最初のツアーでは、一曲ずつ全身全霊で歌ううちに、だんだん声が出なくなった。
シェネルが後に語った、パワフルな歌声の陰にあった経験です。
当時は自分の声をどうコントロールし、守ればいいのか分からなかったといいます。
その後の彼女は、代表曲を歌い続けながら、何を歌い、どんな言葉なら自分のものとして届けられるかを選び直してきました。
2017年の「Destiny」では物語を信じてもらうために歌詞を読み取り、2025年の「そのままでいいよ」では、傷ついた人が自分を受け入れる言葉を選ぶ。
声の力だけでなく、歌に託すものと、その力との付き合い方にも変化があります。
毎曲全力で歌い、声が出なくなった初ツアー
2007年に世界デビューしたシェネルは、2011年にTEEの「ベイビー・アイラブユー」を英語でカバーし、日本でも広く知られるようになります。
2012年には映画『BRAVE HEARTS 海猿』の主題歌「ビリーヴ」も歌いました。
一方、2017年の取材で振り返った「初めてのツアー」は、華やかな成功談だけではありません。
本人によれば、ツアー経験がなく、緊張もあって毎曲全力で歌っていた。
声のコントロールやケアの仕方が分からず、次第に声が出なくなっていったそうです。
日本語が話せない中で日本語の詞と振り付けを覚えることも、負担の大きい挑戦でした。
歌への熱意は十分にあっても、それだけで長い公演を乗り切れるわけではなかったのです。
2014年にはドラマ『ディア・シスター』の主題歌「Happiness」がヒットします。
2015年のアルバム『シェネル・ワールド』はラブソングを中心に構成され、彼女の歌声は大きな主題歌と結び付いていきました。
松下奈緒のピアノで歌った別バージョンも同作に収録されています。
この共演は、シェネルが「Happiness」をアコースティックでも歌いたいと望んでいたところから生まれました。
ドラマの出演者でありピアニストでもある松下を迎え、ヒットした一曲を違う伴奏で届け直したのです。
のちに新しいサウンドを求めて大きく動き出す前にも、既に自分から歌の器を変えてみる試みがありました。

掲載元:UNIVERSAL MUSIC JAPAN
2017年、ラブソングのイメージを越える
『シェネル・ワールド』の後、シェネルは約2年間、新しい音楽を探しました。
2017年の取材では、曲だけが自分よりも大きくなったように感じ、ラブソング以外の自分も知ってほしかったと話しています。
それまでの提案に応じる制作も楽しんでいた一方で、この路線を続けていいのかという迷いが生まれた。
そこでレーベルとの契約を継続せず、自分が作りたい音楽を見つめ直す時間を取ったといいます。
歌ってきた旋律は好きでも、トラックにはもっと今の自分が望むサウンドを入れたかった。
新しい曲を作っても日本で発売できるか分からない中での模索でした。
歌声で知られるようになったからこそ、その声が乗る音楽も自分で選びたい。
この時期の転換には、既にある成功の形から踏み出す決断が伴っていました。

掲載元:UNIVERSAL MUSIC JAPAN
転機を象徴するのが、ドラマ『リバース』の主題歌「Destiny」です。
最初に受け取った曲について、本人はビートをもっと重くし、ストリングスも入れたいと制作陣に伝えました。
日本で作られた楽曲と、自分が洋楽として作っていた楽曲を一枚にまとめるため、意見を交わして『Destiny』を作ったといいます。
完成した曲を待って歌うのではなく、自分が歌いたいと思える形になるまでサウンドに意見を出す。
曲を届ける前の段階から、彼女の選択が入っていました。
録音で何を意識したかと聞かれると、シェネルは歌のメッセージや物語を読み取り、聴く人にその物語を信じてもらえるよう歌ったと答えました。
初ツアーで毎曲全力になっていたころの回想と並べると、2017年には「どれだけ強く歌うか」だけでなく、「この歌をどう信じてもらうか」が前面に出ています。
『メタモルフォーゼ』で歌った、知られていなかった自分
同じ2017年には、全編英語詞のアルバム『メタモルフォーゼ』も発表しました。
インターナショナル・アルバムとしては7年ぶりの作品です。
その間が空いた背景には日本での多忙な活動に加え、よい作品を作れるのか、受け入れてもらえるのかという不安もあったと本人は話しています。
出来上がりを恐れるだけでは確かめられないと考え、蓄えてきた経験を作品にすることを選びました。
シェネルは、失恋や裏切り、性的な感情や遊び心など、これまで日本の聴き手には見せてこなかった面を歌いたかったと語っています。
自分の物語を話せる、落ち着いた曲を作りたくて「Scared of Heights」を選んだとも話しました。
大きなタイアップ曲で知られた人が、より個人的な話を歌にできる場所を作ったのです。
同作の「Love You Like Me」には、シェネルが以前から好きだったダンスホール歌手のKonshensが参加しました。
ロサンゼルスのパーティーで知り合い、シェネルが自分から共演を持ちかけたといいます。
タイアップの主題歌を歌う人という印象からは見えにくかった、彼女自身の音楽の好みも作品の前に出ました。
日本語と英語では発音も発声の仕方も異なる一方で、感情を込めて伝えることは変わらない、という本人の説明もあります。
二つのアルバムを通じて広がったのは、異なる言語で自分の感情を託せる曲の幅でした。
緊張して歌う舞台から、観客とやり取りする舞台へ
2017年11月のツアー初日、ビルボードライブ大阪では、ロサンゼルスから来たバンドと共に「Destiny」や、それまでの代表曲を披露しました。
過去のヒット曲も、新しく選んだ音楽も、同じ舞台で歌う。
制作で見つけた新しい自分を、以前から聴いてきた人へつなぐ場になっています。
このころには、ステージで冗談を言ったり、観客に声をかけたりする自信もついたといいます。
初ツアーで詞や振り付けを覚えることに必死だった回想と比べると、歌と歌の間にも自分を出せるようになったことが分かります。
歌唱を支えるのは声の強さだけでなく、共演者と音楽を作り、客席の反応を受け止められる経験でもあったのでしょう。
2025年、声の力を問い直しながら歌った言葉
2025年の「そのままでいいよ」で、シェネルは最初にメロディを聴いたとき、ただのラブソングにはしたくないと思ったそうです。
制作スタッフと話し合い、つらい出来事を経験した人も自分を受け入れられるような言葉を選びました。
出産や子育てを経た本人は、十年前ならこの歌の意味を今ほど理解できなかったかもしれないとも話しています。
子どもを見ていると、自分の見たくない面に気付くこともあり、その自分も受け入れようと思うようになった。
そうした私生活での実感が、歌いたい言葉につながっています。
今も楽しい曲を歌う気持ちは変わらないまま、自分自身をいたわる言葉も歌の中に加わりました。
同じ取材で歌声の変化を問われると、以前ほどパワフルではないかもしれないと答え、ボイストレーニングを再開したいと話しました。
先生について改めて学び、さらによい歌声を目指したいという、本人の現在地です。
初ツアーでは声の守り方が分からなかった人が、2025年には改めて声を磨く必要を自分で認めている。
その間に、歌いたい物語の選び方も変わりました。
毎曲全力で歌った初期の舞台、曲のサウンドと物語に自分の意思を通した2017年、声の状態と向き合いながら「そのままでいいよ」と歌った2025年。
声をどう使い続けるかという問いが、作品ごとに形を変えているのです。
「Happiness」を歌うときに誰を思い浮かべていたのかは、シェネルの歌い方で扱っています。

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