Kの歌を「Only Human」で知った人には、思いを大きく歌い上げる歌手という印象があるかもしれません。
けれど、その後は、力を抑えて共演者の声へ溶け込むように歌う作品にも取り組んでいます。
柔らかな歌を選んだ後、再び存分に歌い上げる曲にも取り組みました。
以前の歌い方を捨てて進むというより、曲に応じて選べる声を増やしてきた歩みです。
自分の声を受け入れるまで
韓国・ソウル出身のKは、2005年3月に「over…」で日本デビューしました。
同年11月の「Only Human」は、ドラマ『1リットルの涙』の主題歌として広く知られるようになります。
ピアノを弾きながら日本語で歌う姿は、活動の出発点から大きな特徴でした。
ただ、K自身は、もともと自分の声が好きだったわけではありません。
好きな歌手のハスキーな声と、自分を録音した声との違いに戸惑ったと振り返っています。
プロとして歌う中で、次第に自分の声にしかないよさへ目を向けるようになりました。
後の変化を考える前に、まず自分の声を引き受ける過程があったのです。
歌を届ける相手への意識も変わります。
2008年には、当初は自分や歌うことに意識が向いていたが、「Only Human」を聴いた人から届く言葉を通じて、歌が人を支えることを考えるようになったと話しています。
うまく歌う自分の先に、その声を受け取る人が見えてきました。
『641』に、以前の歌声を残した理由
2011年からの兵役を終え、Kは2013年にミニアルバム『641』を発表します。
ここには新しい出発だけでなく、活動を離れる前の時間も残されていました。
「My Piano」と「スニーカー」は、日本を離れる前に録音した曲です。
帰ってから聴き返した本人は、歌声に余裕のなさを感じ、録り直すことも考えました。
しかしスタッフは、その時期の感情や状況が伝わる点を評価し、以前の録音を残すことになります。
今の自分ならもっと落ち着いて歌えるとしても、以前の自分にしか残せなかった声がある。
『641』を復帰後の新しい歌声だけの作品と見ると、この選択を見落とします。
本人の変化は、残された録音をどう受け止め直したかにも表れていました。
同作の表題曲では、歌詞を保ちながら旋律を何度も作り直しています。
言いたいことに音を合わせていく作業でした。
歌手として声を届けることと、作り手として言葉に合う歌を探すことが、近づいていった時期でもあります。

画像出典:画像掲載元
2015年、整えすぎない録音へ
2015年の『Ear Food』では、演奏の揺れも残しました。
若い頃は、テンポが動くことを未熟さのように感じていたK。
自分が演奏を重ねる中で、その場で生まれる動きの面白さを知り、共演者と確認しながら、整えすぎない音を選ぶようになっていました。
録音では、演奏を何度も重ねて間違いを減らすより、互いの音に反応する勢いを大切にします。
本人が説明した方針は、原則として三回まで。
それ以上録り続けることで、かえって音楽の弾みが失われることを避けようとしたのです。
歌も、その場の演奏と一緒に進む作品になりました。
同じ時期、「dear…」への向き合い方も変わっていました。
兵役前に発表した曲ですが、以前より、苦しんでいる誰かに届いてほしいという思いが強くなったといいます。
歌いたい自分の気持ちだけでなく、受け取る人の気持ちも、同じ歌を歌う理由になっていました。
「心の瞳」では、今の自分で歌い直した
一方、2016年のシングル「あの雲の向こう側」に収めた坂本九のカバー「心の瞳」では、以前に録った歌を録り直しています。
娘が生まれた後、同じ歌を歌っても以前とは違う感覚になったためでした。
一部を直すつもりが、結局すべてを歌い直したとKは話しています。
以前の録音を残す場合もあれば、「心の瞳」のように、今の感情で歌い直す場合もある。
歌う人の経験が変われば、同じ曲へ向かう気持ちも変わります。
言葉から作る歌と、声を重ねて作る歌
2018年の『Storyteller』は、全曲で歌詞を先に置いて制作したアルバムです。
寺岡呼人が全曲の作詞とプロデュースを担当し、Kは、そこから旋律や編曲を考えました。
歌詞の人物や場面を出発点に、歌の形を探す一枚です。
その一方で、ボーナストラックの「遠雷(Album ver.)」には、声そのものを音楽の土台にする試みがあります。
前年のシングル「桐箪笥のうた」のカップリングを、Kの声だけで作り直したものです。
コーラスの組み方を練り、録音では十六のトラックを使いました。
物語を伝える声と、重ねて曲の響きを作る声。
Kの関心は、その両方へ広がっていました。
『Curiosity』で、声がリズムの一部になる

