Salyuの歌唱変遷|息を含む声から、声を重ね、響き合う歌へ

Salyu(2015年掲載、撮影:Keigo Sadahisa) Salyu
Salyu(2015年掲載、撮影:Keigo Sadahisa)

Salyuの歌声を思い浮かべる時、Lily Chou-Chouの曲と「to U」では、違う景色が浮かぶかもしれません。
さらにsalyu × salyuでは、一人の旋律を聴く楽しみが、いくつもの声が出会う楽しみへと広がります。

その歩みは、声が次第に強くなった、という説明だけではたどれません。
録音とライブの違いに悩み、自分の声を使う作品を自分で考え、仲間の声や楽器との関係を作ってきた。
何が変わり、何が変わらず残ったのかを、初期から近年の取り組みまで見ていきましょう。

Lily Chou-Chouの歌を、目の前の人へ届ける難しさ

2000年、Salyuは小林武史のプロデュースで音楽活動を始めました。
映画『リリイ・シュシュのすべて』の音楽プロジェクトでは、Lily Chou-Chouとして歌っています。

この頃の経験について、本人は後年、録音で成り立っていたウィスパーボイスが、ライブでは観客に届かず、打ちのめされたと振り返っています。
ささやくような声を作品に残すことと、同じ場にいる人へ歌を渡すことには、違う難しさがあったのです。

録音なら、声と伴奏の距離を細かく整えた形で届けられます。
ライブでは、その日、その場所で鳴る音の中に声を置かなければならない。
小さな声が劣っているという話ではなく、その表現が生きる条件を、歌う場に合わせて考える必要があります。

2004年にSalyu名義でデビューし、翌年に発表した『landmark』では、曲の中の言葉を、旋律に加える色のように捉えていました。
小林と出会ってからの時間を通して生まれた曲が集まり、Lily Chou-Chouの頃に録音した伴奏も含まれていたといいます。

名義が新しくなったからといって、それまでの音楽を切り離したわけではありません。
曲の物語を愛しながら、声と言葉がどのような響きになるかを探す。
その感覚を、ソロの歌手として広げ始めた時期でした。

2006年には、Bank Band with Salyuとして櫻井和寿とのデュエット曲「to U」を発表します。
映画の中の歌手という入り口に加え、ほかの歌い手と声を交わす姿から、彼女を知った方もいるでしょう。

自分に何を歌ってほしいかを、自分で考える

2008年のベスト盤『Merkmal』の頃、小林からセルフプロデュースを試す機会を得たことで、自分の案を出せる範囲が広がります。

この頃から、立って盛り上がるライブだけでなく、座って音へ耳を傾ける場も作りたいと考え始めました。
幼い頃のピアノや合唱の発表会で感じた心地よさを、もう一度思い出したといいます。

2010年の『MAIDEN VOYAGE』では、まずアルバム全体の行き先と曲の配置を決め、その場所に必要な曲を依頼しました。
自分という歌手に、どんな世界を歌ってもらいたいか。
声を出す本人でありながら、その声を少し離れたところから見つめる役割も担ったのです。

「VOYAGE CALL」は、言葉を伴わない声で旋律を作る曲です。
響きへの強い関心と、旅の心象風景を表したいという思いが結びついて生まれました。

歌詞に書かれた情景を伝えるだけでなく、声の響きそのものから景色を生み出す。
歌詞のあるポップスと、言葉のない歌を同じアルバムに置くことで、歌手として見せたい幅も具体的になりました。
一曲をどう歌うかに加えて、何を歌うかの組み立てへと踏み込んだ段階です。

Salyu(2011年掲載、撮影:菱沼勇夫)
Salyu(2011年掲載、撮影:菱沼勇夫)。
画像出典:画像掲載元

2011年、合唱の原点を新しい音楽にする

2011年、小山田圭吾と制作した『s(o)un(d)beams』で、salyu × salyuが動き始めます。
本人にとっては、幼い頃から親しんだ合唱への原点回帰でもありました。
ライブに向けて、かつて一緒に歌っていた仲間たちと、4人のコーラスグループも結成しています。

きっかけにあったのは、近い音を人の声で重ねた時に生まれる和音への興味でした。
一人の歌を伴奏の前に置く形から、声同士の関係によって曲を組み立てる形へ、挑戦の場所が広がります。

一方、「歌いましょう」では、小山田が仮歌を切り分け、編集して曲を作っています。
ライブではループマシンを使うという説明もあり、合唱と録音の編集は、別の方法として同じ作品に共存していました。

