昔のヒット曲を、何十年たっても原曲と同じキーで歌う。
薬師丸ひろ子の歌声について語るとき、よく驚かれることです。
ただ、本人が大切にしているのは、高い音が出ることだけではありません。
その曲を初めて聴いた人が覚えている、声の響きまで変えたくないと考えています。
長く歌ってきた曲は、もう自分だけのものではなく、聴き手の思い出になっている。
だから、今の自分の好みだけで歌を変えるわけにはいかない。
あの澄んだ声には、そんな思いも含まれているのです。
1981年のデビュー曲「セーラー服と機関銃」。2023年の東京国際フォーラムでの歌にも、あの頃を懐かしんだ人がいるでしょう。
歌手が守ろうとしている響きと、客席の人が覚えている響き。その二つが重なることを願って歌っているのだと知ると、聴き慣れた曲にも、あらためて耳を傾けたくなります。
高い音を出すためだけの、原曲キーではない
原曲キーとは、曲全体の音の高さを、最初の録音から上げ下げしないことです。
同じ曲でもキーを変えると、声の明るさや、歌い手が力を入れる場所が変わることがあります。
何度も聴いた歌なら、聴き手が覚えている響きとの差を感じることもあるでしょう。
薬師丸は2018年、当時と同じキーで歌うことで、客席の人に青春時代や大切な記憶を思い出してほしいと話していました。
その話から伝わるのは、声が出ることへの自負以上に、客席の人の記憶を大切にしたいという気持ちです。
もちろん、身体まで昔のままという意味ではありません。
2021年には、高い声は朝起きてすぐ出せるものではなく、歌うには大きなエネルギーが要るとも語っています。
そのうえで、音の高さだけでなく、声の音色も大事にする。
「変わらない」と感じる歌の裏には、今の身体で、その響きをもう一度作ろうとする意志があります。
素直に聞こえる歌も、何度も録り直している
薬師丸の歌を、合唱のように素直な歌い方だと感じる人もいるでしょう。
若い頃の活動を支えた宣伝プロデューサーの遠藤茂行も、合唱団で歌っていた彼女について、合唱のリーダーを思わせる歌い方だったと振り返っています。
旋律を大きく崩したり、強い癖をつけたりする前に、声そのものに耳が向く歌手だったのでしょう。
けれど、素直に聞こえる歌が、簡単に出来上がるとは限りません。
録音を担当した山川智は、本人が納得するまで何度も歌い直し、そろそろ疲れるだろうと思ったところで、さらに良い歌が出てくることがあったと話しています。
聞こえてくる声は穏やかでも、録音する本人は、もう少し良く歌えるはずだと粘っていたのです。
2024年のコンサートを訪れた人の感想にも、音と言葉を一つずつ丁寧に歌うことへの感動がありました。
透明感という言葉でまとめたくなる声ですが、その声で何をしているかに目を向けると、少し印象が変わります。
高い音を伸ばすところだけでなく、そこへ進む言葉も丁寧に歌う。
その積み重ねが、曲を知っている人にとっては、思い出の歌を大事に扱ってもらえた喜びにもなるのだと思います。

声を守っても、伴奏まで同じにする必要はない
昔の響きを大切にすると聞くと、いつも同じ演奏で、同じ歌を再現するのだろうかと思うかもしれません。
ところが、薬師丸は曲の見せ方を変えることも楽しんでいます。
2013年の『時の扉』では、「セーラー服と機関銃」を吉俣良の新しいアレンジで録り直しました。
唱歌や映画音楽などに交じって、自分のデビュー曲も歌い直したアルバムです。
2024年には、全編をフルオーケストラで歌うコンサートにも挑戦しました。
ピアノや弦楽器と共演した経験はあっても、大人数のオーケストラを相手に一公演を歌うことには、本人も高いハードルを感じていたそうです。
長く一緒に仕事をしてきた武部聡志がプロデュースを担当したことが、その挑戦を後押ししました。
同じ年のテレビでオーケストラ版の「探偵物語」を歌ったときは、出だしから曲の世界が変わって聞こえたといいます。
知り尽くしているはずの歌でも、周りの楽器が変わると、新しい気持ちで歌える。
声の親しさは残したまま、歌の景色は広がっていくのです。
2024年6月11日、東京文化会館でのオーケストラ公演。そのダイジェストには、いつもの名曲を大きな編成の中で歌う薬師丸の姿があります。

懐かしい歌の隣に、今の言葉がある
昔の曲を大切にしているからといって、歌う内容まで昔にとどまっているわけではありません。
2018年の『エトワール』は、20年ぶりのオリジナルアルバムでした。
コンサートへ来てくれる人の顔を思い浮かべ、美しい旋律でほっとできる作品を作ろうとしたといいます。
ここでも考えていたのは、自分の歌を聴く相手でした。
2024年の『Tree』では、自ら詞を書いた「今日」で、光へ伸びる木だけでなく、その下の草や小さな花にも目を向けています。
大きく育つものだけが、力強く生きているのではない。
そうしたものを見つめる言葉を、今の声で歌うのです。
翌2025年のコンサートについて、懐かしい声に喜んだ人がいる一方で、以前よりも歌の表現が大きくなったと感じた人もいました。
同じツアーを聴いた人たちの間でも、昔から続いている魅力に心が動く人と、今だから歌える表情に気づく人がいる。
どちらの感想も生まれるところに、長く歌ってきた人を聴く楽しさがあります。
思い出せる声で、今、歌ってくれる
薬師丸は、客席の前に立つと、伝えたい、聴いてほしいという気持ちがいっそう強くなると話しています。
録音で出来上がった歌も、人の前で歌うことで育っていく。
大切な曲だからこそ、歌うたびに、目の前の人へ届け直しているのでしょう。
薬師丸ひろ子の「変わらない声」は、聴き手が覚えている歌を大事にする、歌い手の選択でもあります。
思い出の中の「セーラー服と機関銃」に再会できる。そのうえで、新しい伴奏や、今の言葉にも出会える。
あの声を聴いて懐かしくなるのは、昔の録音が残っているからだけではありません。
今も本人が、その歌を大切に歌ってくれているからなのだと思います。






コメント