グレイシー・エイブラムスの歌い方|ささやく声と、感情があふれる声をどう使うのか

2023年、The Eras Tourで歌うグレイシー・エイブラムス グレイシー・エイブラムス
2023年、The Eras Tourで歌うグレイシー・エイブラムス

グレイシー・エイブラムスの歌には、そばで話しかけるような小さな声と、客席へ感情を押し出すような声があります。
特徴的なのは、いつも同じ力加減で歌うことではなく、言葉の切実さや曲の進み方に合わせて、声を近づけたり、外へ開いたりすることです。
「Amelie」の録音や「Risk」のライブを見ていくと、静かさと強さが別々の持ち味ではないことが分かります。

息の混じる声が、言葉を近くに感じさせる

初期の『minor』で印象を残したのは、息の混じる柔らかな声と、日記を読ませるような言葉の組み合わせでした。
グレイシーは、ジョニ・ミッチェルの歌を、自分と相手だけが分かり合っているように感じてきたと話しています。
音楽を遠くから眺めるものではなく、私的な気持ちを置ける相手として受け取っていたのです。

息の混じる音色では、はっきり鳴る声だけでなく、空気が通るような質感も耳に入ります。
それが小さな音量や個人的な言葉と重なると、すぐそばで話を聞いているような印象につながります。
ただし、録音の近さにはマイクや音作りも関わります。
作品の声が近く感じられることと、生の声量が小さいことを、そのまま同じ意味にすることはできません。

制作を共にするアーロン・デスナーも、声の親密さと、物語を伝える力を重視しています。
伴奏を華やかにする場面でも、声が持っている自然な感情の動きを作品の中心に置く。
声の小ささだけで、グレイシーらしさを作ろうとしているわけではありません。

2020年の取材に掲載されたグレイシー・エイブラムス。撮影:Vince M. Aung
2020年の取材に掲載されたグレイシー・エイブラムス。撮影:Vince M. Aung。
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「Amelie」は、壊れそうな気持ちを重くしない

『Good Riddance』の「Amelie」では、歌とギターを一度の演奏で録っています。
グレイシーは、この曲の出発点にあった気持ちがとても繊細で、その感触を音にも残したかったと説明しています。
音を加えて重くするより、そのときの声とギターが持っていた軽さを残す選択でした。

繊細な気持ちを語る曲に、声を一律に強くする仕上げが必要とは限りません。
この録音では、その場の演奏が持つ細やかな表情を残すことに意味があります。
「Amelie」の静かさは、歌の内容を音へ結びつけようとした、本人の判断によるものなのです。

同じアルバムには、脈打つようなリズムで進む「I Know It Won't Work」も入っています。
相手に応えたい気持ちと、自分の本心を裏切りたくない気持ちがぶつかる曲です。
「Amelie」と同じように内面を扱っていても、曲が進む勢いは違う。
静かな伴奏だけを選ぶのでなく、気持ちの動きに合わせて歌を置くことで、親密さを保ったまま音楽を前へ進めています。

声を大きくするのは、感情が動くとき

『The Secret of Us』では、冒頭の「Felt Good About You」が抑えた声と繰り返しで始まり、その後に「Risk」の強い気分が続きます。
同じ人の声でも、ためらいを抱えたまま話すような場面と、気持ちが先へ走ってしまう場面とでは、聞こえ方が変わる構成です。
アルバムの中で、その差自体が感情の流れを作っています。

本人も、この作品では感情を表すために、歌唱の音量を上げる必要があったと話しています。
大きい声を出せることの証明より、今はこの気持ちを抑えて歌いたくない、という選択が先にある。
ささやくような声から外へ開く声へ動く理由が、歌の内容と結びついています。

2024年10月9日のボストン公演では、「Risk」のサビを重ねるにつれて、声も大きくなっていきました。
最初から最大の勢いを出して、そのまま押し通す形ではありません。
同じサビが戻ってきても、そこまでに積み重なった気分によって、声の強さが変わります。
観客の声も加わる場面では、録音の中にあった高ぶりが、会場全体の出来事になります。

