吉田美奈子の歌い方|ソロでもコーラスでも、周りの音を生き生きさせる声

横を向き微笑む吉田美奈子 シンガー
公式プロフィール掲載写真。写真:UNIVERSAL MUSIC JAPAN

吉田美奈子のライブには、客席が歌い、本人がその歌にコーラスをつけた夜があります。
聴きに来た歌手が、自分たちの歌にハーモニーを重ねてくれる。
客席に歌を任せたあと、自分は声を添える側になる。そんな役割の交代があったのです。

吉田美奈子の魅力を声量だけで説明すると、こうした面白さを取りこぼしてしまいます。
ソロを歌うとき、ほかの歌手と声を重ねるとき、バンドの演奏に加わるとき。
声の使いどころが変わることで、音楽全体の表情も変わっていきます。

1977年の「恋は流星」は、吉田自身が詞と曲を書いた作品です。
シングルの「パート1」は、同年のアルバム『TWILIGHT ZONE』に入った版とは異なります。
歌詞のある旋律に加え、声と楽器が一緒に鳴る響きにも耳を向けてみてください。
歌手としての声と、曲を作る人としての工夫を、同じ一曲の中で楽しめます。

ゲスト歌手が、最初からバンドの一員になった

2016年、吉田は鈴木茂とハックルバックの公演にゲストとして出演しました。
ハックルバックは、鈴木が1975年のソロ作『BAND WAGON』の曲を演奏するために結成したバンドです。
短い活動期間を経て解散し、このときは期間限定で復活していました。

ゲスト歌手と聞けば、途中で呼び込まれて数曲歌う姿を思い浮かべるかもしれません。
ところが吉田は、ほかのメンバーと一緒に最初から登場します。
一曲目ではタンバリンを鳴らし、二曲目の「砂の女」ではコーラスに加わりました。
自分の出番を待つのではなく、鈴木が歌っている曲にも声を重ねていたのです。

この場面を知ると、彼女の歌を聴く楽しみが少し広がります。
メインの旋律を歌っていない時間にも、その声が曲に何を加えているのか。
二人の声が同じタイミングで鳴ることで、言葉が強く聞こえたり、旋律に厚みが生まれたりします。
吉田の声は、ソロになった瞬間だけを待って聴くには惜しい声なのです。

歌いやすい言葉は、書くときから選ばれている

取材で話を聞く吉田美奈子
2012年の取材より。写真:芸団協CPRA

声をほかの音とうまく合わせる仕事は、歌う前にも始まっています。
吉田は、自作曲だけでなく、山下達郎をはじめとする歌手への作詞も重ねてきました。
そのとき大切にしているのが、歌う人が滑らかに歌える言葉です。
日本語と英語で韻を踏むなど、意味と音のつながりを一緒に考えてきました。

ただ、滑らかなら必ず歓迎されるわけでもありません。
本人は、言葉が流れてしまって内容が残らない、と言われたことも明かしています。
それでも、歌いやすさと、韻によって意味が広がる面白さを追い続けています。

ここには、吉田の歌い方を考える手がかりがあります。
たとえば、意味を強調するために一語ずつ区切ると、言葉は目立ちますが、旋律のつながり方も変わります。
吉田が重視する歌いやすさは、言葉を一つのフレーズとして気持ちよく歌えることにも関わるのでしょう。
歌詞を読み取る楽しみに、言葉そのものが音楽として流れる楽しみが加わります。

「恋は流星」も、歌詞の意味を読むときと、言葉を含めた声の動きを聴くときでは、注目するところが変わります。
詞を書いた人と歌う人が同じだからこそ、言葉の選び方まで含めて歌を楽しめるのです。

山下達郎とのコーラスは、二人で作る歌だった

山下達郎の作品を聴いて、吉田美奈子の声に出会った人もいるでしょう。
二人は互いの録音に関わり、吉田は「BOMBER」の作詞とコーラスも担当しています。
「SPARKLE」のコーラスや「FUNKY FLUSHIN’」の掛け合いも、二人の組み合わせを楽しめる曲です。

コーラスには、主旋律と別の音を重ねて響きを広げる役割があります。
掛け合いなら、一人が歌ったあとにもう一人が応じることで、曲の進み方に勢いがつきます。
音を伸ばすだけではなく、どこから歌い始め、どこで切るかまで一緒に聴くと、二人で歌う面白さが見えてきます。

特にコーラスは、声の出だしだけでなく、伸ばした音の終わりにも注目したくなります。
声を切るところがそろうと、その後の楽器の音や次のフレーズも際立ちます。
吉田がほかの歌手の作品でも印象に残るのは、その声が曲の一部分を担いながら、はっきりと存在感を持つからでしょう。

共演相手の声をもう少し知りたい方には、明るく聞こえる声と裏声の関係を扱った山下達郎の歌い方もあります。

曲を作る側から、歌全体を考える

取材で笑顔を見せる吉田美奈子
2012年の取材より。写真:芸団協CPRA

吉田は曲作りや編曲も手がけ、録音では一人でコーラスを重ねる仕事もしてきました。
自分の声だけを考えている歌手ではありません。
歌と楽器を合わせたときに、どんな音楽になるかを考える立場でもあります。

曲のデモをミュージシャンに渡す際には、自由に演奏してほしいと伝えることがあるそうです。
それでも演奏家たちは、吉田の書いた音符が面白いからと、元のアレンジに近い形で演奏することがある。
歌い手としての個性だけでなく、曲を組み立てる時点でも、彼女らしさが生まれているのです。

そんな吉田が他人の曲を歌うときは、どう考えているのでしょう。
2016年、「春よ、来い」を収めた『calling』で日本プロ音楽録音賞のベストパフォーマー賞を受けた際、彼女はカバーへの姿勢を説明しています。
作り手が大切にした思いを理解し、曲を書いた本人にも、その曲をもっと好きになってもらえるように歌いたい、という考えでした。

自作曲では、歌と楽器の組み合わせを考える。カバーでは、作り手が大切にした思いを歌で表す。
どちらにも、自分の声で曲の魅力をどう伝えるか、という関心があります。
よく知る旋律が彼女の声でどう変わるかだけでなく、その歌から曲のどんな魅力が伝わるかも、聴いてみたくなります。

客席が歌ったら、自分はハーモニーを重ねる

冒頭の出来事は、2012年の六本木スイートベイジルでのライブです。
吉田が客席に歌おうと呼びかけ、みんなが歌い始めると、今度は本人がコーラスをつけました。
歌を任された客席と、それに声を重ねる歌手。
その時間には、舞台の上と下で歌う役割を分け合う楽しみがあったのでしょう。

コーラスに回ることは、存在感が薄くなることとは限りません。
誰かの声を聴き、その声に自分の歌を加えることで、相手の歌まで違って聞こえる。
吉田美奈子の声には、そんな使い方を知るほどに面白くなる魅力があります。

ソロの名唱を聴く。山下達郎との掛け合いに戻る。バンドの中でコーラスを歌う姿を思い浮かべる。
いずれも別々の仕事に見えて、周りの音を聴きながら歌全体を作る、という点でつながっています。
あの声を聴きたいと思ったとき、主旋律以外にも楽しみがある。
それが、吉田美奈子という歌手を追いかける面白さです。

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