グレイシー・エイブラムスの小さな声には、家のなかで誰にも聞かれずに歌いたかった頃の習慣が残っています。
その声で作品を発表した人が、やがてステージで観客と一緒に歌い、曲によっては声を強く張るようになりました。
声の変化をたどると、音量の違いとともに、自分の歌を誰かに聞かせることへの向き合い方も見えてきます。
人に聞かれないように歌っていた頃
子どもの頃のグレイシーは、ピアノに向かっていても家族の足音がすると、その場から逃げていたといいます。
家族に音楽を禁じられていたわけではありません。
書いたことも歌うことも、自分だけの場所に置いておきたかった。
初期の静かな歌声を考えるうえでは、この人前に出ることへのためらいが大切です。
2019年にデビューし、2020年には最初の作品集『minor』を発表します。
2021年の『This Is What It Feels Like』を経て、2023年に初のフルアルバム『Good Riddance』へ進みました。
作品を重ねる前から完成した大舞台の歌手だったのではなく、曲を公開する経験と、人前で歌う経験を少しずつ積んでいった人です。
『minor』の時期には、自室からZoomで歌を届けるライブも行っています。
参加者を約100人に絞った催しで、最初のツアーの舞台は自分の部屋でした。
私的な場所で生まれた歌を、同じ場所から顔の見える相手へ渡す形だったのです。
この段階では、録音で声を届けることと、広い会場の観客を前に歌うことを分けて考える必要があります。
作品のなかで親密に感じられる歌声があっても、本人が人前で歌うことに慣れているとは限りません。
次の転機は、その歌を持って実際に客席と向き合ったことでした。
2021年、人前で歌う時間が自信につながる

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2021年のツアーを終えたグレイシーは、始まる前に想像していた以上に、ライブを恋しく感じていました。
不安が強かった人が、自分の曲を知っている観客と同じ時間を過ごし、ステージに少しずつ慣れていく。
ツアーで心の状態がよくなったとも話しており、歌を聞かせる場が、ただ怖い場所ではなくなっていきます。
同じ頃に制作した「Rockland」では、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとの共同制作も始まりました。
彼との作業では、自分を取り繕う必要がなく、安心して書けたといいます。
観客の前へ出ていく経験と、制作中に自分を隠さずにいられる相手。
その両方が、次の作品を作る土台になりました。
『Good Riddance』で、小さな声を作品の中心に置く
2023年の『Good Riddance』では、ロサンゼルスを離れ、ニューヨーク州の自然に囲まれた場所でデスナーと制作しました。
グレイシーは、街で作っていた頃とは不安のあり方が違い、もっと好奇心を持って曲へ向き合えたと振り返っています。
静かな環境は、声を引っ込める場所というより、自分の内側を詳しく言葉にするための場所でした。
デスナーが大切にしたのは、彼女の声にある近さと、感情の伝わり方です。
『Good Riddance』には、繊細なフォーク調の「Amelie」も、電子的な音作りを加えた「I Know It Won't Work」もあります。
伴奏を一種類にそろえるのでなく、彼女の声の自然な強弱によって、一つの作品としてつなげていきました。
本人が当時、ライブを楽しみにしていた曲の一つも「I Know It Won't Work」でした。
リハーサルでのアレンジに気持ちが高まっていたと話しています。
内面の難しい感情を扱う曲でも、歌う時間まで沈んだ気分に固定されるわけではない。
自分の書いた歌がバンドの演奏で動き出す面白さを、ステージへ持っていこうとしていたのです。
この頃には、ライブで試す余裕も生まれていました。
一方で、続く公演のなかでは声を休める時間も必要になります。
歌うことへの自信と、毎晩歌う声をどう保つかという課題は、一緒に育っていきました。

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『The Secret of Us』では、感情が大きな声を求めた
2024年の『The Secret of Us』では、友人のオードリー・ホバートとの共同作業が、作品の気分を変えます。
恋愛の出来事を話し、笑ったり、細部を思い出したりしながら曲を書く。
「Risk」も、まだ会ったこともない相手に気持ちが先走るような状態を扱っています。
一人で思い詰めて書くときとは違う勢いが、歌へ入ってきました。
グレイシー自身、この作品で歌唱も音作りも大きくなったのは、扱っている感情がそれを求めたからだと説明しています。
前作で内側へ向かっていた表現が、今度は思わず叫びたくなる気分へ動いた。
大きな会場の空間を満たすような音楽を作りたいという意識もありました。
その変化をよく示すのが「Close to You」です。
2017年に一部を公開していた曲ですが、長く、自分の静かな音楽とは合わないと感じていました。
2024年の作品では、その明るく勢いのある曲も収められるようになったのです。
ここで起きたのは、昔の曲を出す機会ができたということだけではありません。
以前は自分の音楽の外にあると思っていた曲が、現在の作品のなかで居場所を得ています。
静かに歌う人という自己像を守るより、その時点で表したい感情に合わせて、歌の大きさを選べるようになったと考えられます。
大きな会場を経験し、声を学び直す
2025年には、その年からボーカルコーチと取り組み始めたことも明かしています。
すでに多くの観客の前で歌うようになった後も、自分の声の扱い方を学んでいました。
2026年の『Daughter from Hell』では、さらに大きな会場で演奏する経験が、作る曲へ返ってきます。
前のツアーでどんな歌が必要だと感じたかが、次の作品を考える手がかりになりました。
最初から決めた構想へ曲を押し込むのでなく、実際に生まれてきた曲を受け止めながら作った作品です。
デスナーも、以前の閉じた部屋のような親密さから、もっと大胆で輪郭のはっきりした音へ進んだことを語っています。
ただし、その中心にある感情まで別のものに変わったわけではありません。
自分の弱さを詳しく書く人が、より広い場所へ向けて、それを伝える音を探した変化です。
2026年には、初期よりも温かみや厚みを増し、強く歌う声を使うようになったことも指摘されています。
小さな声を特徴として知られた後に、その特徴の外側を育ててきたのです。
「Humming」では、視線も自分の関係や出来事だけにとどまりません。
本人は、この曲で世界へ目を向けていることを話しています。
私的な日記のような歌から出発した人が、外で起きていることと、自分がどう生きるかを歌へ持ち込んでいます。
声を向ける先が広がったことと、書く内容が広がったことは、この時期の作品を考える二つの手がかりになります。
グレイシー・エイブラムスの変遷を、ささやき声から大きな声への一本道と捉えると、大切な部分を見落とします。
変わってきたのは、自分を隠すために小さくしていた声を、聞かせたい気持ちに合わせて使えるようになったことです。
静かな歌も、感情を外へ押し出す歌も、自分の経験を誰かと分け合うための表現として残っています。
曲のなかでその強弱をどう使うかは、グレイシー・エイブラムスの歌い方で詳しく見ていきます。

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