パヴァロッティの歌を、高い音の瞬間だけで聴くのは、少しもったいないことです。
その前の旋律をどう運び、言葉をどう届かせ、弱い声をどこで選ぶのか。
本人が残した経験をたどると、華やかな響きの中に、細かな判断があることが分かります。
高音の前から、歌は始まっている
パヴァロッティは、高音へ上がる途中の歌い方を重く見ていました。
声の扱いが難しくなるファ、ファのシャープ、ソのあたりで響きを開きすぎると、その先の高音で困ると説明しています。
「誰も寝てはならぬ」でも、最後の高音だけを待つのでなく、その直前の運びを聴けば、うまくいくか分かるというのです。
頂点の音は、そこまでの声の使い方を引き継いでいます。
若い頃に「女心の歌」を歌った際には、途中まで快調だったのに、最後の高音で苦労したと振り返っています。
その瞬間だけ急に真剣になり、陽気な公爵を演じていた表情まで変わってしまったというのです。
本人にとって、発声の準備と人物の気持ちは別々ではありません。
難しい音を意識しすぎて、それまでの歌の流れを変えてしまうことも、課題だったのです。
息の長さを、フレーズの自由へつなげる
サザーランドとの共演で学んだのは、長いフレーズを支える呼吸でした。
ボニングは、彼女が非常に良い呼吸法を持ち、パヴァロッティがそれを意識して吸収したと話しています。
息が続けば、歌詞や旋律の途中で都合よく切ってしまわず、そのまとまりを保って歌えます。
高い音に届く力と、そこへ至る長い線を保つ力が、一つの歌の中で結びついているのです。
1972年の「誰も寝てはならぬ」の録音は、その歌を考える具体例になります。
担当したロックによれば、アリアはほぼ一度の通しで録られ、メータはパヴァロッティのフレーズに合わせて指揮していました。
完成した高音だけを切り出して作るのでなく、歌い手と伴奏が一緒に流れを作った録音です。
息の長さは、その流れの中で、旋律を自分の言葉として運ぶために使われています。

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明るい響きの中に、言葉を残す
テノールのフアン・ディエゴ・フローレスは、パヴァロッティの歌の明瞭さを、言葉や母音と結びつけて語っています。
イタリア語の言葉が理解できることも、魅力として挙げました。
響きが華やかでも、何を歌っているかが曖昧にならない。
その両立が、声を単なる美しい音から、人が語りかける歌へ変えています。
声楽教師のデイヴィッド・L・ジョーンズが記憶していた、本人の練習法も具体的です。
まず、アリアの各フレーズを、イタリア語の小さな「ウ」の母音で歌う。
次に、その感覚を保ちながら曲にある母音を歌い、最後に、旋律の線を遮らないように子音を加えるというものでした。
これは、完成した歌の言葉をすべて「ウ」に変えるという話ではありません。
母音でつないだ声の流れに、言葉を戻していく練習です。
歌詞をはっきり伝えようとすることと、旋律を滑らかに運ぶことを、同じフレーズの中で両立させようとしていました。
一つひとつの言葉が聞こえるのに、歌が細切れにならない。
その良さには、こうした声と言葉を結ぶ準備があったのです。
彼のフレーズには、イタリア語の自然な抑揚を生かす良さもありました。
メトロポリタン歌劇場での歩みを振り返る記録でも、言葉を聞き取りやすくし、その起伏を旋律の中へ持ち込む力が評価されています。
『連隊の娘』のトニオを楽しむときにも、高音の回数に加えて、言葉を持った人物がそこにいることへ耳を向けたいところです。
声の輝きと芝居の楽しさは、同じ一節の中にあります。
1968年の録音/リチャード・ボニング指揮。
弱い声は、ただ音量を下げれば完成するわけではない
『椿姫』の「パリを離れて」を弱く歌うことには、本人も苦労しました。
最初の一年は強く歌っており、弱くすると音程が低くなりやすかったと話しています。
そこで、声が出なくなったつもりで歌うという感覚を試すと、自然なごく弱い声が出たと振り返りました。
ここで興味深いのは、強い声を持つ人にも、弱く歌うための別の発見が必要だったことです。
小さくしようとするだけでは、音程を保つことさえ難しかった。
本人の感覚的な言葉をそのまま誰にでも通じる手順にはできませんが、歌の強弱を作る作業の具体的な難しさが伝わります。
1983年、シドニー・オペラハウスでのガラ公演。
会場の響きによって、使える声の色が変わる
パヴァロッティは、音響の良い会場では多くの声色を使える一方、悪い場所では声を押し出すほうへ向かいやすいと説明しています。
持っている声を、その場でどう使うかまでが、歌の仕事だったのです。

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先人の歌から、答えの出し方を学ぶ
新しい作品へ取り組むとき、パヴァロッティは、それを歌った先人の録音を調べていました。
注目したのは、ある一節へどう入るか、音をどう保つかといった、具体的な解決の仕方です。
そのうえで、自分の歌い方を作ると説明しています。
有名な歌手と同じ声になることを目指すのでなく、その曲にはどんな難しさがあり、どんな答えがあり得るのかを知る。
一つの音を長く保つ場合にも、その前からどう運んできたのかを含めて考える。
彼が自分らしい声で歌うために、他の歌手をよく学んでいたことは、聴く側にとっても面白い手がかりです。
「Caruso」を、オペラと同じ真剣さで歌う
ルーチョ・ダッラの「Caruso」について、パヴァロッティは、昔のクラシック作品とも比べられる名曲だと評価していました。
オペラと、それ以外の歌を録音するときの向き合い方を尋ねられても、どちらも同じように真剣で、大切だと答えています。
一方で、自分にとって舞台で演じるオペラが中心であることも、はっきり語りました。
別のジャンルを歌うときにも、歌手として大事にするものを手放す必要はない。
作品の価値を受け取り、自分の声でどう成立させるかを考える姿勢が、彼の選曲と解釈をつないでいました。
『Ti Adoro』(2003年)収録の録音。
『Ti Adoro』にも、その姿勢は続いています。
パヴァロッティは、オペラの歌手が広く親しまれる歌を歌うことを、カルーソ以来の流れの中で考えていました。
この作品にも「Caruso」が収められています。
新しい取り組みをする時にも、自分が受け継いできた歌の歴史とのつながりがありました。
パヴァロッティの歌を楽しむときには、高音を待ちながら、その手前の一節も聴いてみる。
言葉の明瞭さや、強く歌わない場面にも目を向ける。
そうすると、一音の華やかさだけでは見えなかった、歌を長く運ぶ工夫が浮かび上がります。
時期ごとの声と作品選びについては、パヴァロッティの歌声の変遷でたどっています。

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