渋谷すばるは、2024年の「Lov U」を初めて聴いたとき、自分に歌えるだろうかと感じたそうです。
関ジャニ∞の頃から力のある歌声で知られ、ソロになってからも自分の曲を歌ってきた人が、ラブソングを前に身構えた。
難しかったのは、音を外さず歌うことだけではありませんでした。
穏やかに歌い始め、出来事を語り、同じサビでも言葉を強く発する。
「Lov U」では、そうした細かな歌い分けが、歌詞の中で動く気持ちを伝えています。
渋谷の力強さは、この柔らかな曲の中で、どのように生かされているのでしょうか。
最初のサビと、次のサビを同じようには歌わない
「Lov U」は、サビから始まる曲です。
最初は優しく、続くAメロでは出来事を淡々と語るように、そして次にサビへ戻ると、言葉を強く発する。
本人も、この歌い分けについて、物語のある歌詞を伝えるために必要だったと説明しています。
最初から最後まで同じ熱量で愛を訴えれば、渋谷らしい迫力は出せるかもしれません。
でも、この曲で歌われる二人の関係は、ずっと幸せなままではありません。
2番には、そばにいた相手がいなくなる場面もあります。
渋谷は、悲しみが少し入ることで、その後の幸せをいっそう強く感じられるところに惹かれていました。
これは、声を弱める箇所と強める箇所を、音量の大小だけで振り分ける歌ではないのでしょう。
二人で穏やかに過ごしているときと、相手がいなくなったときでは、同じ人の話し方も変わる。
歌の人物が何を感じているかによって、言葉の出し方も変わる、と考えると分かりやすくなります。
渋谷は録音前に、何度も曲を聴き、繰り返し歌って準備しました。
歌い出しでは優しく、サビに戻ると今度は言葉を強く伝える。その違いを、一曲の流れの中で表現する。
柔らかい曲を柔らかく歌うだけでは終わらないところに、この歌の難しさがあります。

自分で作らないメロディーが、新しい声を引き出した
「Lov U」を収めた同名アルバムには、作り方にも大きな違いがありました。
独立後の3枚のアルバムでは、自分で曲やアレンジを作ってきた渋谷が、今回は12曲中11曲を、ほかの作家に委ねています。
以前から抱いていた、歌うことに専念したいという思いを実行した作品でした。
自作曲なら、好みのメロディーやコード進行を選べます。
歌い慣れた形にも、気づかないうちに近づいていくでしょう。
ところが、ほかの人が書いた曲には、自分では選ばない動きが出てきます。
今回の渋谷にとっては、地声とファルセット、つまり裏声を行き来する歌も、その一つでした。
本人は、そうした曲を自分ではあまり作らないと話しています。
届いたデモの出来がよく、歌いこなせるか不安になることさえあったそうです。
「ライム」や「僕と君はネコ」などを含むアルバムの歌い分けは、歌手の側にも新しい練習を求めました。
ここで面白いのは、作曲を任せたからといって、歌う仕事が簡単になったわけではないことです。
いつもの得意な歌い方だけで、どの曲も歌い切れるとは限らない。
まだ慣れていないメロディーや言葉を、繰り返し歌いながら自分の表現にしていく必要があります。
『Lov U』の軽やかさには、その手間がかかっていました。
他人が書いた「人間讃歌」が、自分の歌になるまで
歌い方を変えるには、新しい曲を渡されるだけで十分だったのでしょうか。
「人間讃歌」ができた経緯を知ると、もう少し手前にあった大切な時間が見えてきます。
作詞・作曲をしたmiccaとは、曲を書き始める前から、会話やメールのやり取りを重ねていました。
音楽の注文を細かく伝えるよりも、それまでの渋谷の歩みや、日常の話をすることが多かったといいます。
どんな人生を送ってきて、どんなことで悩む人なのか。
そうしたことを知ってもらってから、歌が届いたのです。
「人間讃歌」では、自分らしく生きるように言われても、その自分が誰なのか分からない、という戸惑いが歌われます。
渋谷自身も、そうした戸惑いに共感していました。
他人が作った曲という感じがしない、と彼が話すほどに。
力のある声で言葉を押し出すとき、その言葉を本人がどう受け止めているかで、歌の意味も変わります。
「人間讃歌」の主人公は、自分らしく生きる方法を教える人ではなく、まだ自分を探している人です。
その迷いが渋谷自身にも分かるからこそ、強く歌っても、一方的な励ましとは違うものになるのでしょう。
「Lov U」で物語の展開を確かめながら歌ったこととも、ここでつながります。
声を強める前に、その言葉をどんな気持ちで言うのかを考える。
作家と話す時間も、曲を繰り返し歌う時間も、そのために必要だったのでしょう。
いちばん録音に苦戦したのは、自分で作った曲
ほかの人の曲に挑んだアルバムなのに、録音で特に苦労した曲として渋谷が挙げたのは、自作の「First Song」でした。
これは少し意外です。
自分で書いた言葉とメロディーなら、いちばんよく分かっていそうだからです。
提供された曲には、デモの仮歌があります。
作家がどんな雰囲気を思い描いているかを、それを頼りに探ることができる。
一方、自作曲では、自分の歌を少し離れたところから捉えるのが難しかったといいます。
録音では、エンジニアからマイクにもう少し近づいてみるよう提案されることもありました。
長く歌ってきた人でも、自分一人では気づきにくいことがある。
渋谷にとっては、その一つひとつの助言が大きかったそうです。
歌詞を知り、音程を覚えていれば、歌い方が完成するわけではありません。
自分では十分に表現しているつもりでも、録音された声を聴く人には、別の届き方をしているかもしれない。
誰かに聴いてもらいながら整える工程が、ここにはありました。
「Lov U」のために繰り返し歌った話と合わせると、渋谷の歌を、その場の感情の勢いだけで説明するのは惜しくなります。
考え、試し、人の耳も借りてから、本番の声を出しているのです。

優しい曲のあとに、荒々しい歌も待っている
こうした歌い方を広げたあとも、渋谷のライブには、荒々しく感情をぶつける場面が残っています。
2024年12月の『Lov U』ツアー最終公演では、柔らかな歌やダンサーとのステップを見せた一方で、『二歳』の曲をメドレーで続け、荒々しい歌とハーモニカで会場を沸かせました。
新しい曲を歌えるようになることは、古い曲の持ち味を捨てることではなかったのです。
渋谷すばるの歌の強さは、すべての曲を同じように強く歌うこととは違います。
「Lov U」では、穏やかな始まりがあるからこそ、あとで強く発する言葉との違いが分かる。
「人間讃歌」では、自分も感じてきた迷いを歌うから、その声を出す理由がある。
初めて「Lov U」を聴いたときに身構えたのも、声が出るかどうかだけを考えていなかったからでしょう。
その歌の人物になって、気持ちの変化を最後まで伝えられるか。
力強い声で知られる渋谷が、ラブソングを何度も歌い込んだ理由は、そこにありました。






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