ライオネル・リッチーの歌い方|会話の近さと、曲ごとに変わる声の表情

ライオネル・リッチー(2019年7月6日の公演)/Photo: Raph_PH シンガー
ライオネル・リッチー(2019年7月6日の公演)/Photo: Raph_PH

ライオネル・リッチーの歌い方を「滑らかな声」と呼ぶだけでは、「Hello」と「All Night Long」の違いが説明しきれません。
一人へ語りかける歌も、大勢を誘う歌も、同じ声の持ち主が歌っています。
彼が選んでいるのは、強く出すか弱く出すかだけでなく、どんな人物の声で、どれくらいの距離から言葉を届けるかです。
声の自然さ、言葉の間、共演者との合わせ方から、その歌唱を見ていきます。

「Hello」の近さは、言葉の間にもある

「Hello」のようなバラードでは、フレーズの間に置く沈黙が、会話に近い印象を作ります。
リッチーの家庭ではナット・キング・コールやジョニー・マティスが流れ、彼自身も、滑らかで歌詞が明瞭な歌に親しんで育ちました。
歌い回しの巧さだけで相手を圧倒するより、言葉が一つずつ伝わり、聴き手も歌えることを大切にする。
その背景を知ると、音を出していない時間も、親密さを支える歌の一部として捉えられます。

曲作りの際も、リッチーはピアノで細かな音を詰め込むのではなく、少数の和音を置くことが多いと説明しています。
伴奏で埋めすぎない分、声の旋律を考える余地が生まれるからです。
声だけの問題に見える歌い方も、周りの音にどれだけ場所を空けてもらうかと結びついています。

自然な深さを保ち、無理に押し出さない

声を保つために意識していることを聞かれたリッチーは、声の深さと息の長さを挙げる一方、無理に力をかけすぎず、自然であることを重視すると答えています。
深い声だから、喉を押し下げたり、太さを足し続けたりしていると決めつける必要はありません。
本人の意識では、必要な声を使い続けられることと、無理をしないことが同時に置かれています。

「We Are the World」で最初の一節を担当した理由も、リッチーは自分にとって歌いやすい位置だったからだと説明しています。
高いところを歌う共演者と競うのではなく、自分の声が働く場所を引き受ける。
声の個性を生かすとは、出せる限界を毎回見せることではないのです。

「Easy」と「Truly」では、声の人物を変えている

リッチーは「Easy」では癖のある響きを、「Truly」ではシナトラのような人物像を選んだと説明しています。
すべてを同じ滑らかさに揃えるのではなく、声の調子から、どんな人が話している歌なのかを作るのです。
同じ喉から出る声でも、言葉を差し出す人物が違えば、曲との距離も変わります。

「Truly」は、声の温かさと誠実さが、聴き手一人ひとりへ向けられているように届く歌として、発表当時から評価されていました。
声を大きく響かせることと、相手を遠くに置くことは同じではありません。
歌が広がっても、言葉を受け取るのは目の前の一人だという感覚を失わない。
温かい音色と、相手を一人に絞るような言葉の届け方が、歌の大きさと親密さを両立させています。

1982年のソロ・アルバム収録音源。

ライオネル・リッチー(2012年3月5日のテレビ収録)/Photo: Georges Biard
ライオネル・リッチー(2012年3月5日のテレビ収録)/Photo: Georges Biard。
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歌詞と旋律の結びつきにも、その考え方は表れます。
リッチーは、ある言葉をどの音へ置き、弦の音とどこで重ねるかで、感情の動きが変わると説明しています。
歌を長い説明にせず、短い時間で物語として届けることも大切でした。
声に感情を足す前に、その言葉が曲のどこにあるのかを見つける。
歌唱は、声の良さを並べる作業だけではなく、物語の重心を決める作業でもあります。

「All Night Long」は、声がリズムの仲間になる

「All Night Long」では、語りかける声に加え、複数の声が繰り返す掛け声も曲を動かします。
録音に参加したリチャード・マークスは、中間部の発音を揃えるため、何度も歌い直したと振り返っています。
彼は当初、特定の言語だと思っていましたが、多くはリッチーが作った音の並びでした。
意味の伝達だけでなく、声が揃って動くこと自体を、楽曲の楽しさにしていたのです。

ここでは、バラードのように一つの言葉の余韻へ立ち止まるだけでは、曲の役割を果たせません。
ほかの歌手と発音を合わせ、繰り返す声で参加の入口を作る。
一人の声を聴かせる場面と、複数の声で場を動かす場面を分けて考えると、同じ歌手の二つの魅力がつながります。

1983年のミュージックビデオ版。

デュエットでは、相手の歌い方を先に受け取る

『Tuskegee』で生かしたのは、バンドで声を合わせた経験でした。
主役の声を強く出す相手を、自分が支える。
前へ出る歌と、相手を引き立てる歌を分けています。

ブレイク・シェルトンとの「You Are」では、その違いを自分でも実感することになりました。
リッチーは、まずシェルトンに一人で歌ってもらいます。
すると相手は曲を熟知し、自分の歌として成立させてしまった。
今度は作者であるリッチーのほうが、どのように自分の声を入れるかを考えなければならなかったのです。
相手に合わせるとは、単に声を小さくすることではありません。
すでに成立した相手の歌の中へ、もう一つの声の居場所を探すことでもあります。

シャナイア・トゥエインとの「Endless Love」には、録音へ向かう不安を二人で越える過程もありました。
トゥエインは、通常のスタジオではなく、少人数の部屋で歌うことを望んだと話しています。
リッチーも自分の声の問題を伝え、同じように怖さがあることを共有しました。
声を合わせる以前に、相手が自分の声を出せる環境を作る。
デュエットの近さには、録音の場で相手をどう迎えるかという背景もあるのです。

ライオネル・リッチー(2019年7月6日の公演)/Photo: Raph_PH
ライオネル・リッチー(2019年7月6日の公演)/Photo: Raph_PH。
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音を整えることと、信じられる歌にすることは同じではない

2009年の『Just Go』では、若い作り手と組みながら、音の直し方については自分の考えを示しました。
制作側がある音を整えようとした際、リッチーは、そのままでよいと伝えたといいます。
一音ずつを完全に揃えることが、歌全体の説得力につながるとは限らないからです。
これは、外れた音を何でも残すという方針ではありません。
録音で何を直し、何を人の表情として残すかという選択です。

彼がこの世代の作り手と共有していたのは、旋律への関心でした。
新しい音楽の中へ入っても、自分を別人に消してしまうのではなく、曲を口ずさめることと、自分だと分かる歌を保ちたかった。
『Just Go』の制作は、声を現代的に飾ることと、声に残す個性の境目を考える機会でもありました。

ライオネル・リッチーの歌い方には、自然な声を守りながら、その声で違う人物を演じる面白さがあります。
「Hello」では会話の間を、「All Night Long」では声を揃える楽しさを、デュエットでは相手を受け取る余地を作る。
滑らかさは、いつも同じ声で歌うことではなく、曲に必要な距離へ声を置けることなのです。
こうした選択が活動の中でどう広がったかは、ライオネル・リッチーの歌唱変遷でたどれます。

アイキャッチ:ライオネル・リッチー(2019年7月6日の公演)/Photo: Raph_PH/画像掲載元/CC BY 2.0
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