イ・ハイの歌い方|低い声の存在感と、力を入れすぎない歌のつながり

2018年の取材記事に掲載されたイ・ハイ(写真:向山裕太) イ・ハイ
2018年の取材記事に掲載されたイ・ハイ(写真:向山裕太)

イ・ハイの歌には、低く落ち着いた声だけでは説明できない柔軟さがあります。
「ONLY」の穏やかな流れと、「Waterride」の弾む曲調が、どちらも彼女の歌になる。
その違いを考えるには、音色と同時に、リズムや伴奏に対して声をどう置くかを見る必要があります。

低い声の魅力は、強く押すことだけではない

初期の「片思い(One-Sided Love)」では、ハスキーな声に切なさと澄んだ印象が同居すると評されました。
本人も、一節ずつ気持ちのままに歌ったと振り返っています。
ざらつきを強調するだけでなく、素直な言葉の表情を持つ声なのです。

拍の置き方が、声の落ち着きを動きに変える

イ・ハイは、姉から拍を数えながら音楽を聴くよう勧められ、1拍目や3拍目より、2拍目や4拍目を意識する感覚、裏側へ回るリズムに親しんだと語っています。
歌を拍の真ん中へ一律に置くのではなく、少し後ろに感じさせるレイドバックにもつながる感覚です。
低い声の落ち着きと、リズムの重心が重なるところに、彼女らしい余裕が生まれます。

これは、単にテンポを遅くするという意味ではありません。
伴奏が進む中で、歌の入りや言葉のまとまりをどこに感じさせるかという話です。
本人が低いベースやドラムの響きを好むと話すことも、メロディーだけでなく、下で動くリズムと一緒に声を捉える手掛かりになります。

2019年の取材記事に掲載されたイ・ハイ(写真:Hyejeong Hwang)
2019年の取材記事に掲載されたイ・ハイ(写真:Hyejeong Hwang)。
画像出典:画像掲載元

「IT’S OVER」では、また違う負荷があります。
本人によると、拍ごとに歌詞が入るため、ライブでは息が忙しくなる曲でした。
ゆったりした声の印象でも、実際に歌うときには、細かく続く言葉と呼吸を両立させなければならない。
落ち着いて聞こえることと、歌の中で余裕があることは同じではありません。

この曲では、音を滑らせるような歌い回しが、スウィングする伴奏となじむ点も評価されました。
拍ごとに言葉が入っていても、すべてを四角く区切って歌うわけではない。
言葉の密度と、声が作る滑らかさを両立させるところに、この曲の難しさがあります。

高い声を、柔らかさにも使う

低い声の印象が強い一方、「Passing By」には、高めの声を使って穏やかな雰囲気を作る面があります。
ギターを生かした伴奏が歌を覆わず、声のための間を残す。
「Up All Night」でも、高く柔らかく歌う場面と、TABLOの苛立ちを含むパートが対照になります。
高音を迫力のためだけに使わず、感情の距離を変えるためにも使っているのです。

「BREATHE」では、抑えた歌い出しと、サビで広がる声の差が働きます。
全体を同じ強さで歌わないから、高まる箇所が感情の動きとして伝わる。
声の大きさを競うのではなく、静かな部分があることで、後の強い声に意味が生まれる曲と考えられます。

「ONLY」は、伴奏の流れに声をなじませる

「ONLY」は、柔らかな鍵盤の動きが空間を満たし、その中へ切なさを帯びた歌がなじんでいく曲です。
後半には弦の響きが加わり、ワルツを思わせる雰囲気が広がります。
ここでは、歌だけが前へ飛び出す迫力より、伴奏と一緒に感情がほどけていく関係が大切になります。

イ・ハイの声を参考にするなら、低い音色だけを取り出すより、周りの音とどれほど近い距離で歌が流れているかに注目すると、この曲のよさが捉えやすくなります。
一音ずつ強く印象づける歌と、旋律のつながりの中で気持ちを伝える歌。
「ONLY」は、後者から彼女の声を考えられる例です。

一方、「For You」は、本人が、自分でも歌いたくなる温かな冬の曲として選んだ作品でした。
穏やかな曲を好んで発表していた時期にも、本人が最も自信を持つと話していたのはリズムのある音楽です。
静かな歌は声の限界で決まるのではなく、その曲で届けたい温度に合わせた選択なのです。

同じアルバムでも、声の役割を変える

『4 ONLY』では、歌が担う役割の違いを比べられます。
「Safety Zone」は、ゆっくりしたビートに深い音色を組み合わせた親密な曲。
「Savior」では、B.Iのパートが作る高まりに対して、イ・ハイの歌が穏やかに着地させる働きを持ちます。
前へ出て押し切るばかりでなく、他の声が作った緊張を受け止めることもできるのです。

対照的なのが「Darling」です。
大きく響く鍵盤と、力を感じさせる歌の組み合わせが、この曲の重みになります。
「Bye」では、リズムの動きと歌の滑らかさの組み合わせが前面に出る。
一枚の中でこうした役割を行き来できることが、音色の個性を単調さにしない理由の一つです。

日本デビュー時のイ・ハイ(2018年掲載の取材写真)
日本デビュー時のイ・ハイ(2018年掲載の取材写真)。
画像出典:画像掲載元

感情を残しながら、言葉の流れを整える

日本語版の「BREATHE」「ROSE」を録音したとき、イ・ハイは、気持ちは歌に入り込んでいても、発音と言葉の流れが自然かどうかを気にしていたと話しています。
意味が分かることと、その言葉で歌えることの間には、もう一つ作業がある。
母語と同じ感覚だけで押し切らず、言葉が実際にどう伝わるかを確認していたのです。

この例から分かるのは、感情の強さだけで歌が完成するわけではないということです。
気持ちを保ちながら、言葉の並びを音楽の流れに合わせる。
声の個性がはっきりした歌手でも、その調整があってこそ、歌詞が聴き手へ届きます。

2026年の「HON2ST」では、飾りの少ない言葉と、ビートの上に置く自分のメロディーが結びついています。
声の質感を見せるだけでなく、相手に何を伝えるのかを短い言葉にする。
作詞と歌唱が近い場所にあることも、イ・ハイの表現を考えるうえで欠かせません。

声の個性を、曲のために使う

イ・ハイの歌い方は、音色、拍への乗り方、伴奏との距離を合わせて捉えると、曲ごとの違いが見えてきます。

その選択が育ってきた過程は、イ・ハイの歌唱変遷でたどっています。
声質の印象だけでなく、歌に託す気持ちの変化も合わせると、彼女の表現をより立体的に捉えられます。

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