クリス・マーティン(Coldplay)の歌声の変遷|裏声の印象を変えた、低い歌と加工する声

Viva la Vidaツアーのクリス・マーティン クリス・マーティン(Chris Martin)
Alberto Ferrero / CC BY 2.0

裏声を聞けば、Coldplayだと分かる。
クリス・マーティンにとって、それは強みであると同時に、同じ印象から抜け出しにくい理由にもなりました。

2008年の『Viva la Vida or Death and All His Friends』では、低い声で歌う曲を作り、別の曲ではギターの響きの中へ声を埋め込んでいます。
2014年の「Midnight」になると、歌詞が聞き取りにくくなるほど、声の音そのものを変える方法まで試しました。

当時のメンバーや本人が語っているのは、すでによく知られていた歌声から、別の響きを引き出そうとした試みです。
変わったのは歌う高さだけではなく、声を楽器とどう組み合わせるか、どんな音に仕上げるかでもありました。
まず、初期の声を代表する2000年の「Shiver」から、その変化をたどります。

2000年、裏声の揺れまで印象に残った

『Parachutes』で登場したクリスの歌には、静かな部分で裏声が細く揺れ、そこからバンドとともに力を増していく面白さがありました。
「Shiver」や「Yellow」では、その対比が初期の評価につながっています。

声をいつも同じ太さにそろえるのではなく、頼りなく感じる瞬間まで歌の表情になる。
そうした歌を支えたのが、録音でも一回の歌唱をできるだけ生かそうとした考え方でした。
共同プロデューサーのケン・ネルソンは、よい歌なら多少気になる部分があっても残す、というクリスの姿勢を振り返っています。

この声は、Coldplayを聞き分ける大きな手がかりになりました。
しかし、歌手の特徴が広く知られるほど、新しい曲でも「いつもの声」と受け取られやすくなる。
次の大きな変化は、その分かりやすさをあえて崩すところから始まります。

2005年、バルセロナ公演でピアノを弾くクリス・マーティン
2005年、バルセロナ公演でピアノを弾くクリス・マーティン。写真:fibercool / CC BY-SA 2.0

2008年、「Yes」で声を低くし、次の曲では声を埋める

『Viva la Vida or Death and All His Friends』の制作で、バンドはクリスの声の印象を変えようとしていました。
ドラマーのウィル・チャンピオンは、すぐ彼だと分かる声だからこそ、その扱い方を変えて、曲やバンド全体の印象まで変えようとしたと説明しています。

その一つが「Yes」です。
クリスは、よく知られていた裏声とは違う、低い音域を使って歌いました。
声の変化を加齢の結果だと考えるより、まず低く歌うことを選んだ曲として捉えるほうが、この時期の狙いに合っています。

さらに、「Yes」のあとに続く隠し曲「Chinese Sleep Chant」では、別の方法を使いました。
声に残響を加え、ギターの音の中へ埋め込んだのです。
前へ出て言葉を伝える声から、楽器と混ざって曲の響きを作る声へ。低く歌うだけでなく、声を目立たせないことも試していました。

次の音源には、この二曲が続けて入っています。
「Yes」の低い歌と、そのあとの「Chinese Sleep Chant」でギターに溶け込む声は、同じアルバムで試した二通りの変化です。

声が高くなった、低くなった、という比較だけでは、後半の変化を説明しきれません。
誰が歌っているかすぐに分かる声を、いつも一番前へ置く必要はない。
この発想が加わったことで、Coldplayは歌と楽器の関係まで変えられるようになりました。

2011年、一人の声を変える前に、みんなで歌う

バンドの音を変える試みは、クリス一人が違う歌い方を練習するだけでは進みませんでした。
次の『Mylo Xyloto』の制作について、クリスは、制作に参加したブライアン・イーノがほかのメンバーと個別に作業したことを振り返っています。
自分が曲を持ち込み、細かく決めすぎる状態から、メンバー同士の演奏で新しい音が生まれる状態へ変えようとしていたのです。

歌にも、全員で取り組みました。
朝、作業を始める前に、昔のゴスペルを伴奏なしで一緒に歌う。
クリスによれば、そうした時間が、音楽を作る喜びを思い出す助けになりました。

この変化を、裏声が上達した、低音が増えた、という話へ置き換えることはできません。
それまで曲の中心にいた歌手も、ほかのメンバーと声を合わせ、相手が出す音を受けて歌う。
録音を細かく採点するように作ることへの反省から、バンドとして音を出す楽しさを取り戻そうとしていた時期です。

声をいつも同じ場所に置かない試みは、共演にも広がりました。
「Princess of China」でリアーナに頼んだのは、クリスの歌い方に合わせることではなく、彼女の好きなように歌うことでした。
自分の声だけで曲の印象を決めず、違う歌声が入る余地を作っていったのです。

2014年、「Midnight」は歌った声そのものを変えた

「Midnight」の出発点は、2011年のスタジオにありました。
電子音楽家のジョン・ホプキンスが、まだ完成していない曲をクリスに聞かせると、彼は気に入ってマイクを手に取ります。
プロデューサーのリック・シンプソンが声を加工するヴォコーダーの設定を用意し、その場で歌の基本となるアイデアが生まれました。

この試みが、2014年の『Ghost Stories』に入る「Midnight」へつながります。
クリス自身も、歌った声を変わった音にする方法を探していて、この曲ではそれがうまくいった、と説明しています。
歌詞を聞き取りにくいという話も認めながら、実際に言葉を歌っているのだと話していました。

「Yes」は、本人が低い音域で歌う変化でした。
「Chinese Sleep Chant」は、声を楽器の中へ置く変化です。
「Midnight」では、さらに声の音色そのものへ加工を加えています。三つを分けて考えると、同じ歌手なのに印象が違う理由が見えやすくなります。

しかも、『Ghost Stories』でクリスが求めたのは、大勢へ向けた歌をさらに大きくすることではありませんでした。
本人は、一人がもう一人へ話しかけるような作品だと説明しています。
大きな会場でどう聞こえるかより、一人にどう届くか。その方向へ歌を向けたアルバムの中に、加工された「Midnight」の声もあるのです。

声を加工すると、歌い手の感情から遠ざかるように思えるかもしれません。
けれどこの曲では、加工した響きを使って、そのときの自分たちの気分を表そうとしていました。
生の声に近いかどうかだけで、歌が個人的かどうかは決まらなかったわけです。

2022年7月16日、スタッド・ド・フランス公演のクリス・マーティン
2022年7月16日、スタッド・ド・フランス公演のクリス・マーティン。写真:Renhour48 / CC0

変わったのは、声の高さだけではなかった

2000年の「Shiver」から2014年の「Midnight」までを追うと、クリスの声の変化には、いくつか違う選択があったことが分かります。
初期には、裏声の揺れを含んだ歌が、バンドの印象を作りました。
2008年には、低く歌うことと、声をギターの中へ埋めることを試す。
そして「Midnight」では、加工した声の響きが曲の重要な要素になっています。

その間には、みんなで歌うところから制作を始め直す時間もありました。
有名になった歌声を守り続けるだけでなく、ほかのメンバーや共演者の声が入ればどうなるかを試す。
クリス自身が出す声と、それを取り囲む音楽を、両方変えてきたのです。

一方、どんな仕上げ方をしても、歌い手の表情を曲の中で生かそうとする工夫は続いています。
一回の歌を丸ごと残した「Shiver」と、声を大きく響かせた「Violet Hill」の録音は、クリス・マーティンの歌い方でも取り上げています。

「Shiver」の裏声と「Midnight」の加工された声は、同じ条件で歌唱力を比べるための音源ではありません。
それぞれの曲で、どんな声を必要としていたかが違います。
低く歌って印象を変えることも、楽器に混ざって曲の響きを作ることも、クリスの声でできる。
おなじみの裏声から離れてみたことで、同じ声の使い道を増やしていったのでした。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました