ニーヨの歌には、華やかな伴奏の中でも、話している相手がすぐ近くにいるような魅力があります。
柔らかい高音だけが、その理由ではありません。
声を重ねる量、歌う言葉、共演する声との関係まで含めて、曲の伝わり方を整えているのです。
ファルセットは、高い音へ届くためだけのものではない
ニーヨの声には、甘さを含んだ高音の印象があります。
ただ、その魅力を、どこまで高く出るかだけで考えると、歌い方の細かさを見落としてしまいます。
「Because of You」で注目したいのは、通常の声からファルセットへ移るときの質感です。
男女の会話で始まる版では、その親密さを引き継ぐように、息の混じった柔らかな声が現れます。
大きな声で距離を押し広げるのではなく、耳元へ近づくような表情を作っているのです。
裏声に移ること自体を大げさに見せず、曲全体の甘い空気へつなぐ。
高低の変化と、相手への近さが一緒に動くところが、この歌の面白さです。
「Sex With My Ex」には、マイケル・ジャクソンを思わせる掛け声やブレスの入れ方もあります。
長く伸ばす音だけでなく、短い声や息の区切りも、歌の表情になるのです。
滑らかにつながる部分と、瞬間的に輪郭をつける部分。
ニーヨの甘い声には、その両方があると考えると、単に柔らかい声という説明から一歩先へ進めます。
「So Sick」――重ねすぎず、一人の声を聴かせる
「So Sick」の制作で重視されたのは、一曲を通すリードボーカルでした。
コーラスや重なり合う声を増やすより、中心の歌、旋律、歌詞をしっかり立てる。
スターゲイトも、この曲を通して、その簡潔さの力に気づいたと説明しています。
声をたくさん重ねれば、厚みは出せます。
けれど、この曲の考え方では、聴き手が一人の言葉を追えることが大切です。
声の柔らかさを隠さず、歌い手と聴き手の間に置くものを増やしすぎない。
ニーヨの親密な印象は、発声だけでなく、声をどう配置するかによっても支えられています。
踊れる曲でも、歌の中身を薄くしない
「Closer」は、ロンドンのクラブの勢いとアメリカのソウルを結びつけた曲です。
一方、同じアルバムの「So You Can Cry」は、失恋した友人の話をきっかけに作られました。
一人の歌手でも、曲ごとに相手へ渡したい気持ちは違います。
体を動かす音楽の中にも、そばで人を支える歌の中にも、自分の声を置けるのです。
ポップ曲にも深さや意味を持たせるというのは、本人が『R.E.D.』の頃に明言していた方針です。
華やかなポップの伴奏にも、伝えたい内容を持つ歌を置こうとしていたのです。
音楽のジャンルが変わっても、歌を通じて何を伝えるかは残す。
ダンス曲でのニーヨを聴くときにも、ビートと同じくらい、声が運ぶ気持ちへ目を向けたいところです。
2023年のオーケストラとの公演でも、ダンス曲と「Do You」「Mad」のようなバラードを同じ夜に歌いました。
曲の速さだけでなく、会場の熱気を上げる場面と、気持ちをじっくり届ける場面を行き来していたのです。

画像出典:画像掲載元
「Religious」――その人が言いたかったことを歌う
「Religious」の出発点は、長年の妻への思いを語るファンとの会話でした。
日常の中で当たり前になりがちな感謝を、歌の中心に置いています。
ニーヨは、集まった話の中でも、ありふれた感情を新しい言い方で表したものに引かれたと話しています。
甘く歌えばラブソングになるのではなく、その人物が何を言いたかったかを見つける作業が先にあるのです。
この曲にはゴスペルを思わせる響きもあり、『Non-Fiction』には「Money Can't Buy」のマーヴィン・ゲイへの敬意など、異なるR&Bの表情が並びます。
一枚を通して同じ甘さで包むのではなく、曲が求める性格を変える。
影響を受けた音楽を、単なる名前の列挙ではなく、自分の歌へ取り込んでいます。
人に書いた歌と、自分で歌う歌を分ける判断
ニーヨは、自分を、歌も歌えるソングライターだと捉えています。
「Irreplaceable」では、同じ趣旨の言葉でも、誰が歌うかによって印象が変わることを学びました。
自分の歌として考えた曲が、ビヨンセの声と立場を通すことで、別の力を持ったのです。
上手に発音し、音程を合わせるだけでは決まらない部分を、書き手としてよく知っています。
そのため、提供先の歌手が自分の歌い方をそのまま再現することを、完成とは考えていません。
本人は、ビヨンセとの制作でも、彼女自身が言いそうなこと、望む感触へ歌を近づける姿勢を評価していました。
声を借りるのではなく、その人の歌にする。
ニーヨ自身の歌にも、言葉を自分の立場で引き受けるという基準が見えてきます。
小編成では、主役の声を渡すこともできる
2024年のTiny Deskでは、ニーヨが書いたリアーナの「Take a Bow」を、バックシンガーのパメラ・ウェストブルックが歌う場面がありました。
自分の仕事を見せるために、すべての主旋律を自分で歌う必要はない。
声を渡すことで、曲と歌手の関係もはっきりします。
同じ公演にはハープや鍵盤、ギターなども入り、歌を取り巻く編成そのものが、通常の大きなショーとは違っていました。
ニーヨにとって、三人のバックシンガーと組んだことは特別な経験でした。
普段はその形で歌っていなかったためです。
本人は、自分の強みと弱みをわかったうえで、声そのものが問われる場へ臨んだと振り返っています。
一人で歌い切る力だけでなく、隣の声と一緒に作品を見せる判断にも、経験が表れています。

画像出典:画像掲載元
声を守ることと、新しい曲へ開くこと
滑らかな声を持っていても、体調を無視して歌い続けられるわけではありません。
ニーヨ自身、疲労や不調を顧みず公演へ向かい、途中で声が出なくなった経験を語っています。
歌う意欲の強さと、その日の声の状態は別です。
どんな曲にも応えられるように見える歌手にも、歌を支える体へ注意を向ける必要がありました。
近年の『Highway 79』では、「Thinking What I'm Thinking」のアコースティックな響きや、「Ms. Tundra」の呼びかけと応答など、曲の作りも広がっています。
R&Bで親しまれた声を保ちながら、違う伴奏ややり取りへ合わせていく。
声を変えることだけが、新しさの作り方ではありません。
柔らかい高音、ファルセットの近さ、一人の言葉を立てる録音、相手へ主旋律を渡す共演。
ニーヨの歌い方は、それらを曲のために選び分けるところにあります。
声の甘さを味わった後には、その声が誰の気持ちを、どんな距離で伝えているかにも耳を向けたくなります。
時期をまたいだ変化は、ニーヨの歌唱変遷でたどっています。

こちらの記事もおすすめ

声を置く場所と、歌う物語の変化をたどります。

録音中にも体を動かし、録音技師のブ…

滑らかな声と細かな節回しが、曲ごとの感情へどうつながるのかを読み解きます。



コメント