ビリー・ジョー・アームストロング(Green Day)の歌声の変遷|若い日の率直さから、物語・二声・ファルセットへ

ビリー・ジョー・アームストロング(1994年MTV Video Music Awards) シンガー
ビリー・ジョー・アームストロング(1994年MTV Video Music Awards)

ビリー・ジョー・アームストロングは、ステージでは自分が観客を導くだけでなく、観客も自分を導くと話しています。
若い日の歌が大勢に届いた後も、聴き手との関係を作り直してきた人です。
その過程には、一人で歌う緊張も、長い物語を引き受ける挑戦もありました。
Green Dayでの作品と共演をたどると、声を使って担える役割をどう増やしてきたかが見えてきます。

『Dookie』で届いた、同じ年頃の人間の声

1994年の『Dookie』が広く届いた理由を、ビリー・ジョーは、歌う側と聴く側の年齢が近かったことから説明しています。
自分も聴き手も二十歳前後で、不安や生活について知っていることを、そのまま曲にしていた。
完成された大人が若者に何かを教える構図ではなく、同じ場所にいる人間の言葉だったわけです。
早いテンポの音楽にも、その近さがありました。

勢いがある一方、録音は無準備な一発勝負ではありません。
プロデューサーのロブ・カヴァロが振り返る『Dookie』の歌録りは、アルバム全体で二日間、各曲一、二回ほどのテイクで進んだといいます。
バンドにはリハーサルや公演を重ねた土台があり、「Welcome to Paradise」も、以前の録音を経てツアーの中で育てた曲でした。
若い声を作品に残す速さを、そこまでの積み重ねが支えていたのです。

一人で歌う怖さを越えた「Good Riddance」

1997年の『Nimrod』では、アコースティック・ギターを軸にした「Good Riddance (Time of Your Life)」が、その後のライブの景色を変えます。
本人は最初にこの曲を公演で歌った時、強く緊張していたと振り返っています。
しかし観客が一緒に歌い始めると、自分のやっていることへの確信が生まれた。
バンドの勢いで会場を押す場面から、自分の歌を前に出す場面へ踏み出す経験でした。

この曲の成功を経て、本人は、カントリーのような曲やループを使うことにも挑戦できると考えるようになります。
一曲のバラードが当たったというだけではありません。
いつもの編成や曲調から離れても聴き手とつながれる、という実感が、その後に選べる表現を増やしました。

録音の進め方にも、自分が歌いやすい条件を探す工夫がありました。
『Nimrod』で見つけ、2000年の『Warning』でも使ったのが、コントロール・ルームに一人で残って歌う方法です。
エンジニアのケン・アラダイスは、本人がその環境を好み、いくつかのテイクから歌を組み立てたことを説明しています。
『Warning』では声の負担を考慮して一日一曲にしており、『Dookie』の短い歌録りとは進行も異なります。
日数だけで歌唱力は比べられません。

個人の言葉を、長い物語の中で歌う

2004年の『American Idiot』では、一人の胸の内と社会の混乱が、アルバムの物語の中で重なります。
短い曲の断片を組み合わせて長い曲を作り、九分を超える「Jesus of Suburbia」を二曲目に置く。
従来の短いパンク曲の枠を広げる構成そのものが、歌い手に複数の場面を渡していく作品でした。

ただし、社会を扱うようになったことで個人の感情が消えたわけではありません。
本人は当時、政治的に見える歌も自分にとっては個人的なものだと説明しています。
一人でニューヨークに滞在した経験は「Boulevard of Broken Dreams」などにつながり、父の死は「Wake Me Up When September Ends」の背景にありました。
大きなテーマを歌う声の内側に、具体的な寂しさや記憶が残っています。

「Jesus of Suburbia」— 『American Idiot』収録の公式音源(2004年)

続く2009年の『21st Century Breakdown』では、曲作りの道具も歌の広がりに関わります。
「Last Night on Earth」「Restless Heart Syndrome」「21 Guns」などは、ピアノで書いた曲です。
本人は、ピアノが新しいコード進行への道を開いたと話しています。
同じ声でも、その声が通る旋律や曲の展開が変われば、担う場面は変わる。
高い声が出るようになったという説明より、歌うための曲の形が増えたことが、この時期の変化をよく表しています。

