ジョン・ヨンファの歌声の変遷|自分の声を探した青年が、ソロで歌の幅を広げるまで

ジョン・ヨンファ(2014年の取材記事に掲載) シンガー
ジョン・ヨンファ(2014年の取材記事に掲載)

CNBLUEのジョン・ヨンファは、初めから自分の歌い方に確信を持っていたわけではありません。
デビュー前には声の方向を見失い、ソロデビューでは、バンドで慣れた音の重ね方をあえて変えました。
彼の歩みをたどると見えてくるのは、声を強くするだけでなく、どんな場所で、何を前に出して歌うかを選び直してきた姿です。

デビュー前――好きな歌手の声から、自分に合う声へ

若い頃のヨンファは、好きな歌手の声をまねするうちに、自分の歌い方を見失いました。
デビュー前の日本でライブと録音を重ね、自分の声に合うトーンを発見します。
誰かのように歌うことから、自分の声を知ることへ、関心が変わったのです。

この変化は、本人だけの感想ではありません。
FNCのハン・ソンホ代表も、日本へ行った数か月の間に、ヨンファのボーカルが変わったと話しています。
代表が求めるバンド像と、当初の声の個性には隔たりがありました。
ヨンファにとって、演奏の場数を踏むことは、度胸をつけると同時に、自分にできる表現を確かめる時間だったのです。

CNBLUEとしての自信が、別の歌を選ぶ自由につながる

2010年に「I’m a Loner」で韓国デビューしたCNBLUEには、バンドとして認められたいという意識もありました。
ヨンファは後に、ロックらしく見せようとして、必要以上にギターの音を入れたこともあったと明かしています。
2013年のワールドツアーを経て、聴いてくれる人がこれだけいるなら、もっと自信を持ってよいと思えるようになりました。
型を示すために音を足す段階から、自分たちが欲しい響きを選ぶ段階へ。
この変化が、バンドの外で声を試す余地にもつながります。

ソロデビュー期のジョン・ヨンファ(2015年の取材記事に掲載)
ソロデビュー期のジョン・ヨンファ(2015年の取材記事に掲載)。
画像出典:画像掲載元

2015年――コーラスの厚みを引き、ひとりの歌を前に出す

ただ、ソロを構想した時から、穏やかなバラードを目指していたわけではありません。
約2年前に自分の作品を考え始めた頃には、ハードな音楽も含め、いろいろなことをしたいと思っていました。
制作までの時間の中で、少しずつ落ち着いた音楽へ気持ちが向かいます。
本人も、バンドでは全員に共通するものや周囲の見方を考える一方、ソロでは曲ごとに自然に言葉を書けたと話しました。
強い音を足して別人になるより、飾りを減らしたところに、ひとりで歌う意味を見つけたのです。

2015年の初ソロアルバム『ある素敵な日』では、タイトル曲にバラードを選びました。
テンポのよい曲が多いCNBLUEとは違う面を出し、聴き手の頭に情景が浮かぶ歌にしたかったのです。
日本盤の「ある素敵な日(Japanese ver.)」も、かつての恋人に話しかけるように、幸せだった時間から別れへと進みます。
曲の中にいる一人の気持ちを、声で伝える場所が広がりました。

CNBLUEではコーラスを30トラックほど重ねた経験もありましたが、「ある素敵な日」では、その重なりをほとんど使わず、主旋律のボーカルを重視しました。
伴奏の中心も、バンドの楽器からアコースティックピアノやストリングスへ移っています。
装飾を減らしても届く歌を、ソロで示そうとしたのです。

同年3月の東京国際フォーラム公演では、ギターを持たずに歌手として前に立ち、「あなたがいなくても」で幕を開けます。
後半にはキーボードの弾き語りもあり、「君を好きになってよかった」を披露しました。
演奏をやめたのではなく、歌へ集中する場面と、弾き語りで聴かせる場面を作ったのです。
ソロは、バンドの役割から離れて自分の歌を組み立てる機会になりました。

