チャン・グンソクの歌には、会場を引っ張る強さと、一人へ話しかけるような近さがあります。
日本デビューの「Let me cry」で印象づけたロックから、バラード、軽快なポップス、TEAM Hのダンス音楽へ。
その歩みで変わったのは、曲のジャンルだけではありません。
歌う環境を変え、自分の内面を作品へ持ち込み、録音では力の入れ方を見直してきました。
大勢を盛り上げる声に、胸の内を聞いてもらう声がどう加わったのか。
本人と制作側の言葉をたどると、華やかな姿の奥にある試行錯誤が見えてきます。
2011〜2012年、ロックを自分の言葉として歌う
2011年、チャン・グンソクは「Let me cry」で日本の歌手活動を大きく踏み出しました。
翌年の初アルバム『Just Crazy』へと続く出発点です。
俳優として知られた人が歌うという話題性に加え、バンドの音の中に立つ歌い手としての姿を示しました。
『Just Crazy』のころ、本人はソロとTEAM Hで、歌うときの気持ちから切り替えていると説明しています。
TEAM Hが大勢で楽しむパーティーなら、ソロは一人の部屋にも届く音楽。
ロックの強さの中にも、個人が自分の時間で受け取る歌を考えていました。
同作の「200miles」では速度感を重視し、「In my dream」ではそれまでの活動を振り返っています。
走る勢いと立ち止まる思いが、一枚に同居していたのです。
後年の穏やかな歌を、初期には全くなかった別人格のように見る必要はありません。
2013年、声を変えたのは録音室の外の時間だった
『Nature Boy』の制作中には、スランプに入った時期がありました。
そこでボーカルを録音する場所を、ハワイのマウイ島へ移します。
朝に海辺を歩き、スタジオへ行き、買い物をして自分で食事を作る。
仕事の前後を含む生活そのものが変わりました。
本人は、この環境で気持ちが開き、周囲の空気によって声や歌い方も変わると実感したと語っています。
新しい技術を一つ覚えた、という種類の転機ではありません。
歌う人の状態を整えることで、声に違う表情が生まれた経験でした。
歌い手がのびのびと表現できる条件を探すことも、作品を変える。
マウイ島での日々は、グンソクが自分の声を知るための時間にもなっていました。

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2015年、みんなの中心から、一人の聞き手の前へ
『モノクローム』では、作品に向かう姿勢がさらに個人的になります。
本人が説明したのは、それまでの一緒に楽しもうという呼びかけから、自分の心の中を知ってほしいという気持ちへの移行でした。
大勢に愛される「グンちゃん」の姿の奥にいる、一人の人間を歌に持ち込もうとしたのです。
これは、明るい曲を暗い曲へ取り替えるだけの変化ではありません。
聞き手に何を求めるかが変わっています。
一緒に騒ぐ仲間として呼ぶのか、自分の話を聞いてくれる相手として迎えるのか。
その違いが、アルバムを通して歌を受け取る距離を変えました。
2015年のツアーも、前半はバラードをじっくり聴かせる構成でした。
一方、中盤には「Let me cry」などをハードロックのメドレーとして配置しています。
静かな歌を増やしながら、激しい曲も同じ舞台へ残していたのです。
以前の自分を消すのでなく、強弱の対比で見せられる幅を広げた時期と捉えられます。
2016〜2018年、曲に合う声を探し、力の入れ方も見直す
2016年には日本のスタッフとシングルを制作し、日本のポップスらしい曲へ挑戦しました。
従来のロック色の強い曲から、表現の幅をさらに広げようとしたのです。
翌年の『Voyage』の曲解説では、「For you ~僕が頑張れる理由~」を、ライブで観客と盛り上がる場面を思い描いて録音したと説明しています。
「卒業旅行」は、歌いながら涙が出そうになった曲でした。
曲の展開や、歌を届ける相手から表現を考える姿勢が、具体的な作品の話として表れています。
さらに2018年、TEAM Hの『Mature』では制作側から明確な方針が示されました。
BIG BROTHERは、前作の勢いの強いボーカルに対し、今回は感情を伝えることを重視し、録音中もくり返しリラックスするよう求めたと説明しています。
声を意識的に作り込むより、そのときの気持ちを素直に出す方向です。
歌詞でも、飾った表現より普段の言葉を重視したといいます。
言葉と声の両方から、感情を身近に届けようとしていました。
ダンス音楽の中でも、力を抜くことが新しい表現につながっていました。
2021〜2022年、軽やかなリズムと、自分の経験を引き受ける歌
活動再開後は、しっとりした「Star」に続いて、踊れる「Emotion」、自ら作詞・作曲にも関わった「雨恋」と、異なる表情の曲を発表しました。
復帰を一つの強い歌だけで告げるのでなく、複数の入口から歌手としての姿を示していきます。
2022年の『Blooming』では、鍵盤を生かした軽やかな曲調が目立つようになります。
「Fiction」などのリズミカルな歌は、それ以前のポップロック寄りの作品とは違う落ち着きを持ちながら、温かな声の持ち味を保っていました。
伴奏の変化と、それに乗る歌の軽さを合わせて見ると、単に声が低くなったという説明では捉えきれない広がりがあります。
同年の「Beautiful」に向き合うころ、本人は、以前なら自分の世界観と少し違う曲にも挑戦していたが、今は自分の伝えたいことが入っている歌を大切にしたいと話しました。
自分が助けを必要とした経験も、誰かを支える言葉へとつながっています。
多くの種類の曲を歌うことに加え、なぜ自分がこの曲を歌うのかを、より強く引き受けるようになったのです。

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2024〜2025年、再び一人で立つ舞台に、昔の曲と今の声を並べる
2024年のソロ公演『SCENE #2』では、声帯結節を経験し、一人で公演を行うことに不安があったと本人が明かしています。
その舞台には、新作『Day dream』の曲と以前からの人気曲が並びました。
「Beautiful」や「Save me」では支えとなる思いを届け、最後には予定外の再アンコールにも応えています。
ここで語れるのは、本人が明かした不安と、再び歌を届けた舞台の姿です。
病気の前後で音域がどれだけ変わったか、発声をどう治したかまで想像で結びつけると、この歩みをかえって見誤ります。
2025年の「Curtain Call」は、ステージが終わる瞬間の温かな記憶と寂しさを、恋の別れに重ねた曲です。
本人が作詞を手がけ、美しい瞬間に感じる寂しさを表したかったと説明しています。
一緒に盛り上がった時間の終わりを、どう歌で分かち合うか。
観客と過ごしてきた経験そのものが、曲の中心へ入っています。
同年4月の『Nevertheless』は、「Let me cry」から始まりました。
ロックに響く低い声で出発点を示し、後半には「Beautiful」、アンコールには「Curtain Call」を歌う。
初期の曲と今の曲を、同じ歌い手が一つの公演へ収めたのです。
チャン・グンソクの変遷は、強い声が穏やかな声に置き換わった物語ではありません。
海辺で気持ちを開いた経験も、録音で力を抜こうとした試みも、曲が必要とする感情へ近づくための選択でした。
昔の勢いを残しながら、静かに話を聞いてもらう歌も育てる。
その両方が並ぶところに、長く歌ってきた意味があります。
曲ごとの声の選び方は、チャン・グンソクの歌い方で詳しく扱っています。

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