ノラ・ジョーンズと歌い、二人で一つの呼吸を作る

2013年の『Foreverly』は、Green Dayとは別の相手と声を重ねた作品です。
ビリー・ジョーが聴き込んでいた、エヴァリー・ブラザーズの1958年のアルバム『Songs Our Daddy Taught Us』を、ノラ・ジョーンズと録音し直しました。
男性二人の歌を女性と一緒に歌えば、曲の受け取られ方も変わるのではないか。
その発想から生まれた組み合わせでした。
二人が向き合ったのは、死や失恋を率直に描く古い物語の歌です。
ビリー・ジョーは、その内容を探ることが、歌を書いて歌う人の原点を思い出させると話しています。

ビリー・ジョー・アームストロング(左)とノラ・ジョーンズ(2013年掲載)
ビリー・ジョー・アームストロング(左)とノラ・ジョーンズ(2013年掲載)。
画像出典:画像掲載元

二人で「Long Time Gone」を歌った時、本人は声がうまく重なると感じています。
互いの口の動きを見ながら、歌い方を合わせていく。
昔の録音をそのままなぞることより、二人で成立する歌を探していました。
原曲との違いを消すのでなく、違う歌い手が出会った意味を残した作品です。

ここで必要だったのは、主役の声を単に小さくすることではありません。
録音に関わったクリス・デューガンは、二人が向き合って演奏し、歌う形を説明しています。
歌声を明瞭に収めることを重視した環境で、相手の動きを受け取りながら一緒に進む。
大勢を率いるフロントマンとは別の、すぐ隣の歌手と作る一体感が、表現の中心になりました。

「Long Time Gone」— 『Foreverly』の公式リリックビデオ(2013年)

慣れた声の外へ出た『Father of All…』

2019年に先行曲が出た「Father of All…」では、ファルセットに挑戦します。
本人は『Revolution Radio』後に方向を変えようと考えていましたが、慣れない声を試すのは恥ずかしかった。
デューガンに笑わないでほしいと断ってから録音したという話には、成功した歌手にも新しい歌声への照れがあることが表れています。

2020年のアルバム『Father of All Motherfuckers』では、慣れ親しんだ歌い手のイメージも動かしていました。

同じ2020年には、自宅で始めたカバーの企画が『No Fun Mondays』へつながります。
「I Think We're Alone Now」を手始めに選んだのは、本人が旋律を好きな曲や、少し意外に思われそうな曲でした。
自作曲の世界を広げる時期に、別の人が書いたポップソングにも、自分の声を置き直しています。

ビリー・ジョー・アームストロング(2020年掲載)
ビリー・ジョー・アームストロング(2020年掲載)。
画像出典:画像掲載元

このカバー企画では、イタリア語の「Amico」も歌っています。
イタリアのファンへの思いに加え、自身の祖先がヴィッジャーノの出身であることも、本人が語った背景です。
言葉や音楽の出自を越えるカバーが、自分から遠いものを借りるだけでなく、自分のルーツへ戻る機会にもなっていました。

「I Think We’re Alone Now」— ビリー・ジョーによるカバー(2020年)

『Saviors』で歌う、時間を重ねた自分のこと

2024年の『Saviors』では、「Dilemma」や「Father to a Son」に、生活の切実さが表れます。
前者について本人は飲酒をめぐる自身の経験を語り、後者では、親として失敗しながら学び、成長した子供と向き合うことを話しています。
『Dookie』で同世代に届いた「自分の知っていることを歌う」という姿勢は、扱う人生が変わっても続いています。

若い日の近さ、一人で歌う勇気、長い物語、二人で合わせる呼吸、慣れないファルセット。
ビリー・ジョーの変遷は、それまでの声を捨てるたびに起きたわけではありません。
自分を伝える歌の中へ、別の場面や相手を迎え入れることで、歌い手としての役割が増えてきました。
その選択を、発声や言葉の届け方から掘り下げたのがビリー・ジョー・アームストロングの歌い方です。

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