山崎まさよしが、ライブのバンドにキーボードを加えようかと相談したときのことです。
ベーシストの中村キタローから、反対する手紙が届きました。
弾き語り、3人のバンド、オーケストラとの共演。
その形が山崎には格好いい、と、わざわざ敬語で書かれていたそうです。
楽器を増やせば、音は厚くなります。
けれど山崎が3人のバンドについて語る魅力は、音の厚さより、その場で演奏を変えられることでした。
歌そのものがリズムを持ち、伴奏の演奏を変えていく。
独特の声だけでなく、その声と楽器がどう関わっているかをたどってみましょう。
「セロリ」は、ギター1本で生まれた
1996年に山崎が発表した「セロリ」は、翌年のSMAPによるカバーでも広く知られる曲です。
何人もの声が重なる形で覚えている人もいるでしょう。
しかし山崎自身がこの頃にしていた曲作りは、ギター1本を弾きながら歌うものでした。
2020年、さかいゆうとの対談で、山崎は「セロリ」などを書いていた頃を振り返っています。
先に大きな伴奏を作り、その上にメロディーを載せるというより、ギターを弾く指の動きと歌から曲を作っていたそうです。
曲が生まれる時点で、声とギターが一緒にあったのです。
さかいは、山崎が一人でライブをしても、バンドのときに比べて良さが落ちないことに注目していました。
その理由は、最初からギター1本で曲が成立していたことにあるのではないか、と。
楽器をたくさん重ねて初めて完成する歌と、声とギターでまず曲になる歌では、一人で歌うときの条件が違います。
録音でさまざまな楽器を加える前に、歌とギターだけで人に聴かせられる形があった。
弾き語りは、バンドが用意できないときの代わりではなく、山崎の曲作りの始まりでもありました。
歌を伴奏に合わせるだけではない
山崎は、ライブでCDの音を再現することに、あまりこだわってこなかったと話しています。
2015年に語っていたのは、自分のギターと歌、中村キタローのベース、江川ゲンタの打楽器による3人の演奏の面白さでした。
3人なら、出てきたアイデアを試し、アレンジを変えながら演奏を続けられる。
歌い方が変わることで伴奏が変わるし、伴奏のリズムが変われば、歌もそちらへ合わせていくそうです。
伴奏の完成形が先に決まっていて、歌手はそこへきちんと声を入れる。
山崎の説明は、そういう一方向の関係ではありません。
歌にもリズムがあるので、歌から演奏へ働きかけることができるのです。
ここでいう歌のリズムは、声の高さとは別のことです。
言葉をどんな間隔で並べ、どこまで伸ばし、どこで切るか。
同じメロディーでも、その動きによって、ゆったりした歌にも、前へ進む歌にもなります。
山崎が話すのは、伴奏のリズムを感じながら、その場の演奏に合う歌へ動かしていくことでした。
一方、あらかじめ用意した音を再生しながら演奏する方法では、その音の進み方に合わせる必要があります。
本人は、そこで拍を間違えると大変なことになる、とも話しています。
自由に演奏を変えたい山崎にとっては、音の数を増やす便利さより、動きを変えられることのほうが魅力だったのです。
山崎は、冒頭の手紙を受け取ったことも、そのままの編成で続けてきた理由として挙げています。
ただし山崎は、ピアノが必要な曲なら頼むとも言っています。
楽器を増やさないこと自体を決まりにしているわけではありません。
歌を真ん中に置いたときに、どんな組み合わせで演奏するのが面白いかを選んでいました。
ピアノと二人になれば、歌も別の表情になる
ピアノが加わった具体例が、2022年10月、ブルーノート東京での塩谷哲との共演です。
この日は山崎の歌とギターに、塩谷のピアノを合わせる二人のステージでした。
いつもの3人のバンドとは、曲を支える楽器も、一緒に音を出す相手も違います。

撮影:岩佐篤樹/写真出典:USEN encore
当日の第2部を伝えた公演レポートには、「Eyes On You」で歌声が力を増すのに合わせ、ピアノのタッチにも力が加わっていく様子が記されています。
サビでは塩谷もコーラスに加わりました。
一人が歌い、もう一人が決まった伴奏を弾いて終わるのではなく、二人で曲の盛り上がりを作る演奏です。
同じ公演の「セロリ」は、ボサノヴァのリズムによるアレンジでした。
ピアノのフレーズに合わせるのは、肩の力を抜いた歌い方でした。
ピアノが加わったから声量も増やす、という単純な変化ではないのです。
リズムと楽器の組み合わせによって、歌の力の入れ方も変わって聞こえます。
山崎のライブを知るときは、何の曲を歌うかに加えて、誰と、どんな楽器で歌うかも楽しみになります。
曲名が同じでも、歌の周りで鳴る音は同じとは限らない。
その演奏を受けて歌がどう変わるのかまで含めて、山崎の歌い方なのです。
自分へ戻ってくる響きも、歌いやすさを変える
歌に影響するのは、共演者の出す音だけではありません。
2015年、弦楽四重奏と共演した東京文化会館での取材では、山崎はホールで自分へ戻ってくる音の響きにも触れています。
その響きが心地よく、弦のアレンジに乗って、歌と言葉を響きとともに聴かせることへ集中できると話していました。
歌い手は、客席へ声を送ると同時に、自分へ聞こえてくる音も受け取っています。
この時の山崎の説明では、伴奏に応じてリズムを動かすことに加え、自分がどんな響きの中で歌っているかが重要でした。
力を足すことばかりを考えなくても歌へ集中できる、という本人の実感が伝わります。
もちろん、響きのあるホールなら機材の調整が不要になるわけではありません。
山崎は、会場の響きに音響設備をどう合わせるかはエンジニアが考える、とも述べています。
弦の演奏、会場の響き、それを整える音響があり、その中で歌手が言葉を届ける。
本人が感じた歌いやすさも、こうした舞台全体の条件と結びついていました。
トリオでの話では、歌から伴奏へ、その場で働きかける面白さが前に出ていました。
弦楽四重奏との話では、出来上がったアレンジに身を置き、言葉を響かせることへの集中が語られています。
同じ山崎の声でも、歌手がその場で引き受ける仕事は変わるのです。
声だけでなく、声に反応する楽器も聴きたい
山崎まさよしの歌のリズムは、伴奏の上に後から足されるものとは限りません。
ギターを弾きながら曲を作り、3人で演奏するときには歌から伴奏を変え、ピアノとの二人のステージでは別のリズムで歌う。
声と楽器が一緒に曲の形を決めていきます。
だからライブでは、歌声に加えて、歌と同時に周りの楽器がどう動くかにも耳を向けたくなります。
「セロリ」の言葉の運びとギター、「Eyes On You」で強まる歌とピアノ。
山崎の声を聴いているつもりで、実は共演者とのやりとりにも引き込まれているのかもしれません。
楽器を増やす相談に、わざわざ手紙が届いたことも、ここまで来ると少し分かる気がします。
山崎が3人のバンドに感じていたのは、音を厚くする以上に、歌と演奏をその場で変えていける面白さでした。
代表曲「One more time, One more chance」を何度も歌う意味は、本人の中で変わっていきました。
震災後のツアーから30周年を前にした言葉まで、山崎まさよしの歌声の変遷でたどります。







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