ポール・マッカートニーは、2013年の「Early Days」の歌を、もう一度録り直そうとしていました。
言葉の歌い方や、裏声のかすれが気になったのです。ところがプロデューサーのイーサン・ジョンズは、そのまま残すべきだと考えました。
若いポールの迫力ある歌を知っているほど、声の変化は気になるものです。しかし、歌手自身と制作相手が、その声をどのように曲へ生かしたのかをたどると、比較は「昔のほうが出た」で終わらなくなります。
1970年の「Maybe I’m Amazed」から、後年の歌の選び方と、録音に残す声の変化を見ていきましょう。
1970年――甘い声と荒い声を、一つの歌へ
ポールは、ビートルズ時代からバラードも激しいロックも歌っていました。
1965年には「Yesterday」と「I’m Down」を同じ日に録音しています。静かな歌から、年を重ねて荒い歌へ進化したという順番ではなく、若い頃から両方の声を持っていたのです。
最初のソロ・アルバム『McCartney』に収められた「Maybe I’m Amazed」は、その幅が一曲の中で生きた作品でした。
音楽ライターのニール・クロスリーは、歌が進むにつれて声に荒さと強さが加わる点を指摘しています。穏やかな愛情表現だけでは終わらず、切迫した声へ進むことが、この曲の大きな特徴です。
曲が生まれたのは、ビートルズとの関係が変わる時期でした。
ポールは、バンドが変わってしまった状況から離れたい自分と、ニューヨークの生活から離れたいリンダが、互いに支えになっていたと振り返っています。
大切な人への愛情だけでなく、これからの生活への不安もある。甘さと荒さが同じ曲にあることは、当時の心境とも結び付いていました。
1976年――一人で作った歌を、ウイングスで歌う
「Maybe I’m Amazed」の1970年の録音では、ポール自身が楽器を重ねて演奏し、リンダがコーラスなどで加わりました。
その曲が、ウイングスの1976年のツアーでは、バンドを率いて歌うレパートリーになっています。1977年には、そのツアーのライブ録音がシングルとして発売されました。

クロスリーは、1976年のライブ版について、強烈な歌唱である一方、1970年の録音にあった無防備な印象が後退した、と評しています。
同じ歌でも、スタジオで自分の演奏を重ねる場合と、バンドとともに大きな会場で歌う場合では、声が置かれる状況が違います。六年という年月に加えて、歌う場所と共演者の変化も、二つの録音を比べる際の大切な違いです。
1976年のツアーを記録した映画『Rockshow』にも、「Maybe I’m Amazed」の演奏が残っています。冒頭の1970年のスタジオ音源に対し、こちらはウイングスとして舞台で歌うポールです。
この時期の迫力を知ると、それをいつまでも聴きたくなるのは自然なことです。ただ、後年のポールが選んだのは、その歌い方をすべての曲で再現する道ではありませんでした。
2012年――大きな声をやめたら、歌い方が見つかった
ポールは2005年の時点で、昔の録音と比べると自分の声は変わったと認めていました。それでも、過去の曲を同じキーで歌うことはあるとも話しています。
声が変わることと、歌の音の高さを変えることは、同じではありません。そして2012年には、声の大きさや質を変えることが、新しい作品を作る手掛かりになりました。
『Kisses on the Bottom』は、子供の頃から親しんできたスタンダード曲を中心にしたアルバムです。
ポールは当初、大きな声で歌ってみたものの、伴奏者はよい演奏をしているのに、自分の歌が合っていないと感じていました。
そこで思い浮かべたのが、フレッド・アステアでした。
マイクへ近づき、柔らかく、力まずに歌う。ロックの声をそのまま持ち込むのをやめたことで、この音楽を歌う感覚がつかめたと、本人は話しています。
プロデューサーのトミー・リピューマも、「More I Cannot Wish You」で、ポールが心地よく歌える感覚を見つけたことを覚えていました。
声が変わったから仕方なく古い曲を歌ったのではなく、昔から好きだった曲に合う声を、その場で探していたのです。

2012年2月の『Live Kisses』では、ポールはいつものベースやギターを持たず、ダイアナ・クラールらの演奏で歌に専念しました。そこで歌った「My Valentine」は、『Kisses on the Bottom』に収めた自作曲です。古い曲をカバーするだけでなく、その雰囲気に合う新曲も、自分で書いていました。
2013年――「きれいに歌い直す」を選ばなかった
翌年の『NEW』に入った「Early Days」は、ジョン・レノンとまだ若かった頃の自分を思い出して書いた曲です。
ポールはスタジオで歌った後、出来を整えようとしました。裏声が少しかすれたり、うまく歌えていないと思う言葉があったりしたからです。
しかし、イーサン・ジョンズは、その不安定さを消したくありませんでした。
歌い直したいと感じる箇所を含めて、それがポール自身の声であり、この曲にはその歌い方が必要だと考えたのです。
若い頃の記憶を歌っているのは、若い頃のポールではありません。
長い時間を過ごしてきた本人が、自分とジョンの始まりを思い返しています。声に残ったかすれを整えてしまうより、そのまま語るほうが、この歌には合っていた。ポールは制作相手の判断を受け入れ、その録音を残しました。
「昔と同じように歌えたか」という比較だけでは、この選択は見えにくくなります。
きれいに整った歌唱よりも、今のポールが昔を思い出して歌っていることが伝わる。その良さを、ジョンズは聴き取っていたのでしょう。
2026年――今の声で、少年時代を歌う
2026年のアルバム『The Boys of Dungeon Lane』でも、ポールは少年時代のリヴァプールを振り返っています。
「Days We Left Behind」について、本人は記憶を歌った曲だと説明しました。ジョンや、かつて暮らしたフォースリン・ロードも、その思い出に含まれています。
「Early Days」から十三年後にも、ポールは過去の記憶を新しい歌にしています。
同じ思い出の話でも、それを歌う本人の年齢は進む。若い頃に作った歌を歌い続けるだけでなく、現在の自分から過去を見直して曲を作ることも、後年の声の聴き方を変えてくれます。
声の変化と、その声を選ぶ判断を聴く
若い頃のポールには、バラードから荒いロックへ自在に移る幅がありました。ウイングス時代には、その声が大きな会場のバンド演奏を率いました。
後年には、スタンダード曲に合わせて柔らかな声を探し、「Early Days」では、歌い直したくなった声をそのまま残す選択をしています。
昔の高音や迫力を好きでいることに、遠慮はいりません。そのうえで、後年の録音には、違う聴きどころがあります。
どこまで声が出るかに加えて、なぜその声を残したのか。ポールの場合、その判断を知ると、かすれや弱さが単なる失点には聞こえなくなります。
曲に合わせて別の歌手を思い浮かべ、声を使い分けてきた発想は、ポール・マッカートニーの歌い方でも扱っています。
同じ声を守り続けるだけでなく、変わってきた声でも、その曲に合う歌を探す。長い歌手人生の後半にも、その仕事は続いています。
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