チャペル・ローンの歌声はどう変わった?孤独な物語から観客と歌うポップ、そして故郷の響きへ

2022年11月、ヴォーグ・シアターで歌うチャペル・ローン シンガー
写真:Jason Martin / CC BY-SA 2.0

2017年の「Good Hurt」でチャペル・ローンを知り、数年後の「HOT TO GO!」を見た人は、同じ歌手なのか驚くかもしれません。
前者では失恋の痛みを暗い物語に閉じ込め、後者では客席に振り付けを教えて、歌の一部を一緒に作ります。
変わったのは衣装や曲の速さだけではありません。
誰に向け、どんな自分として歌うかを、チャペルは制作と舞台の両方で選び直してきました。

ただし、明るいポップへ「卒業」して暗い歌を捨てたわけでもありません。
2025年には、故郷で親しんだカントリーを「The Giver」で使い、別れの痛みを歌う「The Subway」も発表しています。
初期の声から何を変え、何を手元に残したのか、本人と制作仲間の言葉に沿ってたどります。

2017年――声はあっても、まだ歌の世界を探していた

デビューEP『School Nights』の曲は、最初はアコースティックな形で書かれていました。
チャペルは当時、どんな音で仕上げれば自分の歌になるのかを決めるのに、数年かかったと話しています。
「Good Hurt」の暗い世界も、あとから付け足した飾りではありません。
初めての恋愛と失恋を記録したEPであり、「Meantime」は感情が大きいうえに声でも難しい曲だったと、発売当時に振り返っています。

彼女の歌声には、別の歌手を手本にした時間も重なっていました。
十代のころはカレン・カーペンターとスティーヴィー・ニックスをまねし、二人の響きを混ぜようとしていたそうです。
2017年のチャペルは、すでに歌える人でした。
けれど、声を生かす音楽と、舞台で演じたい自分は、まだ同じ形になっていませんでした。

2018〜2020年――「Pink Pony Club」で歌の相手が変わる

初期の暗い曲を続けることに、本人は満足していませんでした。
当時のマネージャーは、彼女が気分の沈む歌を歌い続けるのに飽き、パーティーのような音楽を望んでいたと回想しています。
2018年に紹介された共同制作者ダン・ニグロも、最初に会ったチャペルを物静かな人として覚えています。
二人が初めて作ったのは、後に発表される「Love Me Anyway」でした。

転機となった「Pink Pony Club」では、チャペルのほうからダンス曲の題名と構想を持ち込みました。
ニグロは、当時の暗めの作風からは意外な提案だったと話しています。
歌の主人公は故郷から来て、ロサンゼルスのクラブに自分の居場所を見つける。
本人が街で見た光景と、自分をもっと自由に表したい気持ちが、その物語につながりました。

声についても、本人はロサンゼルスへ移ってから、以前使っていた独特の発音をやめ、ヨーデルを前に出すようになったと振り返っています。
声の出し方が突然別物になったというより、どの響きを自分の歌として選ぶかが変わったのです。

2020年に曲は発売されましたが、すぐに大きな成功を得たわけではありません。
所属レーベルとの契約も終わり、彼女はミズーリへ戻りました。
だからこの転機を「人気が出たから声が明るくなった」とは説明できません。
聴き手の反応が追いつく前に、自分が歌いたい場面を先に作っていたのです。

2022年11月、ハリウッド・パラディアムに出演したチャペル・ローン
2022年11月、ハリウッド・パラディアムに出演したチャペル・ローン。
写真:Justin Higuchi / CC BY 2.0

2022年――「Femininomenon」で、声に芝居を持ち込む

独立後の「Femininomenon」では、失恋の話を、静かな告白だけで終わらせません。
録音には声で発した合図が入り、曲は途中で勢いを変えます。
チャペルは、このようなスタイルで歌える自信を持つまで何年もかかったと、発表当時に話しました。
ドラァグの舞台で使えるダンス曲を作りたい一方、悲しい経験の気配も残したかったそうです。

曲作りも、一度に完成形へたどり着いたわけではありません。
ニグロと別々の日に書いた部分を、パズルのように組み合わせていったといいます。
声で合図を出し、場面を変える構成には、歌い方と曲の進め方を一緒に探った時間がありました。

