静かな曲では、小さい「っ」をなるべく使わない。
フジファブリックの志村正彦は、歌詞を書くときの工夫として、そんな話をしています。
言葉の意味だけでなく、歌ったときに音がどうつながるかまで考えていたのです。
志村の歌声には、一度気になると忘れられない独特の癖があります。
その個性は、声そのものだけを取り出すより、言葉の選び方やバンドの演奏と一緒に考えると面白くなります。
素朴に聞こえる一節にも、歌として伝わるようにする工夫があるからです。
2007年の「若者のすべて」も、懐かしい夏の風景だけを歌った曲ではありません。
過ぎた時間を思いながら、それでも先へ進もうとする歌です。
志村の言葉と声が、どうやって一つの気持ちを伝えるのか。そこから彼の歌い方を見ていきましょう。
小さい「っ」を避けると、歌はどう変わるのか
志村がこの工夫を話したのは、2002年のミニアルバム『アラカルト』の頃です。
演奏のおおよその雰囲気が決まってから、そのイメージとリズムに合う言葉を考えていました。
静かな部分では、小さい「っ」を避けることもあったといいます。
言葉を細かく区切るより、なだらかに続けて歌えるようにする工夫と考えると分かりやすいでしょう。
たとえば、普段の会話でも「きっと」と言うと、真ん中で一度言葉が詰まり、次の「と」に力がつきます。
こうした短い止まり方は、歌ではリズムのアクセントになります。
反対に、音を途切れさせずに続けたい場所では、その止まり方が曲の雰囲気を変えてしまうこともあります。
歌う段階で声を柔らかくするだけでなく、書く段階で言葉の音を選んでおく。
志村にとって歌詞は、メロディに意味を付ける文章であると同時に、歌い方を作る材料でもありました。
もちろん、すべての曲から「っ」を取り除いたという話ではありません。
曲の静けさや勢いに合わせて、言葉の響き方を変えるということです。
志村の歌を聴くときも、声の癖だけでなく、短く切れる言葉と、続いていく言葉の違いに注目すると、フレーズの表情を楽しめます。
「若者のすべて」のサビで、ピアノが和音を減らした理由

言葉をどう歌うかは、周りで何が鳴っているかにも関わります。
「若者のすべて」のサビで、キーボードの金澤ダイスケは、いくつもの音を重ねる和音を使わず、同じ音名を一オクターブ離して弾く方法を選びました。
制作中、二人のギタリストがいるところへピアノの和音も重ねると、それぞれの音が聞き取りにくくなったことがきっかけでした。
金澤は、ピアノの音を整理することで、そこに歌い手の気持ちが乗るようにしたかったと振り返っています。
サビは、曲の中で感情が大きく動く場所です。
だからこそ、伴奏のすべてが一斉に厚くなる方法もありますが、この曲ではピアノが音を絞っています。
その中で志村が歌うため、声と言葉に耳を向ける余地が生まれます。
これは、歌手一人の声量や歌い回しだけでは説明しきれない工夫です。
歌の気持ちをバンド全体で伝えようとすると、楽器が何を弾くかだけでなく、何を弾かないかも大切になる。
「若者のすべて」を聴き直すなら、歌に続いてピアノにも耳を向けたくなります。
同じ「茜色の夕日」でも、昔の気持ちでは歌えなかった
言葉の音を丁寧に選んでも、その言葉に込める気持ちは、時間とともに変わります。
志村が2005年に「茜色の夕日」を録り直したときも、歌詞の受け止め方は以前と違っていました。
18歳の感覚には戻れなくても、東京で年月を重ねた自分なら、別の気持ちで歌える。
当時の志村は、そんな変化を語っています。
上京した頃の東京は、孤独を感じる場所でした。
けれども時間がたつと、バンドや暮らしの中に、自分の居場所ができていました。
今まさに抱えている寂しさを歌うのか、昔の自分を思って歌うのか。
同じ言葉でも、歌う人の立っている場所によって意味は変わります。
再録には、そうした変化を歌にする面白さもあるのでしょう。
「茜色の夕日」の再録を知ると、志村の歌を、変わらない癖だけで説明するのはもったいなく感じます。
よく知る歌詞にも、そのときの彼が感じた思いが加わっているのです。
懐かしい景色の向こうに、これからの時間がある

「若者のすべて」に戻ると、志村が過ぎた時間だけを見つめていたわけではないことにも気づきます。
本人は発表当時、この曲を、先へ進み出さなければいけない歌だと説明していました。
懐かしさは、元いた場所に戻りたい気持ちとも結びつきます。
けれど、この曲の主人公は、思い出を消したから歩けるようになったわけではありません。
忘れられないものを持ったまま、次の時間へ進もうとしている。
そう読むと、切なさと前向きさが同じ歌にある理由が分かります。
歌の結末を知ってから、もう一度最初へ戻ってみる。
すると、夏が終わっていく風景にも、ただ寂しいというだけではない気持ちを重ねられます。
志村の声を、悲しげか明るいかの二つに分けず、言葉が進むにつれてどう感じられるかを聴く楽しみが生まれます。
志村は2009年に亡くなりましたが、歌声は録音に残っています。
2019年の『ミュージックステーション』では、その声を使い、山内総一郎の歌から志村の歌へ切り替わり、終盤には二人の声が重なる演奏が披露されました。
曲が新しい聴き手へ届いていく一方で、最初にその言葉を歌った声にも出会える。録音には、そんな力もあります。
癖のある歌を、いろいろな人に届けたかった
志村は2004年の時点で、音楽に詳しい人だけが聴くバンドを目指しているわけではない、と話していました。
音楽として豊かなことと、高校生にも聴いてもらえること。その両方を望んでいたのです。
独特の歌声や曲の展開は、人によっては最初に戸惑うところかもしれません。
けれど、その癖をきっかけに、歌い方そのものへ関心を持つ人もいます。
ORESAMAのぽんは、学生時代に「若者のすべて」からフジファブリックを好きになり、のちに曲ごとに癖のある歌い方を取り入れるうえで、志村からの影響を挙げています。
志村の歌い方を知ることは、声を分類して名前を付けるだけでは終わりません。
小さい「っ」を選ぶかどうか。同じ歌詞を今の自分がどう受け止めるか。歌のそばでピアノが何を弾くか。
そうした具体的なことが、一つのフレーズの印象を作っています。
「若者のすべて」が好きなら、次は「茜色の夕日」の言葉に向き合ってみる。
言葉の響き方に注目したあと、その言葉をどんな気持ちで歌っていたのかにも思いを巡らせる。
志村正彦の歌には、声を覚えたあとにも、言葉と音の関係から聴き直せる面白さがあります。

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