増田惠子の歌い方・発声|太くハスキーな声を、重く歌いすぎないための工夫

2024年6月に撮影された増田惠子 シンガー
2024年6月に撮影された増田惠子

声そのものに憂いがあるなら、悲しい曲をどう歌うか。
増田惠子の『すずめ』には、その問いがあります。
本人は、自分の声をハスキーで太く、哀愁があると説明しています。
その持ち味を生かすために、録音では、むしろ軽く歌うことを求められました。

声を出す方法だけでなく、出てくる声の性格を知り、曲に合う表現を選ぶ。
増田の発声と歌い方を考えるとき、この関係が大切になります。

太くハスキーな声が、すでに伝えているもの

2024年の日刊スポーツの取材で、増田は、自分の声にはもともと悲しさがあると話しています。
『すずめ』の録音では、声だけでも曲の心情が伝わるため、さらに重く歌うと、聴き手にとって重くなりすぎると指摘されました。

歌詞が悲しいから、声にも悲しさを足せばよいとは限らない。
その曲を歌う人の声が、すでに持っている表情もあるからです。
『すずめ』では、まず自分の声の持ち味を認めることが、歌い方を選ぶ手がかりになりました。

この話でいうハスキーさや太さは、本人が説明する声の特徴です。
増田は、強い印象のある中島みゆきのデモに引っ張られ、自分の歌にすることに苦労しました。
別の歌手の表現を重ねるより、自分の声だけで何が伝わるかに向き合ったのです。

本人の公式プロフィールに掲載された増田惠子/撮影年は未記載
本人の公式プロフィールに掲載された増田惠子/撮影年は未記載。
画像出典:写真掲載元

軽く歌うことは、感情をなくすことではない

録音のディレクターは、歌詞の意味から離れ、違うことを考えながら歌ってみるよう勧めました。
本人はその時、帰宅後に何を食べるかといったことを考えて歌ったと振り返っています。
すると、それまでなかなか出なかったOKが出ました。

調整したのは、歌詞の世界へ入り込む深さでした。
普段の自分のことを思いながら歌うことで、曲へ入り込みすぎていた状態から、いったん距離を取ったのです。
本人も、歌い直した録音を聴いて、声へ重さを足しすぎない意味が分かったと語っています。

もともとの声にある憂いを、どこまで前に出すか。
同じ声を使っていても、歌詞の気持ちへ深く入り込むことと、少し引いて歌うことでは、表現の選び方が変わります。
『すずめ』の軽さは、曲への思いがないから生まれたものではなく、自分の声に合う距離を探して得たものでした。

声質の違う二人が、同じ旋律で溶け合う

自分の声の特徴を知ることは、二人で歌うときにも大切でした。
2022年のENCOUNTの取材で、増田は、デビュー前に未唯mieと取り組んだ課題曲として『サルビアの花』を挙げています。
ゆっくりした曲では問題がはっきり分かり、それぞれの旋律は合っていても、二人の響きがうまく重ならなかったと振り返りました。

そこで大切にしたのが、相手の歌声をよく聴くことでした。
繰り返し歌ううちに、違う声質の二人が同じ旋律を歌ったとき、一つの響きになったように感じたそうです。
別々の旋律で和音を作るハーモニーと、同じ旋律を重ねるユニゾン。
増田が特に強い手応えを覚えたのは、そのユニゾンでした。

増田の声の太さやハスキーさは、独唱では言葉に憂いを与えます。
二人で歌う場面では、相手の声と混ざった響きにも目を向ける必要がある。
自分の音だけを正しく歌うところから、二人の音を一緒に聴くところへ意識を広げた経験は、ピンク・レディーの歌を聴く手がかりにもなります。

口角を上げて、別れの歌を明るく届ける

2026年の『貴方は彼方へ』では、増田は口角を上げ、笑顔で歌ったと説明しています。
歌詞には大切な人との別れがありますが、聴いた人が前を向ける歌にしたいと考えました。

明るさを見つけたきっかけには、船山基紀による編曲もありました。
Re:minderの取材によると、イントロから思い浮かんだのは、かつてパリで見たメリーゴーラウンドだったといいます。
大切な人とそこに乗っているような演奏のイメージが、前向きに歌える感覚につながりました。

伴奏の録音にも立ち会い、演奏する人たちへ思いが伝わるよう、仮歌を歌っています。
完成した伴奏を聴いてから感情を載せるだけでなく、歌を通して演奏者にも曲の姿を渡す。
こうしたやり取りを経て、言葉の寂しさと演奏の温かさを一緒に届ける方向が定まっていきました。

本人が選んだのは、自分の気持ちを入れながら、明るく届ける方法です。
口角という具体的な身体の使い方まで含めて、表現を決めています。

『すずめ』も『貴方は彼方へ』も、悲しい内容だから重く歌えばよい、という考えから離れた曲です。
声の持ち味と言葉の意味に加えて、聴き手へ何を渡したいか。
そこまで考えたうえで、自分の声の出し方を選んでいるのだと思います。

2022年の取材記事に掲載された増田惠子
2022年の取材記事に掲載された増田惠子。
画像出典:写真掲載元

新しい曲を支えるために、発声を習慣にする

こうした表現を選ぶ土台として、日々の発声にも取り組んでいます。
2016年の公式ブログでは、先生のレッスンを録音し、それを手がかりに毎日の練習を続け、時々先生に確認してもらっていると記しました。
練習が自己流になっていないかを確かめながら、声を出す仕事を続けてきたのです。

2020年のフレグラボの取材でも、定期的な自主練習と、先生による確認を続けていると話しています。
その時の気持ちや状況によって、歌い方も伝わり方も違うという本人の言葉からは、経験だけで歌を固定しない姿勢が伝わります。

実際、新曲には新しい難しさがあります。
2022年の『Del Sole』については、息継ぎできる場所が少なく、歌うのが難しいと説明しました。
歌いたい曲が増えるほど、その曲を歌える身体と声も必要になります。

発声に加え、言葉を歌える状態へ戻す準備もしています。
2026年の公演準備について語ったクランクイン!の取材では、『AVEC LE FEU』を久しぶりに全編フランス語で歌うため、先生に発音を確認してもらったと話しました。
当時の自分の録音を聴き込み、発音を思い出すよう勧められたという経験です。

以前歌えた曲でも、旋律の記憶だけで言葉まで自然に戻るとは限りません。
自分の録音と先生の耳を手がかりに、今の歌として準備し直す。
『すずめ』で自分の声の聴こえ方を録音から確かめたこととも通じる、歌い手としての丁寧な確認です。

増田惠子の歌い方には、声の持ち味を認めることと、曲の要求へ応えることの両方があります。
太くハスキーな声を生かすために軽く歌うこともあれば、口角を上げて明るく届けることもある。
声を磨く日々の習慣の上で、いつも同じ表現を選ばず、その歌に必要な距離を探しているのです。

『すずめ』の録音から、後年の声への評価、四十五周年の新曲に向き合うまでの歩みは、増田惠子の歌唱変遷でたどっています。

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