声をいくつも重ねた音楽でも、そのすべてが一度に出した声とは限りません。
一つずつ録る、編集する、仲間と同時に歌う。
それぞれの方法で声の可能性を試したことが、このプロジェクトの大きな意味です。

この制作で声への知識と信頼が増したことは、2012年の『photogenic』でも、曲ごとの歌い方を考える楽しさにつながったと話しています。

2015年、歌う自分を組み立て直す

小林は、2014年のピアノと歌による「リスク」を聴いて、Salyuが自分の表現を分析し、組み立て直せるようになったと感じました。
その気づきが、翌年の『Android & Human Being』の発想につながっています。

このアルバムでは、「非常階段の下」の無機的な歌から、「リスク」の艶を帯びた歌へと、声が担う役柄も切り替わります。
小林が評価したのは、隣り合う曲で、それほど異なる歌を成立させる幅でした。

一つの感情を強く込めれば、どの曲でも正解になるわけではありません。
距離を置く歌と、相手を引き寄せる歌では、必要な声の表情が違う。
ここでは、持ち味を毎回同じ形で出すよりも、曲の世界に合わせて歌い手の姿を変えることが大切になっています。

ただし、本人は2016年、SalyuとLily Chou-Chouで意識して歌唱を変えているわけではないとも説明しています。
違うのは、その歌が持っている物語です。
初期から歌唱が変わったことは認めながらも、その背景には、精神面や身体、価値観などの変化があると語っていました。

名義による違いと、年月を重ねた人の変化は、同じものではありません。
昔のLily Chou-Chouと後年のSalyuの印象が違っていても、名前だけを理由に歌い分けていたと決めつけると、この歩みを取り違えてしまいます。

Salyu(2015年掲載、撮影:Keigo Sadahisa)
Salyu(2015年掲載、撮影:Keigo Sadahisa)。
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ギターや弦楽器と、声の関係を作る

その後は、市川和則のギターとのデュオを重ね、2019年には弦楽四重奏との共演も経験します。
本人は、小林のピアノと市川のギターでは、歌や声も変わると説明しています。
同じ曲でも、共に鳴る楽器によって、歌の居場所が変わるのです。

2021年の「Taxi」では、Yaffleと小袋成彬へ制作を依頼しました。
当時深めていたアコースティックな方向と、若い制作陣の感性が合わさった曲だと捉えています。

共演相手が変わることは、伴奏の音色が入れ替わるだけではありません。
相手の音に応じて、声の置き方にも新しい答えが必要になる。
自分の声をよく知る歌い手が、違う相手との制作を続ける理由も、ここに見えてきます。

変わる声を受け入れながら、歌う方法を探し続ける

2022年のsalyu × salyuでは、ヤマグチヒロコ、加藤哉子との3人の声を中心に、アコースティックな方向から以前の曲へ取り組みました。
そのきっかけの一つは、前年のテリー・ライリーの公演で、譜面と即興を行き来する合唱を経験したことでした。

この時、本人は、以前のように歌えなくなった部分もあると明かしています。
それを自然な変化として受け入れつつ、どうすれば歌えるかを考える楽しさや、子どもの頃にはなかった大人の声にも目を向けていました。

できることがひたすら増えた、というだけの歩みではありません。
変わってしまうものがあり、その時の声で見つかる表現もある。
昔の声を唯一の正解にせず、歌と向き合い続けるところに、この時期の成熟があります。

2024年の20周年盤『grafting』では、「青空」などを小林とセルフカバーしました。
出産後に録音した歌について、本人は、再びボーカルを作っている途中で、まだ理想をすべて形にできてはいないと振り返っています。
それでも、その過程にある歌を作品に残せたことを喜んでいました。

歌い慣れた曲を録り直した作品も、完成しきった歌だけを集めたものではありません。
歌声を作り直す過程も、その時点の表現として受け止めているのです。

2026年春のツアーでも、市川と田中佑司との小編成で演奏しています。
秋には、その方向を続けたいと考え、市川と名越由貴夫のギター、そして自分の声という組み合わせを選びました。
温かな日常の感触から、非日常的な音の世界までを行き来したい、という考えでした。

初期に向き合った、録音の声をどう人へ届けるかという課題。
やがて試した、声を重ねる方法や、曲ごとに自分の役柄を変える方法。
それらは、目の前の仲間と、その日の響きを作る歩みへとつながっています。

Salyuの歌唱の変化は、声量や音域の増減だけでは捉えきれません。
自分の声を、どんな音と、どんな関係で響かせるか。
その問いへの答えを更新し続けてきたところに、長い歩みの面白さがあります。

曲や場面ごとの具体的な声の選択は、Salyuの歌い方で掘り下げています。

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