ビッケブランカの「Black Catcher」を入口にすると、高い声で激しい曲を歌う人、という印象が残る。
けれど同じ歌手が、「Ca Va?」では地声と裏声を行き来し、「TARA」では高い声で歌う言葉の分かりやすさまで考えている。
目立つのは声の高さだけではない。
曲の中で声に何を任せるかを、一つずつ変えている。
この歌い分けを知ると、「Black Catcher」の勢いも、「Ca Va?」の軽やかさも、ただの声質の違いではなく見えてくる。
本人が話した作り方と聴き手の受け止め方から、曲ごとの声と言葉を追ってみよう。
高い声は、旋律を作るための選択肢
ビッケブランカにとってファルセットは、曲の最後に高い音が出てきた時だけ使う声ではない。
もともと地声で歌える範囲が狭いと感じていた本人は、裏声を使えるようになってから、歌として作れる旋律そのものが増えたと話している。
「Black Catcher」のようなロックにも高い旋律を作れるのは、作曲と歌唱を別々に考えない彼らしい使い方だ。
その裏声は、高い一音だけを試して完成したものではない。
本人はマライア・キャリーなど、女性歌手の曲を毎日ファルセットで歌っていたという。
一曲の旋律をその声で通っていく経験が、練習の中心にあった。
高音を出す瞬間だけに注目するより、裏声のまま言葉を続け、歌として成り立たせるところを見ると、彼がファルセットを曲の中心に置ける理由を考えやすい。
ただ、「Black Catcher」の面白さを裏声の高さだけで説明するのは足りない。
本人はこの曲を、凝ったロックのアレンジを作りたい気持ちを表した作品として挙げている。
力のあるバンド演奏と澄んだ歌声の取り合わせに驚いたという聴き手の感想もある。
その感想が捉えたのは、演奏が激しいからといって声まで荒くしない組み合わせだろう。
ファルセットに出会って何が変わり、のちに歌の重ね方をどう選び直したのかは、ビッケブランカの歌声の変遷でたどれる。
ここでは、その声を一曲の中でどう使うかに目を向けたい。

出典:MEETIA
「Ca Va?」は、同じ声で押し通さない
「Ca Va?」で本人が楽しんでいたのは、地声とファルセットを混ぜる歌い方だった。
高い声を一度披露して終わるのではなく、声が入れ替わることを曲の動きにしている。
フランス語の題名に、日本語と英語も交わる。
言葉も声も切り替わるから、次はどんな響きが出てくるのかという期待が続く。
一見気ままに作ったようで、言葉の音にははっきりした狙いがある。
本人はこの曲で「かも」の音を繰り返して韻を踏んだと説明している。
長い言葉を一語ずつ聞き取らせるより、短い音を重ねて体が反応する部分を作る。
声の切り替えと同じく、言葉の形も曲のリズムを動かしている。
曲がCMに使われる際、制作側からはゆったりしたフランス語の冒頭を使いたいという希望があった。
しかし本人は、曲の核となるフックを使ってほしいと伝え、最終的にその部分が採用されたという。
フランス語の雰囲気も魅力だが、本人が届けたかったのは、言葉と声が弾む中心部だった。

左からビッケブランカ、佐藤千亜妃(2019年)。
撮影:山川哲矢/CINRA
「TARA」の高音は、分かる言葉と一緒に置く
アルバム『Devil』に収めた「TARA – 2020 Mix」について聞かれた時、ビッケブランカはファルセットが自分の特徴であり、歌っていて楽しいと話した。
そのうえで、特徴的な歌い方をする時には、あえて伝わりやすい言葉を選ぶという。
声そのものが人の耳を引くなら、そこへ難しい言い回しを重ねる必要はない。
口ずさめる言葉と高い声を結びつけるところまでが、彼にとっての歌い方なのだ。
「Ca Va?」で短い音を弾ませたのとも通じるが、役割は同じではない。
前者では言葉の反復が体を動かし、「TARA」では高い旋律に乗る言葉を届きやすくする。
どちらも、裏声だけを取り出して技として見せているわけではない。
声が目立つ分、言葉をどの形で置くかが大切になる。
言葉を口ずさみやすくする狙いは、英語で歌う「Never Run」にもつながる。
本人がこの曲で重視したのは、自分が気持ちよく乗れるシンプルなリズムだった。
2024年の南米公演では、スペイン語を話すチリやメキシコの観客も曲を歌っていたと振り返っている。
使う言語とリズムの組み合わせによって、歌い手だけでなく、客席の口からも言葉が出てくる。
「TARA」で個性的な高音を聴かせる一方、「Never Run」には客席が一緒に歌える楽しさがある。
歌う声の個性を楽しんでもらう曲と、言葉を一緒に繰り返せる曲とでは、聴き手が参加する場所が違う。
裏声の鮮やかさだけでなく、声に出したくなるフレーズを用意することも、彼の歌の届き方を支えている。
声を近くに感じさせたい時は、音を引く
華やかな声を持つ一方で、ビッケブランカは、伴奏を減らす理由も具体的に語っている。
長く伸ばした言葉の終わりで、息がふっと消える。
そこに気持ちを込めても、同時に多くの音が鳴れば、その小さな表情は埋もれてしまう。
アルバム『Devil』を作る頃、彼は歌詞と旋律を立たせるため、足せる音をあえて足さない方向を選んだ。
「白熊」についても、楽器の印象より言葉そのものの強さを残したいと語っている。
悲しむ相手を思うだけでなく、その人を悲しませたものに怒る気持ちも歌にある。
そうした言葉を届けるには、声を大きく重ねるより、語尾まで聞こえる場所を作るほうがよい場合がある。
高音を伸ばす力と、音が消える直前を残す選択は、同じ歌手の中で両立している。
声を重ねる曲と、一度の歌を残す曲
声をどう録るかにも、曲ごとの違いがある。
「Slave of Love」では、スティーヴィー・ワンダーの音楽から発想し、旋律とコーラスを重ねた結果、クイーンを思わせる仕上がりになったと本人は語っている。
主旋律だけで曲を運ぶのではなく、後ろや周囲にも声を置き、その重なりを楽しむ作り方だ。
一方、同じミニアルバムの「Your Days」は、一発録りで飾らない自分を出したという。
こちらで耳を向けたいのは、声の層の多さより、一度の歌の中でフレーズがどうつながっていくかだ。
高い声の華やかさと、一人の歌い手が目の前で歌うような近さ。
録音の選び方によっても、ビッケブランカは声の見せ方を変えている。
高音の魅力は、曲が声に与える役目で変わる
「Black Catcher」では高い声がロックの勢いを担い、「Ca Va?」では声と言葉の切り替えが曲を跳ねさせる。
「TARA」では、目立つファルセットに分かりやすい言葉を合わせる。
そして歌詞を近くに置きたい曲では、声の終わりが消えないよう周囲の音を引く。
ビッケブランカの歌い方を「裏声が高い」の一言で済ませられないのは、この選び方があるからだ。
どの高さまで出せるかより、その声で言葉を弾ませたいのか、歌を前へ押し出したいのか、一言を残したいのか。
曲ごとに違う答えを出している。

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