スティーヴィー・ニックスの声は、かすれた質感だけで説明すると、肝心な歌い回しが抜け落ちます。
言葉を置くタイミング、音から音への滑らかな移動、伸ばした声の揺れ。
さらに、一人で前へ出るときと、誰かの声に重なるときでは、歌の役割も変わります。
その個性を「Rhiannon」「Dreams」と、ソロや共演での具体的な選択から考えてみましょう。
声の低さやかすれと、録音の響きを分けて考える
共同プロデューサーのケン・キャレイは、「Dreams」の録音で、ニックスに複数のマイクを試してもらいました。
採用したのはゼンハイザーの441。
口を風防へ近づけることで低い響きを取り込み、必要なら高域を足せるようにしたと説明しています。
声の厚みには、録音の方法も関わっているのです。
ニックス自身も、マイクを試した際、441を使うとすぐに、これがよいと反応したそうです。
キャレイは、本人が音を気に入ったことが、歌唱にも良く働いたと振り返っています。
自分の声がどう届くかを、歌い手自身が選ぶ。
このやり取りも、彼女の録音を理解する手がかりになります。
また、2001年の取材で低い話し声を話題にされたとき、本人は、続いていた取材で話しすぎた影響だと説明しています。
話しているときの声を、そのまま歌える高さの証拠にすることはできません。
低く話す声と、高い音へ進む歌声を分けて考えると、彼女の歌を一つの声質だけに閉じ込めずに済みます。

撮影者不詳。
画像出典:画像掲載元
「Rhiannon」は、言葉を四角く区切らない
「Rhiannon」の歌い回しでは、拍の直前へ言葉を置き、音の高さを滑らせる動きが重要です。
音楽研究者ジェイソン・リー・オークスも、強調する言葉が拍に先行することや、一つの音節の中で音程が上下することを指摘しています。
伸ばした音にも、中心の高さの周りを揺れるビブラートがある。
言葉を一音ずつ四角く固定せず、旋律の中で動かす歌い方として捉えられます。
この分析が示すのは、かすれの有無とは別の個性です。
同じ音でも、滑って入るか、伸ばして揺らすかで印象は変わります。
彼女らしさを考えるなら、声色に加えて、その声が音と拍の間をどう動くかにも目を向けたいところです。
「Dreams」で残した、歌い直せない一回
「Dreams」の完成版に使われたのは、演奏と一緒に録った仮の歌でした。
歌用のマイクにはドラムも入り込み、声が小さい部分の音量を上げると、その音まで目立ってしまう。
それでも録り直した歌より、最初のテイクが選ばれました。
ここでは、整った録音を作ることより、その歌唱を残すことが優先されたのです。
対照的に「Talk to Me」では、なかなか納得する歌が録れなかったと本人が振り返っています。
隣のスタジオにいたドラマーのジム・ケルトナーが聴き手になってくれると、二度歌って必要な歌唱が得られました。
声だけを直そうとするのではなく、誰かへ歌う関係ができたことで、録音が前へ進んだのです。
主旋律を歌う人であり、すぐにハーモニーへ回れる人
ニックスは、自分をハーモニーを歌う人だと説明しています。
レディ・アンテベラムとの共演では、主旋律を任されても、つい上や下のパートへ動きたくなったそうです。
「Bombay Sapphires」でメイシー・グレイと録音したときには、まず自分がハーモニーだけを歌い、相手に同じ音を重ねてもらいました。
メロディーとは別の線を、歌として思い描けるのです。
長年一緒に歌うシャロン・セラーニとローリ・ニックスについても、本人が大事にしているのは、それぞれに固有の声があることです。
主役の声を目立たせるため、後ろの声を均質にする発想ではありません。
三人の違いを残した響きが、ソロの歌を支えています。

ニックスは左から2人目。
写真:Silver Screen Collection/Getty Images。
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『Bella Donna』で一緒に演奏したベンモント・テンチも、三人のハーモニーを支えた音程の良さを評価しています。
当時は現在のような電子的な音程修正に頼れず、その場で声を合わせる力が必要でした。
ざらついた声の印象と、声を合わせる精度は両立します。
声の表面が滑らかかどうかだけでは、この歌の技術は見えてきません。
「Leather and Lace」で組んだドン・ヘンリーについては、歌をよく知る二人なので、ときどき一緒に歌う楽しさが続くと話しています。
ただ、彼をいつもツアーへ連れていけるわけではありません。
誰かに同じパートを歌ってもらえば、同じ歌になるわけでもない。
本人も、客席がドンの声を期待することを、冗談を交えて話しました。
ハーモニーを組み立てる力に加え、相手の声そのものを大切にする感覚が、ニックスの共演にはあります。
前へ出る声と、抑えて届かせる声
本人は、バンドでは三人の一員として声をなじませ、ソロでは仲間ともっと自由に歌えると説明しています。
同じ声でも、誰と歌うかによって前へ出る度合いが変わるのです。
2024年の「The Lighthouse」には、抑えた歌い出しから、激しい伴奏を伴うサビへ展開する構成があります。
女性の権利をめぐる思いを込めた歌ですが、最初から最大の強さを並べてはいません。
静かな入口を置くことで、呼びかけが大きくなる段階を作る。
強い意志を伝えることと、すべてを強い声で歌うことを分けた曲として考えられます。
ニックスの歌い方の核は、かすれた声そのものだけでなく、その声の動かし方と置き場所にあります。
音を滑らせ、揺らし、一度きりの歌唱を残す。
誰かと歌えば別の旋律へ回り、自分が前に立つ場でも、声の強さを一色にしない。
その選択が重なることで、声色をきれいに整えるだけでは得られない、彼女ならではの存在感が生まれます。
公演前の準備を変えた転機と、長く歌い続ける中での変化は、スティーヴィー・ニックスの歌唱変遷でたどっています。
アイキャッチ:2013年、SXSWでのスティーヴィー・ニックス。
撮影:Mito Habe-Evans/NPR/画像掲載元

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