河口恭吾の歌い方|「桜」の裏声から、息とリズムで変わる透明な声

「lai・lai・lai」の取材記事に掲載された河口恭吾(2021年) シンガー
「lai・lai・lai」の取材記事に掲載された河口恭吾(2021年)

河口恭吾の透明な歌声は、どの音も同じように柔らかく出している、と考えるだけでは説明できません。
「桜」では地声と裏声を切り替え、デュエットでは主役の旋律から相手を支えるハモリへ移る。
声の軽やかな印象を保ちながら、曲の中で役割を変えています。

「桜」で本人が大切にした、地声から裏声へのつなぎ

2024年、河口は「桜」に挑戦するとにかく明るい安村へ、地声からファルセットに変わる部分を丁寧に歌うよう伝えました。
ファルセットとは、ここでは裏声のことです。
高い音に届くかどうかだけでなく、そこへ移る瞬間が歌を左右する、という着眼点でした。

地声のまま勢いで上がり続ける歌として捉えると、この本人の助言が抜け落ちます。
反対に、曲全体を薄い裏声で歌うと捉えても、声を切り替える話にはなりません。
「桜」の優しさを考える時には、異なる声をどうつなぐかへ耳を向けると、輪郭が見えてきます。

その声が向かう先には、今そばにいる大切な人がいます。
河口は、たとえ後に別れるとしても、その時の思いは偽りではないという気持ちで曲を作りました。
将来を言い切る強さより、今この瞬間の思いを差し出す歌。
声の切り替えを丁寧にするという話も、この身近な距離から考えると理解しやすくなります。

20周年記念公演で歌う河口恭吾(2021年12月11日/撮影:森久)
20周年記念公演で歌う河口恭吾(2021年12月11日/撮影:森久)。
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息づかいと音量――共演者が注目した細部

川崎鷹也は「Stay Blue」の録音で、河口のブレスの使い方から学んだと話しています。
昔から知っていた声でも、同じ現場に入ると、息の扱いが印象に残ったのです。
伸びやかさを、肺活量の大きさだけで説明しない視点が得られます。

ISEKIが感心したのは、音程の安定と、音量の上げ下げの確かさでした。
大きくする、小さくするという動き自体が、安定しているという評価です。
音量を変えない平坦な歌、という意味ではありません。
声を強めても弱めても流れが崩れにくいことが、軽やかな声を頼りなくしない理由の一つと考えられます。

本人も、息の扱いをどの曲でも同じだとは考えていません。
スティーヴィー・ワンダーの「A Place In The Sun」をカバーした2004年には、日本語と英語では呼吸の使い方が違うと実感したと語っています。
高校卒業後、スティーヴィーを繰り返し真似していた経験があっても、実際に一曲として歌うことで発見がありました。

どこでどれだけ息を吸ったかまでを、この発言から決めることはできません。
ただ、透明な声という一つの印象の下で、言語やフレーズに応じた呼吸を考えていることは分かります。
声色を似せるだけでは、歌い回し全体の再現にはならないのです。

「lai・lai・lai」では、音程と一緒にリズムを歌う

ISEKIと作った「lai・lai・lai」には、サンバとEDMの要素が入っています。
河口が求めたのは、聴く人が前向きになれる歌でした。
そのために、自分の言葉を送って相手に旋律を作ってもらい、歌のディレクションにも参加してもらっています。

録音で難しかったのは、旋律の中にあるリズムでした。
ISEKIはもともとドラムを演奏しており、大サビにも2拍3連のような動きを入れています。
二つの拍の長さに三つの音を置く感覚です。
河口は、自分にはなかった発想だと感じ、歌い方の助言を受けました。

聴いている時には、親しみやすい旋律に思えても、歌うと独特の動きが現れる。
この曲について本人が繰り返し注目したのが、旋律の内側にあるリズムです。
音程を順番に追うだけでなく、音を出すタイミングや長さまでが、その曲らしい歌い回しになります。

「come back to me」についても、ドラムが鳴らなくても、旋律のリズムから体を動かしたくなることがあると説明しています。
歌は伴奏に乗せるだけのものではなく、それ自体が拍の流れを感じさせる。
穏やかなバラードの印象が強い河口の声を、ダンス曲でも楽しめる理由を考える手がかりです。

「Stay Blue」では、違う声を似せずに重ねる

川崎鷹也との「Stay Blue」では、二人の声の違いが生かされました。
川崎が河口の声に感じたのは、透明感と伸びやかさです。

河口は川崎のハスキーな声に惹かれ、その魅力を生かしながら自分の声も響く曲を目指しました。
相手を自分の歌い方へ近づけるより、違う二つの声を共存させる発想です。
二人には玉置浩二が好きという共通点もあり、20歳以上の年齢差を越えて、歌のイメージを共有していました。

「Stay Blue」で共演した河口恭吾(左)と川崎鷹也(右)(2021年掲載)
「Stay Blue」で共演した河口恭吾(左)と川崎鷹也(右)(2021年掲載)。
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サビでは、1番と2番で主旋律とハモリの担当が入れ替わります。
2番の主旋律は川崎が歌い、河口はハモリで支えました。
川崎はその支えによって、より力を込めて歌えたと説明しています。
河口の透明な声は、前へ出る時だけでなく、別の声を主役にする時にも働いているのです。

二人が時間をずらして歌う、輪唱のような重なりも試しています。
同時に同じ旋律を歌うだけでなく、それぞれの声を動かしながら、一曲を作っています。

高い声を、曲の人物や風景に合わせる

佐橋佳幸とDr.kyOnのDarjeelingに参加した「砂雪」では、高めで癖を押し出さない声を求められました。
河口はその声を、ミュージカルの曲を思わせる表現へ結びつけています。
声の持ち味を、曲に合う人物像や風景のために使う例です。

片岡鶴太郎が詞を書いた「ぬれ椿」も、自分の言葉だけで作った曲とは違う例です。
2番にはいろは歌が入り、和の感覚を含む言葉を、河口の旋律で歌います。
編曲はトオミヨウが担当しました。

河口が最初に心を引かれたのは、歌詞の中で椿を描く言葉の響きでした。
新しい言葉で自分を表したいという思いから、日本的な旋律と湿り気のある感覚を意識して作曲しています。
言葉を後から旋律へ当てはめるのではなく、その語感に曲を合わせる。
歌う前の段階から、普段の自作曲とは異なる表現へ進んでいました。

2021年12月の記念公演でも、「ぬれ椿」はしっとりと艶のある歌唱として伝えられています。
同じ夜には「マイ・アイデンティティー」の力強い歌唱もありました。
一つの声の美しさを保ちながら、曲が求める熱や落ち着きへ寄せていく使い分けが見えます。

河口恭吾の歌い方を特徴づけるのは、透明感という声質と、その声をつなぎ、動かし、重ねる細かさです。
「桜」の裏声への移行、「lai・lai・lai」の旋律のリズム、「Stay Blue」で交代する主旋律とハモリ。
曲を変えて見ると、同じ声の印象を支える仕事が、それぞれ違うことに気づきます。

時期をまたぐ声の変化と、20周年以降に広がった表現は、河口恭吾の歌唱変遷でたどっています。

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