藤ヶ谷太輔は、初めてのミュージカル『ドン・ジュアン』を、最初は断るつもりでした。
先に上演されていた舞台を見ても、自分には無理だと感じたそうです。
ところが、楽譜の読み方から始めた作品は、2年後に再演され、胸を張って代表作と呼べるものになりました。
Kis-My-Ft2では、すでに歌を担っていた人です。
その藤ヶ谷が、新しい歌唱法を学び直し、役の感情を声にする中で、何を見つけたのか。
初演の稽古と再演の舞台から、その変化をたどります。
2014〜2019年|得意な歌い回しがあっても、初ミュージカルは怖かった
2014年の歌唱評で、芸能ライターのジャニ子は、藤ヶ谷のセクシーな歌い回しに注目していました。
北山宏光とハーモニーを重ねることも多く、二人はグループの歌を担う存在として取り上げられています。
ミュージカルへの挑戦前から、歌声で自分の個性を示していた歌手でした。
それでも、2019年の『ドン・ジュアン』への出演は、すぐに引き受けられる話ではありませんでした。
後の取材によると、何も見ずに断るのは失礼だと思い、望海風斗が主演した舞台を見に行ったそうです。
そこで感じたのは、自分にもできそうだという自信ではなく、失敗すれば共演者へ迷惑をかけるという不安でした。
もっと経験のある人が演じたほうがよいと考えていたのです。
演出の生田大和と会った時も、できないと率直に伝えました。
しかし、生田から一緒に冒険しようと誘われ、この人となら試してみようと気持ちが動きます。
すると、鍵盤を持った人が入ってきて、歌のキーを確かめることになったといいます。
断るつもりで向かった話し合いが、初めての舞台へ踏み出す時間になりました。
2019年|楽譜から始め、二十数曲を歌う
『ドン・ジュアン』で演じるのは、欲望のままに生きながら、真実の愛を知って変わっていく男です。
その人物の感情を、歌と芝居、踊りを通して届けなければなりません。
藤ヶ谷は、普段のJ-POPとは歌唱法が違い、苦労したと話しています。
歌ってきた経験があっても、そのままの方法で進められる仕事ではありませんでした。
歌の稽古は、楽譜の読み方から始まりました。
本人は、当初ほとんど楽譜を読めず、二十数曲という曲数にも苦戦したと振り返っています。
フラメンコもフェンシングも初めてでした。
新しく覚える歌を、初めて取り組む動きや芝居と一緒に、一つの舞台へ組み立てていく必要がありました。

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初演開幕時の取材で、共演者の鶴見辰吾は、藤ヶ谷が誰よりも最後まで稽古場に残り、歌の稽古を繰り返していたと話しています。
藤ヶ谷自身も、経験豊かな共演者へ分からないことを尋ね、支えてもらって初日を迎えたと説明しました。
周囲に教わりながら、歌を身につけていく時間でした。
落ち着いて見える姿と、本人の内側は違っていたようです。
2019年9月のニッポン放送の放送後記には、鶴瓶から緊張して見えないと言われながら、内心はとても緊張していたという話が残っています。
二十曲以上を歌い、歌以外の動きも担う。
外から見える余裕とは別に、初めての課題が重なっていました。
歌い方を覚える稽古から、人物の感情が動く歌へ
稽古で作ったのは、歌い方だけではありませんでした。
生田は、藤ヶ谷がもともと持っている色気に期待する一方で、役の身勝手さは本人の素直さから遠いものだったと話しています。
藤ヶ谷も、女性を乱雑に扱う芝居がなかなかできなかったと振り返りました。
自分が動かなければ、相手の役も反応できない。
共演者と相談しながら、普段の自分とは違う人物を作っていったのです。
その声を、2019年のぴあの取材で河野桃子は、人物の苛立ちを響かせる太い声として評しています。
叫びのように惹きつける歌には、主人公が抱える感情が重なっていました。
以前から評価されていた艶のある歌い回しに加え、役の生き方を声にする姿が、舞台で受け止められています。
同じ初演の通し稽古を取材したこむらさきは、粗削りな面を指摘しつつ、ミュージカルとしての歌唱ができていると評しました。
全身で歌い上げる姿に、今後への期待も寄せています。
本人が苦戦を語った歌は、初舞台の熱とともに、見る側へ届いていました。
後に藤ヶ谷は、ミュージカルでこれほど心が動くとは思わなかったと話しています。
自然に涙が出たり、怒りが湧いたりしたそうです。
自分が苦戦することと、ドン・ジュアンが抱える苦しみに、通じるものもあったかもしれないと受け止めていました。
曲を覚えたその先で、役の感情が自分の中に起きる経験もしていたのです。
初演時には、この歌唱への挑戦が普段の歌にもよい影響をもたらせばと話しました。
2021年|同じ役を、もっと深く届けたい
2年後、同じ『ドン・ジュアン』が再演されました。
初演でできたことを繰り返すだけでは足りない。
藤ヶ谷が掲げたのは、歌や芝居を含む舞台全体に、前回よりも深さや奥行きを出すことでした。

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東京公演前の会見では、再演だからこそ前よりよいものにしなければならないというプレッシャーを語っています。
一方で、このカンパニーやスタッフとなら乗り越えられるという自信もありました。
最初は出演そのものをためらった作品で、今度は仲間と、さらに先を目指していました。
ただし、稽古の条件まで初演と同じではありません。
コロナ禍で気軽な交流が難しくなり、稽古の時間も限られていました。
本人によると、初演では稽古後の食事中にも話し合い、そこから見つかるものがあったそうです。
再演では短い時間へ集中し、家からZoomで仲間とやり取りすることも始めています。
作品を深めるための話し合いも、続けられる方法を探していました。
その再演を見た生田は、藤ヶ谷とカンパニー全体の演技に、二年を経た奥行きを感じたと話しています。
鶴見も、役が本人のものになり、人間としての深みが出てきたと評しました。
二人が見ていたのは、歌を覚えたかどうかの先にある、人物の表現でした。
安定した歌声と、無言の時間から立ち上がる熱
2021年の公演を観劇した淡路裕子は、藤ヶ谷の安定した歌声を取り上げています。
印象的だったのは、登場してしばらく無言で演じた後、歌い始めた時の熱量でした。
声を出していない時間に人物を見せ、その後の歌で強く届ける。
歌唱が芝居の流れの中で力を持つ場面です。
同じ観劇記録には、登場した時の孤独で鋭い色気が、マリアとの出会いを経て、角の取れた純粋な表情へ変わることも記されていました。
一人の人物が愛を知って変わっていく過程を、舞台全体で見せていたのです。
初演で異なる歌唱法に苦戦した人が、再演では、その歌で生きる人物の奥行きを問われていました。
藤ヶ谷は、この再演を迎えて、胸を張って代表作に出会えたと話しています。
最初に考えていたのは、一度挑戦して失敗すれば、次からミュージカルを断る理由になるかもしれない、ということでした。
それが好評を得て再演につながり、後の取材では、逃げなくてよかったと振り返っています。
得意な歌い回しを持つ歌手が、分からないことを尋ね、楽譜から新しい歌を学ぶ。
その先で、役とともに心が動き、同じ作品をもう一度深めたいと思うようになる。
『ドン・ジュアン』は、藤ヶ谷太輔にとって、歌で表せる自分の範囲を広げる作品になりました。
曲ごとの声の表情や、リズムに対して言葉を置く選択は、藤ヶ谷太輔の歌い方で見ていきます。







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