2017年――バラードで始めたソロが、踊れる歌へ広がる

2017年には「Summer Dream」と「That Girl」で、別の可能性を試します。
トロピカルな響きやレゲエの要素を取り入れ、海外の作家との共同制作から、自分でも知らなかった面を引き出されました。
「That Girl」ではラップも披露しています。
ソロは静かなバラードを歌う場所、という最初の印象を、自分で広げていった時期です。

同年10月の神戸公演では、ヨンファは、2年前とは違い、自分の曲でライブを作れる喜びを語りました。
「Cruel Memories」や「Without You」では歌をじっくり聴かせ、「That Girl」ではダンサーとともに動き、観客との掛け合いも楽しんでいます。
静かに聴き入る時間と、身体を動かす時間を、一人のボーカリストがつなぐ。
バンドとは異なる公演を、自作曲で支えられるようになったことが、歌手としての手応えになっていました。

2020年――大きな会場の熱から、日常の気持ちへ

3人で活動を再開した2020年の『RE-CODE』では、30代になった自分たちに合う音楽へ向かいます。
華やかな20代の勢いをそのまま繰り返すのではなく、今伝えたい気持ちを作品にする。
兵役を含む長い空白の間にも、メンバーは連絡を取り合い、これからのバンドについて話していました。

ヨンファは、ツアーの中で曲を書いていた頃と、自宅で過ごしながら書く時期では、曲のムードが変わると話しています。
ライブのための曲から、アコースティックギターで作る曲へ、関心が動いていました。
「Then, Now and Forever」では、大切な人がいなくなった日常と、それでも生きていく気持ちを歌います。
「Winter Again」は日記のように言葉を書き、明るいとも悲しいとも言い切れない、少し寂しい雰囲気を求めました。

ここでの変化は、年齢によって声が弱くなったという話ではありません。
大きく盛り上げる曲を作る生活から、普通の日の感情を見つめる生活へ移り、歌で扱う心の動きが変わったのです。
誰かを失った後にも続く毎日を歌うことで、ヨンファの表現には、勢いとは違う温度が加わりました。

3人体制のCNBLUE。中央がジョン・ヨンファ(2020年/撮影:SHIM KYUTAI)
3人体制のCNBLUE。中央がジョン・ヨンファ(2020年/撮影:SHIM KYUTAI)。
画像出典:画像掲載元

「Your City」へ――違う表情を、ひとりの歌手が持つ

2023年の韓国ソロ作『YOUR CITY』では、別れの悲しさと、関係を離れるすっきりした気持ちを同時に描きました。
タイトル曲はロックとレトロな響きを組み合わせ、アルバムにはボサノバの「On Your Time」、ディスコを取り入れた「SEASON OF LOVE」も並びます。
バラードの経験を捨ててロックへ戻るのではなく、相反する気持ちや違うリズムを、一つの作品で引き受ける形です。

2026年――昔の曲を、今の曲と同じ舞台で歌う

2026年5月の横浜公演では、新曲「The Temperature of Memory」に続けて、「Then, Now and Forever」を歌いました。
時間が過ぎても残る記憶を扱う新曲と、失った人のいない日常を歌う曲が、一続きのバラードの時間を作っています。
その一方で、「LOVE」では観客の声と手拍子を確かめ、掛け合いを楽しみました。
昔の曲を過去の自分として置き去りにせず、現在の作品と並べ、今の聴き手と歌う。
静かな感情を伝える声と、会場を動かす声は、その後も同じ公演の中に息づいています。

自分の声を探すために舞台へ立っていた青年は、やがて、その声をどう聴かせるかまで作品全体で考える歌手になりました。
重ねる音を減らした初ソロ、踊る楽しさを加えた公演、日常の寂しさに目を向けた歌。
その変遷をつなぐのは、ひとつの成功した歌い方にとどまらず、自分の声が生きる場面を増やす姿勢です。

曲の中での力加減や声の表情については、ジョン・ヨンファの歌い方で詳しく取り上げています。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました