NIGHTMAREのボーカリスト、YOMIの歌声には、誰の声かすぐ分かる個性があります。
けれど本人は、その個性をいつも同じ濃さで出そうとしてきたわけではありません。
明るい曲に戸惑い、自分の歌を好きになり、歌い慣れた曲のキーを選び直す。
活動休止中には別の音楽で歌い方を試し、NIGHTMAREへ戻ってからも、声と曲の関係を整えてきました。
長い歩みの中で変わったのは、声の印象とともに、その声をどう扱うかという判断でした。
2006年、変化は歌い手だけの中で起きていたわけではない
初期のYOMIは、自分の歌が変わった理由を、発声だけで説明していませんでした。
2006年に「Believe」から「livEVIL」までの変化を問われると、意識して変えたわけではないものの、伴奏の音やリズムを捉えやすくなり、歌いやすくなったことを挙げています。
ベースのNi~yaも、彼はスタジオよりライブの中で歌い方を見つけるタイプだと話していました。
曲を重ねていくバンドの演奏と、その中で声を出す経験が、歌の変化につながっていた。
この出発点を知ると、YOMIの変遷を、高音が出るかどうかだけで比べることはできません。
歌いやすい伴奏をどう感じ取り、そこで自分の歌をどう育てたかも、歩みの一部になります。
2008〜2013年、明るい曲も、自分の歌として受け入れられるように
2011年のアルバム『NIGHTMARE』では、曲ごとの歌い分けに手応えを得ています。
前作『majestical parade』では、明るい曲を歌う自分に違和感があったのに、今作では自然に歌えるようになったと振り返っていました。
柩も、初期に比べて声を作り込まなくなったと感じていました。
本人は以前、自分の歌が好きではなく、過去の作品を聴くことも避けていたそうです。
それが『killer show』の頃から変わり、今回は自分の歌を好きになれた。
歌い分けへの自信と、自分の声を聴き返す姿勢が、同じ時期に育っていたのです。
2013年の『SCUMS』では、得意な速い曲よりも、「雨と夜に墜ちて」や「I'm not」のような聴かせる曲で高い満足感を得ています。
「ERRORs」では、柩から大人の色気を求められ、その表情をほかの曲でも意識しました。
速さや勢いの中で自分を出すことから、曲が求める表情を引き受けることへ。
できたことを増やすだけでなく、それまで馴染みにくかった曲を自分の歌として受け止められるようになっていました。
2016年、昔の曲を今の声で歌うことと、活動を休む決断
2016年には、初期曲の再録を含むベスト盤と、新曲「Awakening.」が同時に出ています。
再録についてYOMIは、その時点で歌いやすいキーにしてもらったと説明していました。
歌い慣れた曲なので、新曲より取り組みやすかったという手応えもあります。
本人は、このベストと新曲を一緒に聴くことで、昔の曲から現在が見えると考えていました。
当時の録音をそっくりなぞることだけが、昔の曲を残す方法ではなかった。
慣れた歌を今の自分に合う条件へ置き直し、新作と並べるという向き合い方がありました。
一方、同年の活動休止発表では、YOMIは機能性発声障害でリハビリを続けていることを公表しています。
歌えるところまで戻りつつも、回復には時間が必要だという説明でした。
バンドの休止には、ほかのメンバーの体調も含めて、活動の質を保つための判断がありました。
歌い方を選び直す表現上の工夫と、声を取り戻すために必要だった時間。
この二つを分けて見ることで、以後の歌の変化を一つの理由に押し込めずにたどれます。
2017年、TAKE NO BREAKで試した、張り続けない歌
NIGHTMAREが休んでいる間、YOMIは淳名義でTAKE NO BREAKを始めました。
2017年7月の下北沢公演では、ビブラートを控え、声を強く張らない歌唱が記録されています。
声を重ねる加工やダンスビートも組み合わさり、NIGHTMAREとは違う聴かせ方になっていました。
ただし、その日の「BREAK THE LIMIT」でYOW-ROWと共演した場面では、気合の入った歌をぶつけています。
強く歌う表現を手放したのではなく、違う音楽の中で使い方を試していたと捉えられます。
この曲は、翌年のアルバム『OREmind』でボーカルを録り直しています。
始動直後の録音時より喉の調子が良くなったことが、その理由でした。
本人は、歌うことが以前より楽になったと感じ、メンバーも声を張る場面の余裕を認めています。
さらに「BREAK THE LIMIT」はミックスの担当者も交代し、ライブで育った生のバンドらしさを前に出しています。
同じ曲の変化には、歌い直した声と、その声を包む音の作り直しが重なっていました。
BREAK THE LIMIT(2018年『OREmind』収録・ボーカル再録版)
この再録は、休止後にただ新しい曲を増やしたという出来事ではありません。
始動直後より歌いやすくなった実感を、作品にも残す機会だったのです。
一度残した歌にも戻り、当時の状態に合わせて更新する。
その積み重ねが、NIGHTMAREへ戻るまでの時間にもありました。
同じ声を使っていても、伴奏、加工、共演する相手が変われば、歌の置き方も変えられる。
別のバンドでの経験は、YOMIの声を一つの様式から見直す機会になりました。

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2020〜2022年、復帰は「元に戻る」だけの作業ではなかった
2020年の復活公演を前に、本人はNIGHTMAREの過去曲を歌い直していました。
曲を思い出すと同時に、今の自分にはどれが歌いやすく、どれが難しいのかを確かめるためです。
そこで、曲ごとに当時のライブや出来事の記憶も戻ってきたと話しています。
過去の曲は、戻るべき完成形であるとともに、現在の声を確かめる材料にもなった。
昔の思い出を客席と分かち合う準備と、自分の声に合う条件を知る準備が、重なっていました。
2022年には、本人は声の状態がかなり良くなったと語る一方、低い部分や力を抜いて歌う場面には、張って歌うときとの差が残ると説明しています。
咲人も、YOMIが歌いやすい範囲で旋律を作るようになっていました。
活動を再開できたことと、あらゆる歌い方が同じように扱えることは、別の段階でした。
現在の声を把握する本人と、その声を受け止めて曲を書くメンバー。
両方から、次の歌を作っていたことが分かります。

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2023〜2026年、癖を減らしても残る個性を、もう一度信じる
「Rebel」の頃、YOMIは、2016年の休止以降、歌の癖を抜く練習を続けてきたと明かしています。
より幅広い曲へ対応できる歌手になりたかったからです。
昔の曲を思わせる勢いを持つ新曲でも、当時の歌い方をそのまま再現することは目指していませんでした。
2026年の「Reach for」の制作でも、咲人と歌いやすい旋律を相談しながら録音しています。
咲人は、以前はギターの感覚で無理のある音の動きを作っていたと振り返り、休止や各自のソロ活動を経て、互いの苦労を理解するようになったと話していました。
この曲では、サビの抜けの良さを求め、デモから旋律を練り直しています。
YOMIは、その相談を負担とは感じず、楽しく録音できていると受け止めていました。
決まった旋律へ声を合わせるだけでなく、声を出してみた手応えから曲の側も動かしていく。
初期に伴奏の変化を歌いやすさとして感じていた歌手が、今はその条件を作る話し合いにも加わっています。
同年の取材で、YOMIは周年ツアーで歌った昔の曲に、当時以上の良さを感じたとも語っています。
過去を捨てて新しくなるだけではなく、今の自分で過去の曲を好きになり直す経験も続いていました。
そして「極夜行」の時期には、敬愛するRYUICHIから声の個性を褒められたことを喜び、もっと自信を持って個性を出したいと語っています。
自分の歌を聴くのが嫌だった時期から、その歌を好きになり、必要に応じて歌い方を変えるところへ。
YOMIは、変えずに守るだけでも、すべてを捨てるだけでもない方法を探してきました。
癖を減らす練習の先にも、ほかの人には置き換えられない声が残る。
その声をどのくらい濃く出すのか、今も曲ごとに選び続けています。
ビブラートや裏声の具体的な使い分けは、YOMI(NIGHTMARE/TAKE NO BREAK)の歌い方で掘り下げています。

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