画像出典:画像掲載元
2019年の『Curiosity』では、声を楽器の一つとして考える意識が、さらに前へ出ます。
「MUSIC」や「LOOP」では、短く刻むコーラスがリズムを作ります。
主旋律の後ろを美しく埋めるだけでなく、声そのものを曲の動きに使う発想です。
打ち込みを取り入れながらも、すべてを均一にはそろえていません。
生の楽器も使い、細かなずれを残すことで、一人で作っていても閉じた感じにならない音を目指しました。
『Ear Food』で大切にした人の演奏のよさは、新しい制作方法の中にも引き継がれています。
2021年、歌い上げない声を楽しむ
「Day ’N’ Night feat. MADz’s」では、Kが力を入れずに歌う面白さを見つけます。
相手の録音へ自分の声を合わせ、声に使う効果も共有しました。
互いの個性を競わせるより、一つのチームとして響くことを目指した曲です。
同年の「Touchdown feat. VILLSHANA」では、トークボックスも使っています。
言葉の選び方にも、機器を通した響きが伝わりやすいかという視点が入りました。
ピアノの前で歌う姿だけでは捉えきれない、声の加工も含めた表現へ進んでいます。
ただし、歌い上げる声がなくなったわけではありません。
同年十二月の「winter light feat. sloppy dim」では、終盤のファルセットへ向かう歌を聴かせます。
K自身も、ここまで歌い上げるのは久しぶりだと話しました。
力を抜く表現を得たことで、強く広げる歌も、改めて選び直せるようになっています。
日本語と韓国語、それぞれの自分も歌にする
2025年の「Snooze」では、日本で発表する自身の楽曲に韓国語を取り入れました。
Kにとって、仕事の言葉として使ってきた日本語には、気持ちを表現しやすい面がありました。
母語を出すことには、自分の素の部分を見せるような恥ずかしさもあったといいます。
さらに「意味」では、日本語と韓国語の両方を使い、二つの言語にいる自分が話すような曲を作ります。
同じ意味を持ち、音も似ている言葉から発想した作品です。
日本語で歌う自分を築いてきた時間の先に、もう一方の言葉も自然に加わりました。
この曲は、ライブで披露してから育て、編曲を整えていきました。
新曲の反応を恐れるより、まず歌ってみる。
Kは、その場で生まれたものを次の作品へつなぐことにも手応えを感じています。
二十周年を迎えても、歌い方を完成形へ固定しない姿勢が続いているのです。
2026年には、会場の響きや空気に反応して歌うことが、以前より自然にできるようになったとも話しています。
用意した歌を届けるだけでなく、その日の条件を受け取りながら声を変えていく。
年月は、声質だけでなく、その場で判断する余裕にも表れていました。
伸びやかな歌と、力を抑えた歌。
その使い分けは、Kの歌い方で詳しく見ていきます。

こちらの記事もおすすめ

Kの声の使い分けを、曲と制作時の言葉から読み解きます。

2011年の声の変化、日本語の歌、近年の作品からソン・シギョンの歩みをたどります。

舞台の役柄、歌い続けるための学習、子守歌と新しい語り口をたどります。



コメント