過去の作品とは違う豊かさと感情を感じたと書いています。
これは聴き手の評価ですが、変化を音の派手さだけで捉えない視点になります。
同じアルバムには、特徴的な重層のハーモニーを大きく減らした「I Could Never Say Goodbye」もあります。
声を足して広げる方法と、声を絞って言葉を届ける方法が、作品の中に共存していました。
エンヤの変遷をたどると、一人の合唱という原点は保たれながら、その声が担う役割が広がっていると分かります。
初期には響きを作り、やがて物語を語る声と組み合わせ、さらに歌う音から新しい言語まで生まれた。
以前の旋律を合唱として歌い直すことも、その延長にあります。
変わらない印象を持つ声の内側で、何を歌い、どんな言葉で響かせるかは、曲ごとに選び直されてきたのです。
一回ごとの歌唱と声の重ね方については、エンヤの歌い方で詳しく取り上げています。

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