Rihwaの歌声はどう変わった?「春風」の高音から、声を小さく届ける選択へ

自転車と一緒に写るRihwa Rihwa

「春風」でRihwaを知った人には、まっすぐ伸びる声と大きなサビの印象が強いかもしれません。しかし本人が後に語った転機は、さらに大きな声を出せるようになったことではありません。2018年には「通る声」を取り戻して高音を意識し、2022年にはKTタンストールの指示で、それまで出したことがないほど小さな声を録音しました。一見反対の方向に見える二つが、彼女の歌の幅を広げています。

Rihwaは北海道出身で、カナダへの留学を経て2012年にデビューしたシンガーソングライターです。バラードのヒットの陰で、本人はずっとポップスとカントリーを自分の根と考えていました。その思いが、録音の仕方や声の大きさとどう結びついたのか。本人と制作に携わった人の言葉をもとに、作品をたどります。

2012〜15年――「春風」が広めた声と、本人が考えた自分の根

2012年のデビュー曲「CHANGE」には明るいポップスを歌うRihwaがいます。翌2013年の「Last Love」、2014年の「春風」がドラマを通じて届くと、恋愛を歌うバラードの人という印象も強くなりました。本人は2015年の取材で、路上ライブでもバラードのときに人が立ち止まりやすく、声とバラードの相性を感じていたと話しています。聴き手に認められた歌を、本人も否定していません。

ただ、その取材でRihwaは、バラードを自分の「根」ではなく、太い「枝」の一つにたとえました。ポップで分かりやすい「CHANGE」や「Snowing Day」のほうが自分らしく、カナダで親しんだカントリーをこれから深めたいというのです。「春風」で確立したように見えた歌声は、当人にとって完成した型ではありませんでした。

その気持ちは、2014年の初アルバム『BORDERLESS』にもあります。「春風」を収める一方、「カラフル」は当初のバンドサウンドに四つ打ちのビートを試し、ロックと組み合わせました。Rihwa自身は、そこで新しい自分らしさが生まれたと話しています。大きく歌うバラードがヒットした年にも、ポップな曲で身体が動く感覚を探していたのです。

Rihwaが写る『春風』のジャケット
Rihwa『春風』のジャケット写真 出典:TOY'S FACTORY

「Snowing Day」は、バラードが続いた後に本人が「やっと出せる」と感じた元気な曲です。冬の厳しさを知る北海道出身者として、雪の憂鬱と心が弾む面の両方を歌にしました。声を大きく伸ばす曲から、言葉とメロディーの弾みを前に出す曲へ。初期から二つの方向が共存していたことが分かります。

2017〜18年――「通る声」を取り戻し、カントリーを現代の音へ

2017年に声帯ポリープの除去手術を受けたことを、Rihwaは翌年の取材で明かしています。本人によると、その前には声がハスキーに変わっていました。手術後、自分本来の通る声が戻ったと感じ、以降は高音を地声で通す感覚を以前より意識して歌うようになったそうです。これは医療上の効果を外から判定した話ではなく、歌い手自身が語る声の捉え直しです。

同じ時期、4年半ぶりのアルバム『WILD INSIDE』へ向けて、歌いたい音楽もはっきりしていきました。KTタンストールとの出会いが制作を動かし、Rihwaが望んでいたカントリーは、懐かしい様式の再現ではなく現代的なサウンドとの組み合わせに向かいます。KTと共作した「Sun Comes Up」は、その方向を形にした一曲です。「春風」以後の高音を保ちながら、自分のルーツを一つの音楽ジャンルとして前に出しました。

Rihwaは、制作者から自分の歌にカントリーの要素がにじんでいると言われて驚いたとも話しています。好きなジャンルを外から貼り付けるのではなく、すでに声や曲作りにあるものを見つけ直した。高音への自信と、カントリーへの意識が同時に強まった時期でした。

