大滝詠一の歌い方|柔らかな声と、大胆な言葉のくずし方

白いシャツを着た大滝詠一のポートレート シンガー
大滝詠一。出典:音楽ナタリー

大滝詠一の歌には、ゆったり聴いていたはずなのに、ふと一つの言葉が耳に残る面白さがあります。
あの柔らかな声で、歌詞を一文字ずつ丁寧に読んでいるだけではありません。
長く親交のあった萩原健太は、大滝が歌詞をローマ字にして考え、同じ母音が続くところでは、一つを省くような歌い方までしていたと話しています。

やさしい声の印象と、言葉の扱いの大胆さ。
この二つを一緒に考えると、大滝の歌は、単に低く甘い声を出す歌い方とは違って見えてきます。
声の力加減を変え、言葉をメロディになじませ、ときには歌詞の登場人物を演じる。
その工夫が、気負わずに聴けるポップスの中に入っているのです。

1981年の『A LONG VACATION』に収められた「君は天然色」にも、そんな歌手としての大滝がいます。
声の美しさだけでなく、日本語をどんな歌にしていた人なのかを見ていきましょう。

「朝」に驚いた伊藤銀次

大滝の声を表すときによく使われるのが、クルーナーという言葉です。
ここでは、声を張り上げ続けるより、柔らかな響きで語りかけるように歌う人、と考えると分かりやすいでしょう。
伊藤銀次も、大滝の大きな魅力として、この歌い方を挙げています。

ただ、伊藤が最初に驚いたのは、『A LONG VACATION』よりずっと前でした。
1970年、はっぴいえんどの「朝」を聴いたとき、口の開き方や声の力加減で、日本語の響きに細かな違いをつける歌い方が新鮮だったと振り返っています。
日本語なのに、英語の歌を聴くときのような心地よさがあったというのです。

これは、声が低ければ同じように歌える、という話ではありません。
同じ声でも、どこを強くし、どこを軽くし、言葉をどんな響きで伸ばすかによって、歌の印象は変わります。
伊藤が耳を引かれたのは、声の高さだけでなく、その細かな変化でした。

鈴木慶一は2023年、遺された大滝の歌に自分の声を重ねた「ゆうがたフレンド」で、その低い声の豊かさを改めて感じたと話しています。
一方で、若い頃の二人には、こんなやり取りもありました。
大滝から変わった歌い方だと言われた鈴木は、あなたをまねしているのだ、と返したそうです。
大滝の歌は、ただ感じのよい美声として流れていくだけでなく、思わずまねをしたくなる独特の癖も持っていたのでしょう。

歌詞をローマ字にしていた

ヘッドホンを着け、マイクの前で笑顔を見せる大滝詠一
マイクの前の大滝詠一。出典:音楽ナタリー

歌詞は、ふつう漢字とひらがなで読みます。
意味や情景をつかむには、そのほうが分かりやすい。
一方、大滝は1970年代、歌詞をいったんローマ字にして、音の並びとしてメロディに当てはめていたと、萩原健太は説明しています。

たとえば、文字で読むと別の言葉でも、前の言葉の最後と、次の言葉の最初が、同じ「あ」の音になることがあります。
二つの「あ」を律儀に分けるのか、一つの音のようにつなげるのか。
そこで歌の流れが変わってくるわけです。

萩原が例に挙げたのは、1981年の「恋するカレン」でした。
「眼があう」という言葉の続く部分で、後ろの「あ」を省いたように歌う。
前の「が」にも「あ」の母音があるので、同じ音をもう一度はっきり言わなくても、言葉として受け取れるという考え方です。

この説明を知ると、一文字ずつはっきり発音することだけが、大滝にとっての歌いやすさではなかったと分かります。
言葉が伝わる範囲で音をつなげれば、日本語をメロディに乗せる方法はもっと増える。
柔らかく聴こえる歌の中でも、言葉はずいぶん自由に扱われていました。

歌詞を文字で追うだけでは、この工夫は見えてきません。
同じ一節を自分で普通に読んでから歌に戻ると、話すときの言葉と、メロディに乗った言葉の違いにも気づきやすくなるでしょう。

「恋するカレン」―360 Reality Audio企画の公式MV

松本隆の世界だから、まじめに歌えた

スタジオで話す大滝詠一と演奏者たち、右手前は萩原健太
1997年の大滝詠一(左端)と萩原健太(右手前)。出典:文藝春秋「本の話」

では、言葉の響きをそこまで考える大滝は、歌詞の物語とどう向き合っていたのでしょうか。
『A LONG VACATION』発売直後のインタビューには、意外な答えがあります。

大滝は、このアルバムで生まれたメロディやサウンドを生かすため、風景を描くのが得意な松本隆に作詞を頼んだと話しています。
松本の詞には、自分にはない、若さを感じさせるドラマがある。
その世界を自分が演じたからこそ、まじめに歌えたのだというのです。

自分で同じような詞を書いていたら、そこまでまじめにはできなかった、とも話していました。
その発言からは、自分の告白として歌う照れを、別の人の物語を演じることで越えられた、とも受け取れます。
俳優が自分とは違う人物の台詞を話すように、大滝も松本が書いた恋の場面を、歌の中ではまじめに演じられたのでしょう。

大滝がコミカルな歌も得意だったと知っている人には、なおさら興味深い話です。
冗談やひねりを加えられる人が、ここでは恋の物語をまっすぐ歌った。
その理由は、年齢を重ねて落ち着いたから、という説明だけでは捉えきれません。
松本の書いた場面に身を置くことが、あの歌い方を支えていたのです。

歌詞に書かれた場面には入り込み、発音はメロディに合わせて変える。
大滝の歌では、物語を受け取ることと、その言葉をどう歌うか考えることが、どちらも行われていました。

仮歌を、鈴木雅之が繰り返し聴いた

大滝の歌い方は、自分の作品を聴く人だけでなく、曲を提供された歌手にも届いていました。
その一人が鈴木雅之です。

1983年、ラッツ&スターの『ソウル・ヴァケイション』を大滝がプロデュースしたときのこと。
大滝は、歌い方を言葉で細かく指示する人ではなかったそうです。
鈴木は、手本となる大滝の仮歌をウォークマンで何度も聴き、自分の歌にしていきました。
その経験を、のちの歌手としての道しるべだったと振り返っています。

曲の音符が分かっても、声の力加減や、言葉のつなぎ方まで、譜面だけで受け取れるとは限りません。
鈴木が繰り返し聴いたのが説明ではなく歌だった、という話からは、歌ってみせることで伝わるものの多さを感じます。

2016年の『DEBUT AGAIN』では、「Tシャツに口紅」や、薬師丸ひろ子への提供曲「探偵物語」などを、大滝自身の声で聴けます。
他の歌手で親しんだ曲が、大滝の声になるとどう感じられるか。
作曲者の名前として知っていた大滝を、歌手として知り直せる作品でもあります。

大滝詠一の歌の魅力は、柔らかな声を持っていたことだけではありません。
「朝」で伊藤銀次が驚いた力加減、「恋するカレン」の母音のつなぎ方、松本隆の物語を演じる姿勢。
言葉をどう声にするかを考える人だったから、その仮歌までが、別の歌手の手本になったのでしょう。
あの声に聴き惚れたあと、言葉がどうつながっているかにも耳を向けると、おなじみの曲の中に、まだ気づいていなかった工夫が見えてきます。

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