「Say So」の甘い歌で知ったドージャ・キャットが、『Scarlet』ではラップで鋭く言葉を投げる。
そして『Vie』では、再びメロディーを歌う自分に向き合っています。
ただ、歌とラップのどちらかを捨ててきたわけではありません。
どちらを前へ出し、何をその声で伝えるのかを、作品ごとに選び直してきました。
その出発点には、人に聞かれないよう小さく歌っていた時期があります。
人に聞かれたくなかった、最初の録音
十代のドージャは、自室でGarageBandを使い、録音した曲をネットへ投稿していました。
歌いたくても、家族に声が聞こえることが恥ずかしく、静かに歌っていたと振り返っています。
声を十分に出せるほど気持ちが開いておらず、初めて投稿したラップにも、不安から強い電話風の加工をかけたそうです。
いまの大胆な姿からは想像しにくい、声を隠すことからの出発でした。
初期の「So High」や2014年のEP『Purrr!』では、ゆったりした話し歌いが持ち味でした。
制作を共にするYeti Beatsは、「So High」を初めて聴いたとき、録音の音質に関係なく良い曲だと分かったといいます。
その後の『Amala』では、音も言葉もよりにぎやかになっていきます。
声の個性が歌詞や映像の遊びと一緒に前へ出てくる、最初の段階でした。
「Mooo!」で、声を重ねる遊びが届く
2018年、牛柄の衣装をきっかけに作った「Mooo!」が大きな注目を集めます。
ドージャはビートを整え、声を重ね、自室に撮影の場を作り、約半日で映像まで仕上げました。
冗談のような着想でも、曲を支えていたのは歌の組み立てでした。
自分で録音し、声を足し、ひとつの世界にする遊びが、多くの人に届いたのです。
次作『Hot Pink』を前に、本人は最初のアルバムを、自分が何者かを探る練習のようだったと語っています。
今度は欲しい音や作りたい姿が分かっている、と。
話題になった一曲を繰り返すより、声でできることを作品全体へ広げる時期に入りました。

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『Hot Pink』で、軽やかなポップも自分の声にする
2019年の『Hot Pink』は、R&Bを起点に、ポップへ実験を広げた作品です。
本人は、楽しく気分が上がる音楽が好きで、その方向へ進んだと説明しています。
ジャンルが混ざること自体は以前と同じでも、自分が何をしているかをより意識して作れた。
この手応えが、作品を自分で選び取る自信につながっていました。
『Hot Pink』には、「Say So」のディスコ、R&Bの「Streets」、ロック寄りの「Bottom Bitch」が並んでいます。
ひとつの声色だけを看板にするより、曲の世界ごとに顔を変える歌手として、姿がはっきりしてきます。
2021年にSZAと話したときも、ドージャは「Say So」を気に入っており、成功を素直に喜べる曲だと語っていました。
過去には、自分の方向を探している途中の曲が、そのまま世に出たこともあったそうです。
多くの人に届く曲と、自分が誇れる曲が重なったことは、その後を考えるうえでも大切です。
『Planet Her』では、歌とラップを同じ世界に置く
2021年の『Planet Her』について、本人は好きな音を集めた作品と説明しています。
前作より多くの曲を同じプロデューサーと作ったことで、まとまりを感じながらも、曲ごとの起伏は残せたといいます。
「Kiss Me More」の親しみやすいメロディーから、表情を変えるラップまでを、ひとつの作品で見せる時期です。
「Woman」の制作では、当初Pharrell Williamsの客演パートがありました。
録音を担当したRian Lewisによると、ドージャはその部分をいったん消し、自分でも試したいと申し出ます。
そこで生まれたのが、本人による2番のヴァースでした。
憧れの相手が参加していることより、その場所で自分が何を言えるかを選んだ出来事です。
一方、同じ2021年の対話では、ラップの言葉をもっと磨き、自分の人生についても語りたいと話しています。
面白い言い回しや軽妙さには手応えがあっても、まだ掘り下げたいことがある。
歌とラップを自在に行き来する成功の中で、次に言葉へ重心を移す課題も見えていました。
『Scarlet』で言葉を前へ出し、柔らかな歌も残す
2023年の『Scarlet』は、ラップが中心に立つ作品になりました。
先行曲「Attention」では、周囲から向けられる視線に、言葉で応答します。
華やかなポップの印象から離れても、鋭いフロウとユーモアが曲を動かす点は残っています。
成功した歌手としての姿より、いま言いたいことを引き受ける声が前に出ました。
録音現場でも、狙いが明確でした。
Lewisは、ドージャが必要なビートや言葉を把握し、一日で完成に近い形になる曲もあったと証言しています。
初期から曲作りは速かったものの、この時期の確信と制作の勢いには驚いたそうです。
他人に見られる姿への反応を、自分で曲にする主導権へ変えた時期といえます。
ただし、アルバム全体が強いラップだけで埋まっているわけではありません。
「Often」には初期の「So High」にも通じる柔らかなR&Bがあり、より自然な落ち着きが感じられると評されました。
「Agora Hills」では恋する声の中に、話すような演技やユーモアも入ってきます。
前へ出す表現が変わっても、以前からの歌う自分は、別の場所で生きています。
2024年のコーチェラでも、『Scarlet』の曲を軸にした選曲が組まれました。
「Say So」「Woman」「Kiss Me More」を外し、MCとしての力を前面に出した公演です。
一方で、Teezo Touchdownとは、同年のデラックス版『Scarlet 2 CLAUDE』に入る「MASC」も披露しています。
録音作品の重心の変化が、大舞台で何を聴かせるかという判断にもつながっていました。

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『Vie』で、歌うための準備も変える
2025年の『Vie』では、恋や喜びに向かう気持ちが中心になります。
本人は『Scarlet』を恐れや痛み、怒りを扱った作品と捉え、今作ではもっと楽しい精神につながりたかったと説明しました。
前作で言いたいことを言う時間があったからこそ、次の気持ちへ進めたという見方です。
『Scarlet』をなかったことにして、昔のポップへ戻ったわけではありません。
この録音に先立ち、初めてボーカルコーチと取り組んだことも明かされています。
以前の作品と比べるときは、曲調だけでなく、声を扱う準備が変わったことにも目を向けたいところです。
ドージャ自身も、いまは声を楽器として使う知識が増え、以前できなかったことができるのに驚くと話しています。
音楽の方向はポップでありながら、ラップも続けている。
得意な二つを分けるより、歌う側の選択肢を増やして、もう一度組み合わせる試みです。
昔の声に戻るのではなく、残した声を使い直す
『Vie』では、1980年代のポップやR&Bの質感が作品全体へ広がりました。
SZAとの「Take Me Dancing」や、ファルセットを使うバラード「All Mine」など、恋を歌う声にも違う表情があります。
懐かしい音を選びながら、その中にいまの自分の声を入れているのです。
一方、この作品では歌とラップの境目が以前よりくっきりし、自由な行き来が減ったという評もあります。
歌の上達と自然な混ざり方は、別の課題です。
宅録の恥ずかしさから、声を重ねる遊びへ。
甘い歌が広く届いてからも、ラップを磨き、さらに歌う準備を学び直す。
ドージャ・キャットの歩みには、その時点で完成した自分を固定しない姿勢があります。
一曲の中で甘さや鋭さをどう出し分けるのかは、ドージャ・キャットの歌い方で掘り下げています。

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