同じ日の「I Miss You, I'm Sorry」や「Good Luck Charlie」では、静かで余韻のある歌が印象を残しています。
「Risk」や「Blowing Smoke」の強い歌唱と、こうした曲を一つの公演に並べていたのです。
グレイシーの歌い方は、強く歌う能力を得たら静かな声を使わなくなる、という関係ではありません。
曲の気分に戻れる静かな声があるからこそ、声を張る場面の熱も際立ちます。

2024年10月9日、ボストンのMGM Music Hall at Fenwayで歌うグレイシー・エイブラムス
2024年10月9日、ボストンのMGM Music Hall at Fenwayで歌うグレイシー・エイブラムス。
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曲の途中で、声の役割を変える

「Free Now」は、ゆっくりと熱を増していく曲です。
一つの感情を最初から完成した強さで提示するのでなく、歌い進むことで気持ちが形を変えていく。
短いフレーズの印象だけで捉えるより、曲の前後でどこまで声が開いていくかを追うと、その展開がつかみやすくなります。

ボストン公演の「us.」では、最初の部分をピアノで歌った後、立ち上がって、声をさらに強くする展開がありました。
原曲でテイラー・スウィフトが受け持つ部分には、観客の歌を迎えています。
一人の声をずっと聞かせる曲から、客席と受け渡す曲へ、歌う相手まで変わっていく場面です。

声の強弱は、単に小さい音を大きい音へ変える操作ではありません。
ピアノのそばで言葉を置く時間と、立って客席へ歌を渡す時間では、聴く側との関係も変わります。
内向きの言葉を一緒に歌えるものへ開いていく動きが、ライブでのグレイシーの歌を支えています。

厚みを増した声にも、会話のような揺れを残す

2026年の『Daughter from Hell』でも、声のざらつきや息の混じる質感は残っています。
「Hit the Wall」「Imaginary Friend」「Afflictions」では、会話に近いリズムで言葉を運んでいます。
メロディーを均等な強さでなぞるより、話すときのような言葉の動きを感じさせる歌です。

「The Knife」は、ゆっくりしたピアノからオーケストラへ広がり、声も力を増していきます。
一方、「Good Reason」や「Afflictions」には静かな歌が残り、同じ作品のなかで強い声と控えめな声を行き来しています。

タイトル曲「Daughter from Hell」では、より重みのある声の出し方も印象を残します。
ここで増えた厚みは、以前の息遣いや話し言葉の感覚を全部消したものではありません。
言葉を近くで伝える質感を残しながら、曲が必要とする場面では、声の重さを変えられるようになっています。

同年7月、ニューヨークのバワリー・ボールルームで披露した「Humming」には、その近さを別の形で作る場面がありました。
観客に音を伸ばしてもらい、その声を機材で録って繰り返し、自分の声も重ねて歌ったのです。
客席にサビを歌ってもらうだけでなく、観客の声そのものを、その日の伴奏の一部にしています。

会場が小さいから自動的に親密になるのではなく、そこにいる人の声を受け取り、歌のなかへ入れる。
録音では近くに感じられる一人の声が、ライブでは複数の声を結びつける中心にもなります。
この場面では、大きく歌って全員を圧倒することとは違う方法で、客席との距離を縮めていました。

グレイシー・エイブラムスの歌い方をつかむには、「Amelie」で残した繊細さと、「Risk」で繰り返し強まる声の両方が手がかりになります。
近くで打ち明ける声を持ったまま、気持ちがあふれる場面では声を開き、ときには客席の声も迎える。
ささやく声の人という印象を超えて、自分の言葉をどんな距離で渡すかを選んでいる歌手なのです。
その選択肢が増えてきた過程は、グレイシー・エイブラムスの歌唱変遷でたどっています。

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