2019〜20年――整えて歌うだけでは届かない感情を残す

『WHO YOU R』の制作では、曲の場面に合わせて録音の姿勢まで変えました。Rihwaは「夢灯り」を、背中を丸めてしゃがみ込むような人物を思い浮かべ、スタジオでも座って歌ったと話します。一方、ロック曲「DON'T GET IT」では、通常は適切な距離を保つ録音用マイクを握ってシャウトしました。姿勢が音をどう変えたかを数値で説明する必要はありません。本人が、標準的な録り方より、その曲で湧いた気持ちを残すことを選んだ点が転機です。

その発想の背景には、KTとの共作で見た、家庭のスタジオに近い環境でもその瞬間の感情を録る方法がありました。『WHO YOU R』では、以前より型どおりに歌うことから離れたと本人は語っています。「通る高音」を意識することと、いつも同じ姿勢・同じ音量で整えることは別。声をどう出すかに加え、歌う場をどう作るかも選び始めます。

2022年――KTタンストールが開いた「小さな声」の扉

10周年の『The Legacy EP』で、Rihwaは再びKTタンストールと制作しました。英語詞の曲では、毎週オンラインで互いの経験を話しながら言葉を書いています。歌詞ができてから声を当てるだけでなく、二人が話した体験が曲の出発点になりました。「Suddenly I See」の日本語カバーも、原曲を直訳するのではなく、自分がその言葉を実感した経験から作り直しています。

録音での大きな発見は「The Gift」でした。KTから「もっと小さな声でいい」と導かれ、Rihwaはそれまで知らなかったほど小さく歌ったといいます。ガラス張りのブースの外に山が見える、くつろいだ環境もその声を出す助けになったと本人は振り返りました。2018年に見つけ直した「通る声」を失ったわけではありません。出せる声の下限を知り、強い歌の隣に小さな歌を置けるようになったのです。

2024年――「春風」を広げ、弾き語りでは音を引く

2024年には「春風」のオーケストラ版を発表しました。2014年の曲が10年後にも演奏され、新しい編成で歌われています。ただし、編曲の規模が変わったことと、歌声の細かな発声が変わったことは同義ではありません。ここで確かに言えるのは、かつてバラードの印象を作った曲を、現在のRihwaが別の舞台へ持ち込んだことです。

一方、同年のアルバム『NOSTALGIA』は、音を増やすより減らす方向に進みました。きっかけは、その年1月の9人編成のライブで、アンコールの「フレ!」だけを一人で、マイクを使わずに弾き語りした経験だったと本人は説明します。そこで声をシンプルに届けることがしっくり来て、次の作品では力を抜いて歌おうと考えたのです。

Rihwaが写る『WILD INSIDE』のジャケット
Rihwa『WILD INSIDE』のジャケット写真 出典:TOY'S FACTORY

制作者の鈴木健太と作った『NOSTALGIA』では、ライブでも再現できるアコースティックな音数を目指しました。「ただ」の伴奏は部屋でひっそり弾くように設計され、Rihwaもそれに合わせて小さなフェイクをすべて外したと語っています。「Primary」では逆に、カントリーやフォークの楽器を使いながら、かわいらしさやポップな響きも残しました。素朴な音へ向かったからといって、明るい初期の自分を消したわけではありません。

この方向を考えるとき、Rihwaがアメリカを旅した際の話が残ります。キャンプ場で出会った一人の男性と夕食を囲み、ギターで「カントリー・ロード」を歌うと、その人も空を見上げて一緒に歌いました。本人は、大勢へ音楽を届けることに加え、一人にしっかり届く歌を大事にしたいと語っています。オーケストラの前に立つことと、目の前の一人へ弾き語ることは、彼女の中で両立する目標です。

Rihwaの歩みは、力強い「春風」から小声の歌手へ一直線に変わった話ではありません。バラードとポップスが早くから並び、手術後には本人のいう「通る声」を意識し、その後に小さな声の可能性を知りました。2024年には大きなオーケストラでも、音数を絞った弾き語りでも歌っています。声を響かせる場所と、あえて引く場所を選べるようになった。その一曲ごとの判断を、Rihwaの歌い方でさらに見ていきます。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました