2025年、中島卓偉は、TAKUI名義で発表した初期曲を集め、歌い直しました。
『Retake The Best 〜TAKUI SONGS ONLY〜』で選んだのは、1999〜2005年の楽曲です。
キーは、当時のままでした。
それなら、若い頃の歌い方をそのまま保ってきたのでしょうか。
本人の言葉をたどると、むしろ、力を注ぐ場所や歌との向き合い方を変えてきたことが分かります。
強い声を出すことから、客席へ届く声を考えることへ。
歌を大きく見せることから、曲の中で声の役割を選ぶことへ。
同じキーで昔の曲に向き合うまでの間にも、いくつもの選び直しがありました。
「トライアングル」(1999年のデモ作品『20’s CALBORN』収録版)
TAKUIの時代――大きな音へ、声の大きさで対抗していた
1999年、「トライアングル」でメジャーデビュー。
TAKUIとして活動を始め、2006年に本名の中島卓偉へと名義を改めます。
若い頃の歌について、本人が2016年に振り返ったのは、バンドの音に負けないよう大声を出していたことでした。
ドラムやギターアンプが大きければ、自分もさらに強く歌う。
ところが、あるリハーサルでワイヤレスマイクを持って客席側へ降り、スピーカーから出る自分の声を確かめると、普通に歌ったときと大声で歌ったときの音量が、ほぼ同じに感じられたといいます。
声を強く出した分だけ、客席にも強く届くわけではなかった。
それを知ってからは、マイクにきちんと乗る歌い方を意識してきたと話しています。
この発言は、彼がその会場で経験したことです。
どんな音響環境でも大声と普通の声が同じになる、という法則ではありません。
この経験が変えたのは、ロックを強く歌いたいという気持ちより、その強さを届ける方法でした。
自分の体にかかる力と、聴き手が受け取る歌の強さを、同じものとして扱わなくなったのです。
佐橋佳幸との制作を経て、ロックへ戻っても発声は戻らなかった
2005年の「雪に願いを」、翌年の『傘をささない君のために』は、この時期をたどる作品です。
プロデューサーの佐橋佳幸と録音した経験について、卓偉は、心を覆っていたものを取り払うようなつもりで歌に向き合ったと振り返っています。
2009年に語った、歌との向き合い方を確かめ直した転機です。
その後、2007年の『僕は君のオモチャ』では、初期のようなロックの感触を再び取り入れました。
ただし本人は、以前と明確に違うものとして、発声法と歌詞の書き方を挙げています。
同じような録音方法や曲調を選んでも、歌う側には佐橋との制作経験が残っていたのです。
名義が変わったから歌声も変わった、と考えると、肝心な部分が抜けてしまいます。
変化の根拠になるのは改名そのものではなく、本人が歌への向き合い方と発声の違いを認めていること。
また、その発言だけで喉のどこをどう動かすようになったかまでは分かりません。
ここで追えるのは、初期のロックへ戻ったつもりでも、歌い手としては同じ地点に戻っていなかったという変化です。
「雪に願いを」(2005年)

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2007年『SMILER』で、歌い上げる以外の役割を選ぶ
同じ2007年の『SMILER』では、声の前への出し方を変えました。
本人は、全体として大きく歌い上げるより、歌声を楽器の一つとして扱ったと説明しています。
旋律をたっぷり歌う「はじまりの唄」と、言葉を語るように進む「お願い胸騒ぎ」が、同じ作品にあるのです。
「お願い胸騒ぎ」は、二つのコードを行き来するシンプルなロックンロール。
そこで物語を熱心に語るような歌い方を試しました。
複雑な伴奏や長く伸ばす声を加える代わりに、言葉を次々と伝えることで曲を動かす試みです。
よく歌える人が、いつも最も歌い上げる形を選ぶとは限らない。
この作品での引き算は、声の存在感をなくすことではなく、声が目立つ理由を変えることでした。
「お願い胸騒ぎ」(2007年『SMILER』収録版)
翌2008年には、言葉の伝え方も見直しています。
自分で書いた歌詞なのに覚えにくいことがあり、それならもっと直接届く言葉を繰り返してもよい、と考えるようになりました。
子供の頃に親しんだ曲には、繰り返しの分かりやすさがあった。
その記憶を踏まえ、サビごとに必ず違う内容を足す、という考えから離れたのです。
『STARDUST VOX』では、演奏にも単純さとライブの手触りを求めました。
これは歌詞を減らせば自動的に歌がよくなるという話ではなく、自分が歌い、相手が覚えられる言葉へと選び直す動きでした。
他の歌手へ渡した曲を、自分の声に合わせて取り戻す
2019年の『GIRLS LOOK AHEAD』では、ハロー!プロジェクトなどへ提供した曲をセルフカバーしました。
提供先での編曲を尊重する一方、自分で歌うときには、キーやコード、歌詞を調整しています。
自分の声で歌える形に組み直したのです。
当時の本人は、アイドルの立場で書かれた言葉を自分が歌うときの隔たりも、編曲で補えると考えていました。
曲を書いた本人だから、誰に渡した曲もそのまま自分の声へ収まるわけではない。
声を当てはめるだけでなく、声が自然に働く形へ作品の側も動かすようになっていたのです。
「就活センセーション」(2019年、本人のセルフカバー)
年齢を重ねても、初期曲の言葉を歌えるか
2023年、初期のTAKUI名義の曲をまとめて演奏する機会に、卓偉は昔の歌詞を覚え直していました。
久しぶりに取り上げた曲が、当時と違う盛り上がり方をすることもあったといいます。
歌い手だけでなく、曲を聴き続けてきた客席にも、時間が積み重なっていました。
本人がうれしく感じたのは、もう歌いたくないと思う歌詞がなかったことです。
デビュー前から、年を取っても歌える言葉かを考えて書いてきた。
伴奏の長さを変えたくなることはあっても、歌詞は現在の自分でも引き受けられました。
一方、歌える時間が無限だとは考えていませんでした。
歌手として使える時間を意識し、将来は人生を感じさせるソウルを歌いたいとも語っています。
これは衰えの報告ではなく、これから何を歌う人になりたいかという意思です。
2024年の『JAGUAR』を語る際にも、パンクを曲の速さやジャンルだけで捉えなくなったことを話しています。
バラードやソウルを歌う人にも、その姿勢を感じる。
幼い頃に父のレコードで親しんだソウルの音楽と、自ら選んだパンクが、本人の中ではつながっていました。

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2025年の再録は、昔の曲を現在の歌として差し出す作品
そして2025年、「Calling You」「ピアス」「STAY TOGETHER」などを新しく録音します。
本人が挙げた狙いは、原点を確かめることと、歌い続けた曲へもう一度光を当てることでした。
成長した自分と、初期曲が持つ強さを、どちらも確かめたかったのです。
この再録について、音楽ライターの山口哲生は、編曲を大きく変えずに、伸びやかで力のある現在の歌を示す作品として評価しています。
キーを保ったことは比較の手掛かりになりますが、それだけで全ての歌唱条件が同じという意味にはなりません。
「Calling You」(2025年再録版)
翌2026年には、独立後3作目のオリジナルアルバム『GLITTER』も発表。
昔の曲を歌い直す作業と、新曲を書く活動を並行させています。
中島卓偉が保ってきたのは、若い頃と同じ力をかけ続ける方法ではありません。
客席へ届く声を考え、曲によって語りと歌い上げを選び、自分が歌える言葉を確かめる。
その積み重ねがあるから、初期曲も現在の歌として差し出せるのです。
曲ごとの声やリズムの選び方は、中島卓偉の歌い方で詳しく扱っています。







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