ここでの変化は、高い音が出るようになったという単純な話ではありません。
言葉を歌うだけでなく、呼びかけたり、場面を切り替えたりする声まで、曲の一部になりました。
衣装や映像も含めて一つのキャラクターを演じるという、本人の考えと結びついています。

2023年――大胆な歌を試し、観客も歌に招く

明るく大胆な表現を選べるようになっても、毎回ためらいなく歌えたわけではありません。
2023年発表の「Red Wine Supernova」について、ニグロは、本人が持ってきたデモの歌詞を書き直し、曲の途中の展開を一緒に作ったと振り返っています。
彼がもっと大げさにしようと求めると、チャペルは初め、その方向を望んでいませんでした。

それでも促されて試し、歌の途中で勢いをつける呼びかけまで録音すると、本人にも手応えが生まれました。
初めはためらっていた芝居がかった声も、実際に歌ってみることで自分の表現になっていく。
キャラクターの華やかさは、こうした録音時の試行錯誤でも育っていました。

アルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』を作るころ、チャペルは舞台から逆算して曲を考えるようになっていました。
「Femininomenon」では、録音の合唱部分を公演では客席との掛け合いに変えられるようにしたと説明しています。
「HOT TO GO!」ではさらに、客席が腕で題名を綴る振り付けを取り入れました。
サビは歌手だけが届ける完成品ではなく、その場にいる人が声と動きで参加する場所になります。

一方で、アルバムの終曲「Guilty Pleasure」には、初期の重い調子から奇妙で華やかなポップへ移る流れが一曲に収まっています。
本人も、自分の歩み全体を表す曲だと語りました。
暗い歌から明るい歌への単純な交換ではなく、かつての声を新しい世界の中へ持ち込んだのです。

2024年――大きな客席でも、痛みを歌う

「Good Luck, Babe!」は、2024年に出した新曲です。
華やかなポップであっても、歌の中身は、相手が自分の気持ちを認められない関係の苦しさでした。
チャペルが初期の失恋の題材を放棄したわけではないことが、ここにも表れています。
ただ、2017年に自分の恋愛と失恋を記録した曲とは違い、この曲では気持ちを避ける相手に向けた言葉を、大きなサビへと広げています。

この曲のサビで声を軽くしたり強めたりする具体的な歌い分けは、チャペル・ローンの歌い方で扱っています。
こちらで追っているのは、同じ恋の痛みを、どんな歌の場面へ移してきたかです。

2025年――カントリーへ進み、バラードにも戻る

次の「The Giver」は、ポップをやめる宣言ではありませんでした。
チャペルはミズーリで育ち、通学バスや街でカントリーを聴いてきたと話しています。
その馴染みのある音楽で、自分らしい恋愛とユーモアを歌う。
本人はこの曲を、楽しく作りたい歌の一つと位置づけ、カントリー・アルバムを作ると決めたわけではないと明言しています。

初期にはほかの歌手の声をまねていたチャペルが、以前から自分の特徴として語っていたヨーデルを、この曲では「ゲイなヨーデル」と呼んで故郷の音楽へ持ち込みました。
出身地の音楽と現在の自分を、どちらか一方に合わせて隠す必要がなくなったのです。

同じ年に出した「The Subway」は、2024年の公演で先に歌っていた別れのバラードです。
スタジオ版を出すまでには時間がかかり、チャペルは曲に込めた痛みから、すぐには発売する気持ちになれなかったと話しています。
しかし映像には、長い赤髪の人物がニューヨークで失った恋を追いかける、奇妙で華やかな物語を選びました。
本人は深刻な歌だからといって、映像まで深刻一色にはしたくなかったのです。

悲しみも遊び心も、自分の声で選べるように

『School Nights』で失恋を記録した人が、「Pink Pony Club」で居場所を夢見て、「Femininomenon」で声に芝居を加え、「HOT TO GO!」では客席まで歌に招き入れました。
そのあとも「The Giver」では育った土地の音楽を、「The Subway」では別れの痛みを、新しい表現へつなげています。

チャペルの変遷を「暗い声が明るい声になった」とだけ言うと、2025年の二曲が説明できません。
一人で気持ちを抱えていた初期から、キャラクターや観客との掛け合いを通じて、物語を広げてきた。
その歩みをたどると、彼女の声に加わった芝居や呼びかけが、悲しみも遊び心も自分らしく歌うための選択だったと分かります。

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